時間稼ぎ
ウルはただ投げるだけでなく、投げたモンスターを隠れ蓑にして闇神へと接近しようとした。
「……ばれないとでも、思ったか……!」
「バレなければ儲けものとは思っていたがのぅ。やはり無理か」
モンスターが相手の時のようにうっかり殺さないように配慮をしたただの闇の壁ではなく、触れれば焼かれてしまいそうな高濃度魔力の闇の壁が立ちはだかり、ウルは壁の手前で急停止した。ウルとて頑丈な自分の体で試す気にはなれないほどの威力があることが見てとれた。更に、視認し辛い闇の壁の向こう側から闇の弾丸が撒き散らされ、ウルはモンスターを盾にしながら後退する。またも自分の魔法でせっかくの強化モンスターを駄目にしてしまったことで、闇神は何度目かの舌打ちをした。
近付くのをひとまず諦めたウルはモンスター投擲を再開する。今度はモンスターに紛れて大きな石を斜め上方に投げていた。その石は闇の壁を越え、闇神の頭の位置に落ちようとするが、寸前で察知されて避けられてしまう。頭上にも闇の壁が張られ、同じ手はもう使えないだろう。
「邪竜め……本当に、悪知恵だけは、働く……!」
「貴様の嫌そうな顔が見られてなによりだ」
闇神は飛んでくるモンスターを壁で受け止める方針から、弾き返す方針に変更していた。あわよくばぶつけてダメージを、そうでなくてもウルの余計な動きを少しでも封じたいものと思われる。……当人たちは真面目なのだろうけど、凶悪なモンスターたちが為す術もなく飛び交う様は傍から見ているととてもシュールだ。いや、ウルの方は不真面目が入ってるかもしれないな? 口の端が皮肉気に上がっている。
モンスターたちの纏う瘴気に、神子ルーエの時みたいにライフドレイン効果があればまた少し様相は変わったのかもしれないけど、その効果は乗っていない。闇の力と瘴気の力で違うということか。もしくは神子ルーエが闇神の力を借りてきちんと作成したのだろうね。有効ではあっただけに、方向性が間違っていたのが悔やまれる。
「……あぁ、面倒臭い……!」
「――おっと」
闇神は弾き返す方向を前――ウルの方――から横に変え、モンスターの代わりに闇の槍を放つ。足元から突き出されたものと違い最初から視界に入っているのでウルは悠々と避けた。
と、思いきや、ウルの横を通り過ぎた闇の槍が弾け、闇の散弾となる。不意を突かれたのと範囲が広い魔法が近距離で炸裂したことで、さすがのウルも避けきれなかった。
「ぐっ……!」
「ほらどうした……当たったぞ……?」
魔法を途中で変更出来るのか、擬態のようなものでもさせているのか。気になるな。後者はモンスター相手にはあまり意味はないかもだけど、前者であれば色々応用が利きそうだ。
……などとつい感心してしまったけど、ウルは大丈夫だろうか?
