見えぬ神意
ブワリと、眼前が見渡せなくなるほどの瘴気が溢れ出した。これに乗じて不意打ちでも仕掛けてくるのかと構えたけれどその気配はない。わたしたちもこの状態では迂闊に動けないので簡易聖域内で警戒しつつ、聖風で瘴気を散らしながら出方を窺う。
わたしたちは聖域のおかげで今のところは防げているけれども、すぐに汚染の効果が現れた者たちもいた。
それは、闇神の周りに集まっていたモンスターたちだ。島で発生したモンスターゆえか元々ある程度瘴気に侵されていたようだけれども、急激に濃度が増したせいで体に大きく異変が現れ始める。モンスターであるというのに、明らかに苦痛とわかる呻き声がいくつも上がる。
瘴気は世界を、わたしたちヒトを始めとしたありとあらゆる生命を蝕むモノだ。しかし同じく世界の敵であるモンスターの味方でもなく、ある意味平等に襲い掛かる。多くのモンスターは瘴気に呑まれるとその生を終える。強いモンスターであれば蝕まれながらも生き残ることもある。
しかし……瘴気に適合し、パワーアップするモンスターも居る。闇神のやっていることはモンスターの間引きではなく、強化なのだろう。強化モンスターに反乱されることを恐れない辺り、操縦方法によっぽど自信があるのか。
瘴気が薄くなり、見えてくる。集まっていたモンスターたちの多数が倒れたが、残りはどう見ても強化――凶化している。体が一回り以上大きくなったモンスター、牙や爪が鋭くなったモンスター、様々だ。しかしモンスターたちは一様に目に闇を灯し、肌の大半が黒くなっており。その黒はなお正常な肌を侵そうとじわじわと広がっている。
「……残ったのは、半数以下か。使えないな」
闇神が瘴気に敗北し倒れたモンスターを踏みつけた。
……相手がモンスターであっても、敵どころか駒として扱うその所業には思わず苛立ったけれど、心の中で深呼吸をして何とかして抑え込む。この感覚はわたしの方がズレている。文句を付けたところでわたしの頭がおかしいことにされ、破壊神のせいにされるだけだ。
あれだけの瘴気を噴出させておきながら、未だに瘴気を翼に纏わせたままの闇神。それはまだストックがあるという意味を示している。常時瘴気が漂うこの島において、常時収集していたのだとしたら、一体どれほどの量になるのだろうか。考えるだけで恐ろしい。
先ほど闇神自身も言っていた。『利用しているのだ』と。
ということは……闇神は浄化のために瘴気を集めていたわけではなく、他の目的があって集めていたわけで。
神子ルーエとてそこまで馬鹿ではない、はずなので、闇神も多少は浄化をしていたはずだ。けれど闇神が真面目に協力していれば、この島の浄化はとっくに終わっていたのではないだろうか。よりによって神の裏切りであり、この点に関しては神子ルーエに同情心が湧く。
そして、『何のために?』という疑問も湧いてくる。この島に何か特別なモノが――いや、ある。
……世界樹が。
でも、闇神が……何故?
創造神がわざわざわたしをここに派遣するくらいだ。よほど大事な物なのだとわたしでもわかる。それを神がわからないとは思えない。
「……一つ聞きたいんだけど……世界樹の状態、知っている……?」
そんなわたしの質問に、闇神はぴくりと眉を上げ、口の端も上げる。
「……想像通りではある、けど……お前が、世界樹を、浄化しようとしたのだな?」
「――」
わたしが世界樹を浄化しようとしたことを知っているということは、何らかの方法で情報収集していたということであり。
……つまり、闇神は、世界樹が瘴気どころかパラサイトマッシュに寄生されつくしていたことも、知っている……?
「何で……何で神でありながら、世界樹の惨状を放っておいたんだ!?」
「……近付いたのなら、知っているだろう? 強化ディジーズグリズリーに、神子ルーエが、敵わなかったのさ……」
「アンタのその力があれば倒せただろう!」
「僕は、浄化に忙しかった、からね……」
「浄化などと嘘を吐くな! 仮に浄化が本当でも、世界樹の保護が最優先だろう!」
知らなかったのだとしてもそれはそれで問題だけど。知っていて放置した方がより問題の度合いは大きい。
闇神は……創造神に反乱を起こしたいのか!? 破壊神だけでなく創造神も憎いのか!?
