事後処理
降り出した雨はあっという間に勢いを増し、わたしたちは慌てて気絶した村人たちを屋内へと連れていく。無事だった村人たちはわたしとウル(と小さな闇神)に戸惑っていたけど、神子ルーエの言葉で素直に従ってくれた。……わたしたちにとっては暴君だったけど、村人たちには慕われていたのが見てとれて少しばかり複雑である。たとえ蛇のせいだったとしても。
全員運び終わった後は神子ルーエの家で話し合いをすることに。他の家よりは少し広かったけど、内装は似たり寄ったりの質素具合だった。神子らしく作業部屋もあったけれど、わたしの作業部屋よりずっと規模が小さかった。まぁ深くは突っ込むまい。わたしは彼女を更生やら教育やらしに来たわけではないのだ。
「この家には私一人なので、誰かに聞かれることは心配しなくていい」
「えぇと……家族は?」
「別の住居だ。血の繋がりがあるからと特別扱いは出来ないからな」
なんとなく口から出た質問に『死んだ』と返ってこなくてちょっとホッとした。肉親であってもキッチリ分けるのは見習うべきだろうか……? いや、神様ズからも何も言われてないから気にしないでおこう。
神子ルーエは雨で体が冷えたからと温かいお茶を出してくる。破壊神の神子であるウルにもちゃんと出している辺り、一体どれだけ性格が歪められていたのだろう、などと思う。なお、タオルは自前だ。
ズズと一口お茶を飲んでみれば味は普通だった。贅沢は言うまい。
「それで……闇神様は……何故、そのようなお姿に……」
開口一番の質問はそれであった。……ですよねぇ。わたしも似たような目に遭っていた光神に真っ先にそれを聞いたからねぇ……。
「……既に君も気付いていると思うけれど、僕は何者かに乗っ取られていただろう?」
「……それは……はい……」
「その僕を乗っ取っていた蛇は彼女たち――神子リオンと神子ウルが何とかしてくれたので今は問題ないのだけれども、どうやら奴はかなり僕の力を吸い取っていたようで……引き剥がされた時にこうなってしまったんだ」
そういえばウルも(破壊神の)神子だっけ、などと本筋から逸れた感想も抱きつつ、小さくなったのは蛇から力を取り戻さないまま浄化してしまったわたしのせいだと言われなくてちょっとホッとした。まぁ出会ってから短い期間ではあるけど、闇神も(時折おかしくなるけど)真面目な神だというのはわかってきているので、ものすごく心配というわけでもなかったんだけどね。
説明を聞いた神子ルーエは……机に頭突きをする勢いで頭を下げた。
「申し訳ありません! 神子でありながら敵の存在に気付けずに、闇神様の窮状を放置し続けていたなんて……!」
「……いや、謝るのは僕の方だ。僕が不甲斐ないばかりに、君も歪められてしまっていた。君自身も蛇の影響を受けていたことにも、気付いているのだろう?」
「……」
「神子であれば、多少言動がおかしくとも神の言うことを聞いてしまうものだ。それで君も徐々に汚染され、僕の状態が普通であると思い込まされてしまったんだ。……悪いのは僕だ」
真面目な話の最中、なにやらウルの視線を感じる。いやまぁうん、神を疑ったわたしが普通じゃないと言いたいんですね……結果オーライだから良いじゃないですか……。
心の中で咳払いをしつつ、黙り込んでしまった神子ルーエに一つ問いかける。
「実際、あなたはどこまで自覚があったんですか? 記憶は?」
「……記憶は、ぼやけて詳細がわからないが……大体のところは、覚えていると言っていい」
そう答えると、神子ルーエは今度はわたしとウルに向けて頭を下げてきた。
「……貴女たちにも、多大な迷惑をかけて申し訳なかった。……殺してしまわずに、本当に良かった……」
神様ズが居なければ本当に死んでいたけどね、とは言わずにおく。
自分の意志ならともかく歪められていたのなら、『仕方なかったんだ!』と開き直らずにこうまで萎びている相手に鞭打つようなことは出来ない。ウルをチラと見ると、肩を竦めていた。彼女も今更どうこうする気はないようだ。
それはそれとして、これだけは確認しておかないと。
「……古城に居た、銀髪の破壊神の神子を覚えていますか」
「……覚えている」
「あの子への仕打ちは……神子ルーエ自身の意志ですか?」
あれは歪められ増幅させられた悪意なのか、元々持っていた悪意なのか……それ次第では、わたしは神子ルーエを許してはならない。
