闇神(真)との対面
闇神の目が覚めたのは二日後のことだった。
会話は出来る状態とのことで、わたし一人だけが連れられて早速会いに行ったのだが……。
「うぅ……僕なんかが他人様に迷惑を掛けるなんて……なんて罪深い……」
部屋を覗き込んでみれば……ベッドの上で小さく体操座りをして、メソメソしている闇神が居た。闇神の名に恥じぬよう(?)うっすらと闇を纏い、視覚的にも暗くなっている。暗いだけでなくどことなくジメジメしているようにも感じられて、放っておいたらキノコでも生えてきそうな気配が漂っていた。うっ、パラサイトマッシュの幻覚が……。
ともあれ、呼んだのがわたし一人だけだった理由が納得出来てしまった。こんな姿、他のヒトたちには見せたくないだろう。わたしも見たくなかった。
「……地神様。本当にこれで会話が出来る状態なんですか……?」
「……これでも応答はする」
小声で会話をしていたのだが、耳ざとく聞きつけた闇神はパッと顔を上げてわたしを視認するなり――流れるように土下座へと遷移した。
「み、神子殿おおおおぉ……本当に、本当に申し訳なかった……!」
「うえええっ!?」
これがマンガの世界であれば涙が噴水になっていそうな勢いで泣かれて、驚くよりも先にドン引きしてしまった。顔をベッドに密着させている闇神は当然そんなわたしの様子がわからず、ひたすらに謝罪を述べていく。
「僕が情けないばかりに、敵に乗っ取られしまって申し訳ない!」
「え、えぇと」
「しかもそれだけじゃなく、瘴気の温床にまでなってしまって申し訳ない!!」
「その」
「果ては大事な世界樹を駄目にしてしまうだなんて、僕は、僕は――」
「ちょっと落ち着くんだ、ハディス」
「ごふっ!?」
あ、光神に殴られた。結構痛そうな音がしたけど……まぁ助かった。このまま謝られ続けてもわたしとしては困るだけだ。見た目が子どもになってしまっただけに、精神的ダメージが半端ないのだ。
これで多少は落ち着いて話せる、かと思いきや。
「あぁ、アイティ! もっと僕を殴ってくれ!」
「――ちょっ」
とんでもないことを言い出してアイティが凍り付く。わたしもドン引きだ(二度目)。
しかし当神は別にマゾ気質から言い出したわけでもなく至極真面目に言っているようで、それが益々混乱に拍車を掛ける。
「この程度では何の罰にもならない! さぁ、もっと――」
「――ディーくん。ちょっと黙りましょうねぇ?」
「……あっ、はい……」
……その前に、絶対零度のように冷たい水神の声が滑りこんで、闇神は一瞬で黙り縮こまるのだった。
神様たちの力関係を垣間見てしまったな……こんなの知りたくなかったよ……。そして男神の中にまともな神は居ないのだろうか……まさか火神が一番まとも……? いや確かによい神ではあるんだけど、ちょっとつらいんだよ……?