そんなわたしの激情に、闇神の顔から一切の色が抜け落ちた。破壊神に見せた怒りよりも遥かに深く冷たく、その冷気にわたしは凍死しそうな錯覚をした。
「……僕が、創造神を、憎むだって……? 戯言にも、ほどがある」
「……っ。だったら! 何故、世界樹を守らなかった!!」
「あぁ、そういえば……世界樹の反応が、消失したのだったね……それも、お前が、浄化をした後に?」
世界樹の反応が消失したのは事実だ。
だって残りの力を振り絞って生えてきた若芽を拠点に持ち帰って植樹したのだから、この島にあるわけがない。
理由を説明しようとして、自分でもよくわからないけど『言ってはいけない』という思いがわたしの口を塞ぐ。
その躊躇を、闇神は別の物と受け取ったようだ。とんでもない発言にこんな場合でありながら頭が真っ白になる。
「……お前の失敗が、世界樹に止めを刺したのを……僕のせいに、したいのか?」
「――は?」
「ハハ……さすが、邪竜に汚染された者の、考えることは、愚かだな」
こいつ……!?
主従揃って、本当にわたしに罪を擦り付けるのが大好きだな!
あれだけの瘴気とパラサイトマッシュだ。普通に考えれば負けて枯れたのだと考えるところを、真っ先にわたしのせいにするなんてどうしてそうなるんだ! 破壊神嫌いのせいですかねぇ!
「全く……せっかく、ギリギリのところを、保っていたと言うのに……何てことをして、くれたのだ。創造神に、どんな顔をして会えと?」
「……さっさと会わずにコソコソしていたくせに今更? 自分の怯懦を呪ったらどう?」
嫌味を吐きながらも、わたしは闇神の思考回路が読めずに少しばかり混乱する。
先ほどの冷気はそれほどまでに強烈だった。闇神は創造神を憎んではおらず、逆に敬愛を抱いているのは真実なのだろう。
しかしそれにしてはやっていることがちぐはぐだ。創造神を悲しませたくないと言いながら、創造神が重要視している世界樹を守らず、失われたことに(勘違いだけど)嘆いている。
……いや待てよ、さっき何て言った? 『ギリギリのところを保っていた』?
世界樹が瀕死であることに、何らかの意味を見出していた……?
わからない、わからない……!
これが創造神への悪意からくるただの嫌がらせでなくて何だというんだ……!
闇神はわたしが答えを出すためのヒントをくれるはずもなく、時間もくれない。
「……これ以上、お前の戯言に付き合っては、いられない」
闇神が目を怪しく光らせる。
その光は、闇よりもなお暗く。澱み、腐り。
瘴気の影響もあってか、曲がりなりにも神でありながら……モンスターよりも悍ましく感じられて。
わたしは闇神から視線を外さないままに皆に向けて尋ねる。
「フリッカ、レグルス、リーゼ。三人とも大丈夫? 無理そうなら全力で逃がすけど?」
「……へへっ。師匠の方が、ずっと迫力はあるぜ」
「あたしも、これくらいならなんとか。闇神様の相手は無理でも、露払いは任せてよ」
レグルスとリーゼからはすぐに答えが返ってきた。
フリッカの荒い呼吸がさっきからずっと聞こえてくる。彼女は無理そうか。
と結論を出す前に、フリッカからも答えが。
「……私も、露払いくらいなら、出来ます。やらせてください」
絶対に帰らないという強い意志と……これは、怒りだろうか。
わたしが闇神に怒りを抱いたように、フリッカも色々と思うところがあったのだろう。神子ルーエと重ねている部分もあるかもしれない。
唯一の幸いにして、モンスターの強化はされても数は大きく減った。一番の強敵である闇神をわたしかウルが相手をすればなんとかなるだろう。皆の力を信じよう。
「じゃあ……決戦といこうか!」
わたしの声と、モンスターたちの雄叫びが重なった。