だがその答えは、神子ルーエより先に闇神の口から出てくる。
「待ってくれ、それも僕のせいだ」
「……い、いえ! 闇神様のせいではありません! あれも私が――」
「違う、僕が――」
「……二人とも、ちょっと落ち着きましょうか」
「僕が」「私が」とどちらも譲らず自分の責任と主張し始めたので、どうどうと手を上げて止める。キリがないし。
思い出してみれば、あの時の神子ルーエは『我らの神もそのモンスターを滅ぼせと命じた』って言ってたっけ……? 闇神の指示だから破壊神の神子を排除しようとしてた、ってことなのかな。闇神からすればそんな指示をしてしまったことを、神子ルーエからすれば唯々諾々と従っていたことに問題がある……と。つまるところ全部蛇のせいか。
「闇神様の責任とかはちょっと置いておいて。何故あんな指示を出したんだと思いますか? 彼女は何もしていなかったので、活動の邪魔になることもなかったのでは?」
「……蛇の主人が、ものすごく、ものすごく破壊神嫌いだからじゃないかな……」
「……あっはい……」
闇神も神子ルーエも、蛇の主人による破壊神憎しの感情に汚染され、破壊神の神子であるセレネへの憎しみも植え付けられた。まさかそんな理由で殺されるところだったなんて……あまりにもセレネの境遇がひどすぎる。涙が出てきそうだよ。
しかしどうしたものかな。神子ルーエのこともだし、セレネの命が狙われた原因をどう伝えよう。いっそ何も知らずに拠点でゆっくり過ごしてもらうほうが幸せか……? やり場のない憤りを代わりに受け止めるなり発散させるなり、考えておこう。
などと思考を巡らせている間に、事情を把握していない神子ルーエが疑問を抱く。
「闇神様。……蛇の主人、とは?」
「……さっき唐突に出てきて唐突に帰った男のことだよ」
「……あいつが……闇神様を陥れた元凶、ということですか?」
「……そうなるね」
闇神が肯定した直後、神子ルーエから戦意が溢れる。しかし残念ながら、彼女は戦力にならないだろう。
あの黒幕の圧に耐えられず、膝を付いていたのだから。耐えたわたしでも『クソザコ』とか言われていたのだ。……うぬぅ、思い出すだけでも悔しいというより腹が立つ。
それは闇神もわかっているようで、神子ルーエに釘を刺した。
「君は奴に手を出してはいけない」
「何故ですか!」
「それは君自身がわかっていると思うけど?」
「……っ」
闇神に指摘され、神子ルーエは表情を歪めて手を抑える。……あれは怒りではなく、怯えで震えていたのか。だったらなおさらダメだし、そもそも神子ルーエはそれどころじゃないはずだ。
「神子ルーエ、あなたはこの島の浄化に勤めてください」
「だ、だが」
「あなたのせい――正確にはあなたのせいではないのでしょうけど、なんにせよ現状のままでは創造神様が声を届けられません」
「なっ――」
どうやら目の前の闇神のことで手一杯で創造神のことを失念していたようだ。……いやいや神子でしょう? ちょっと呆れないでもないけど……彼女も病み上がり(?)で混乱してるから、ってことにしておこう。
「瘴気もまだまだ残っていますし、村人たちもこのままでは困るでしょう。まず、足元を何とかしてください」
「……了解した。だがどうしたものか……世界樹が枯れてしまってはただでさえ苦しい素材が……」
わたしはここで闇神を見る。首を横に振られた。世界樹を植え替えていることは明かさない方がいいってことね。
まぁ世界樹のことは言わずとも、多少なりとも素材の融通くらいはしますよ、という方向で伝えると、素直に感謝を向けられて少しムズムズした。
「……闇神様はどうされるのですか?」
「僕は、しばらく神子リオンのところで世話になろうと思っている」
「……そうですか……」
「偶に様子を見に来る。神子ルーエ、君はここで頑張ってほしい」
「……はい!」
というように、話してみれば至極真面目だったので、今回の汚名を返上するようキリキリ働いてもらう方が有益だ、と神様ズに報告したら承認された。そんな感じで、神子ルーエのことはひとまず片付きましたとさ。
闇神の言う通り偶に来ることになったけど、これからは村の創造神の像で帰還石を作成出来るので移動も楽になるでしょう。
闇神はアンシンと読むのが一般的です。二話前は間違えていたので修正しました…。