今度こそ落ち着いた闇神がわたしに向き直る。ベッドの上で正座をさせられていることには突っ込むまい。わたしは真面目な空気が吸いたいのだ。風神が突っ込みたそうにしてたけど、水神ににっこり笑顔だけで黙らされる。この神も懲りないねぇ……。
「知っているだろうけど名乗っておこう。僕が闇神ハディスだ」
「神子のリオンです。えぇと……初めまして?」
「そうだね。君の顔に見覚えはうっすらとあるが、こうして言葉を交わすのは初めてだね」
ふむ。さっきの醜態は他の神様ズから聞かされただけでなく、記憶に残っているからこそか。逆に何も残ってない方が楽だったのだろうか、なんて頭の隅を過るが口には出さない。
改めて小さくなった闇神様をまじまじと見る。大きい時はやや陰を纏う線の細い青年だったが、そのまま幼くなった感じだ。アイティとほぼ同じ状況ってことなのかな。同じく小さくなっている黒翼からはまだ瘴気が感じられるけど、辺りに撒き散らしたり体調が悪くなったりするほどではなさそうだ。わたしの浄化はそこにも効いていたみたいでよかった。
そして、またも闇神は大きく頭を下げるが、先ほどのように取り乱してはいないので、わたしも慌てずに済んだ。
「僕の不始末を君に押し付けてしまって申し訳なかった。そして、救ってくれてありがとう」
「いえ、闇神様のお役に立てたようで何よりです。が……えぇと、その……小さくなってしまって……」
「……あぁ、これは僕の力のほとんどが蛇に吸われていたからであり、君のせいではない」
「……闇神様の力を持ったままの蛇を浄化したのはわたしですが……」
「…………仕方がないね。そもそも僕が悪いのだし……」
あ、やば。正座をしたまま俯いて指でのの字を書き始めちゃった。またジメジメモードに陥るのかと冷や汗が流れたけど、火神が背中にバチンと活を入れて遮ろうとする。
「お前も深く気にするな! アイティも小さくなっているが元気にやっているぞ!」
「……確かに、そう見えるけどさぁ……」
「事実ではあるが、私を引き合いに出すのはやめてくれないか……?」
……逆にジメジメが飛び火してしまった。
やっぱりまだアイティも小ささを気にしてるよね……うーん、もっとわたしが頑張れば回復も早くなるかな……。それともまさか、今まで全然サイズに変化が見られないのは、わたしが羽根を要求しすぎだったりする……? いや無理矢理じゃないし違う、と思いたい……。
釣られてわたしまで凹みそうになったところ、水神のパンッと手を叩く音で地神を除く全員が背筋をシュッとさせた。アイティまで……ヤベェ。
地神が盛大に溜息を吐きながら会話の舵取りをする。
「ハディス。あの島でアンタは何をさせられていた?」
「……僕の力を奪いつつ、世界樹にダメージを与えていた」
「他には?」
「……神子も抑えていたけど……これは創造神に情報が回らないようにだろう。それ以外は……あったとしても、思い出せない……」
眉間に皺を寄せながら引っ張り出された記憶は、わたしが見てきたこと、想像したことと同じだった。
つまるところ、黒幕は世界樹を枯らすのが目的だった、ということで合っていたのだろうか? いやでもあえてギリギリを保っていたらしいし……闇神も世界樹も、殺さず負傷兵として残すことで余計に手をわずらわせる、みたいなことをしていた……?
「……さて。アレの考えることはアタシにはわからないさね」
「私もわからないわよぉ。むしろわかりたくないわぁ」
「ハハハ、全部プロメーティアの気を引きたいだけじゃないかなぁ!」
地神と水神がお手上げといった仕草をする中、何故か楽しそうに言われた風神の予想が正しい気がしてならない。好きな子の気を引くためにイタズラする、の斜め上最悪バージョン……という想像は、残念ながらアイティに肯定される。
「メルキュリスの言う通り、プロメーティアの心を折る一環だろうな」
「ハディスに嫌がらせをしながら、世界樹という強力な聖属性アイテムを使用不能にし、状況を好転させないようにしたのだろう!」
「……うわぁ」
……世界を生かさず殺さず、ジワジワと真綿で首を絞めるようなことが好意の現れだというのだから、本当にタチが悪い……! そんな最低のクズだから振り向いてもらえないのだと早く気付いてくれませんかねぇ……気付くような頭を持っていればそもそもやらないか……。
「あああああ……! そう、世界樹……! あのバカ! ギリギリを攻めるつもりならちゃんと生かせよおおお……なんで枯らしちゃうんだよおおお……」
「あ、世界樹は生きてますよ?」
「…………えっ?」
世界樹の惨状を思い出して頭を抱える闇神に現状を伝えると、そうキョトンとする。
そして、植樹された世界樹の若木を見て、またもわたしに泣きながら土下座をするのだった。……やめてください。