「はっ、かすり傷を負わせた程度で喜ぶのだな?」
「……口の減らない……!」
全然平気そうなウルは投げるのを止め(というより、モンスターが周囲に居なくなった)、不敵に笑いながら闇神と相対する。
闇神との間にモンスターが居なくなり、阻むものが闇の壁だけになったところで、ウルが投擲用の槍を取り出した。火属性の魔法が籠められた槍だ。……こんなことなら、光属性の槍でも作っておけばよかった。でもまさか封印されていると思っていた闇神が居た挙句に敵に回るなんて、想像出来るわけもない。
「ふんっ!!」
ウルは力の限り槍を投擲する。瞬く間に槍は闇の壁と衝突し、籠められていた炎が溢れ出した。
そのまま炎が壁を覆い尽くし、喰い尽くす……ことはなく、槍の柄共々に闇に呑まれて消えていった。さすがに神の神力を相手に神子の神力では敵わなかったか。位階の差があるとわかってても悔しい。いずれ勝てるようになってやる。
「……そろそろ、無駄な足掻きをやめて、諦めたらどうだ……?」
「諦めてただ死ねと? するわけないだろう」
物理魔法共に防がれてしまう状況。それでもウルの目は光を失うことはなく、笑みも浮かべたままだ。
しかし一歩踏み出したところでまた闇の槍が飛び出て、近付くことすら出来ない。
「馬鹿の一つ覚えではあるが、効果的ではあるのぅ……」
「……。ほら、どんどんいくぞ……!」
『馬鹿』のフレーズに闇神の顔が歪んだ。主従揃って煽り耐性が低い。が、状況は依然として有利なこともあってすぐに余裕の笑みへと戻し、次々と魔法攻撃を繰り出す。闇の槍を生成しては、時には弾けさせる。弾ける槍がランダムなので、ギリギリで避けては巻き込まれてしまう。
空が飛べないウルが闇神の元に辿り着くにはどうしたって足場が必要だ。しかしその足場が槍になるのであれば、確かに単純ではあっても効果的。遠距離攻撃も闇の壁に阻まれてしまうし、ウルに打つ手はないように見える。
「ハハ、こうして無様な踊りを見るのも、一興だな」
さりとて闇神の魔法もウルは避け、当たってもかすり傷。多少深い傷を負ったところでわたしのポーションを持たせているのですぐに回復できる。闇神側にも有効打がない……と思っていたのだが、神相手にそんなに甘くはいかない。
「……む」
魔法を避けていたウルが眉を顰める。
気付けば――ウルの周囲の瘴気が濃くなっていた。
ただの瘴気であれば、ウルの高い耐性によりレジストすることが出来る。瘴気によってもたらされる様々なデバフはウルにとっては大したことがない。
しかしそこには、闇が混じっていた。ただの闇ではない、闇神のもたらした闇が。
闇が意志を持ち、ウルへと纏わりつく。
「……体が、重い……?」
「はは。破壊神ノクスであればともかく、お前のような末端が、神の闇に、易々と抵抗出来ると、思うなよ……?」
果たしてそれは呪いなのか、重力のようなものでも発生しているのか。傍からは判断出来ない。
原理は何であっても、あのウルに効果が現れていることだけは確実だ。明らかにウルの動きは鈍くなり、闇神の魔法に当たり始めてしまう。
……それでもクリーンヒットがなく掠ってばかりなのは、嬲っているつもりなのかもしれない。ウルも察して口をへの字にする。
「神のくせに陰湿よのぅ……」
「……邪竜如きが、神にまともに相手にして、もらえるとでも……?」
ウルはめっちゃ火神に鍛錬の相手として熱烈に願われてましたけどね。ウルの方が面倒になってイヤがったくらいですけどね。
なんてことはもちろん口に出さない。闇神が相手であっても、他の神たちが既に解放済であることを伝えてはいけない気がしたからだ。
『闇神であって闇神ではない』
矛盾しているけれど、そうとしか言いようがない。
神気は本物だ。彼が神であることは間違いがない。変なモノが混じっているような気はしても、そこは変わらない。
間違いがないのだけど……間違っている。
思想や性格が気に食わないとかではなく、在り方そのものが間違っているような。
でもわたしは……間違いを正すとか、そういう意味で闇神と戦っているわけではない。
もちろん死にたくないという気持ちもあるけれど、それがメインではなく。
――単に、数々の言動が許せないから、ぶっ飛ばす。
「闇には光!」
「――なっ」
わたしは光属性の風、ライトウインドの魔石を投げつけた。
目に見えないはずの風が光り輝きながら吹き抜け、ウルを縛っていた闇だけでなく、周囲に漂っていた闇をも散らしていく。それでも残っていた瘴気部分には聖属性の風で散らしていく。風が大活躍だ。本神に伝えるとウザくなりそうなので、心の中で感謝するだけに留めておくけど。
「ウル、お待たせ!」




