強行突破
神子ルーエの領域に入ってから十数分で変化は訪れた。もちろん気付いたのはウルが一番最初だ。
「……む」
「ウル? どうかした?」
「この辺りに何か違和感が――」
言いながらウルは木の幹や下生えをゆっくりと探っていく。わたしもその時になってやっと近隣に足跡が残っていることに気付いた。ザッと確認したところ足跡は一種類だけで、誰か――神子本人か村人が一人でここまで来たのだろう。
皆に声を潜めるようジェスチャーで指示をしてから、小声でウルに問う。
「誰か居る?」
「……いや、声が届くところには居らぬだろう。だが――」
ウルはしゃがみこみ、慎重な手付きで足元を掘っていく。確かによく見てみれば、その周辺の土だけ色がわずかに違う。
つまりそれは、ここに来たであろう誰かが細工をしていった、ということでもあり。
「リオン、これは何なのだ?」
「……トラップだね」
わたしの回答に、ウル以外の皆はギョッとして数歩後ずさった。レグルスは後ずさってから新たに変なのを踏んでやしないかキョロキョロとして、無反応であることにホッとしてかいてもいない額の汗を拭う。
ウルが発掘した明らかな人工物――小さな箱は、設置型トラップの一種だった。村周辺にモンスターが近寄れないようなトラップを設置するのは当然なので、わざわざわたしたち向けに設置したものではないだろう。……多分。
とりあえず上にかぶさっていた土程度なら発動しないので(発動したらそもそも設置出来ていない)、一旦元に戻してもらう。うっかり踏まないように目印の小石も置いておく。
「解除せぬのか?」
「詳しく調べてみようにも、設置者以外が触れた途端にドカン! の可能性もあるからねぇ……」
トラップの発動条件、内容は多種多様だ。見ただけでは判別出来ない。神子ルーエの癖を知っていればある程度推測は出来るだろうけど、当然ながらわたしはそんなものはさっぱり知らない。
しかし困ったな。平地ならともかく、枯れかけとはいえこんな森の中で無作為にトラップ設置されていると、ウルの嗅覚をもってしても全て避けるのは難しい。
防御をガチガチに固めていわゆる漢探知――体を張って解除もとい壊していく力技のこと――なら可能だけれども、こういったトラップは鳴子の役割も兼ねているのでまず神子ルーエたちにバレる。それだけならまだしも、黒幕がこの先に潜んでいたとしたら、そいつにわたしたちの接近が知られて神子ルーエたちの相手で手間取っている間に迎撃態勢をしっかりと取られるのがもっと困る。
悩むわたしに、ウルが脳筋……ごほん、単純な答えを出してくる。
「知られても問題はない」
「えっ」
「言ったであろう? 突っかかってくるなら踏み潰してやる、と」
「……言ったね」
「迎撃態勢? ――それすらも喰い破ってやるわ」
ウルの好戦的な笑みに、わたしは乾いた笑いで答えるしかなかった。
「とはいえ、無駄に手間取りたいわけでもない。彼奴等とて常時警戒しているわけではなかろう。完全に体勢を整えられる前に速攻で行くとしよう」
「つまり?」
「我が先頭で進んでトラップを踏み潰しながら走ってゆく。主らは後ろを付いてくるがよい」
わぁ、まさについさっきわたしが思い浮かべた漢探知そのものだぁ。
でも正直なところ、それが一番手っ取り早いと納得してしまった。なる早で解決して、アレのことで頭を悩ませるのもさっさと終わらせたいのだ。
ウルがトラップを潰していくことで、神子たちの村の防御が薄くなってしまう。のだけれども……事態が落ち着いたら再構築を手伝えばいい。あちらさんが受け入れればの話だけどね。
対応がいい加減? 丁寧さなんてとっくに投げ捨てたからね! 最低限であっても配慮を頭の片隅に残しているだけでもマシだと思ってほしいな!
わたしたち全員に、念のためウルにも物理と魔法の耐性を付与するアイテムを使用していく。
機動力に難のあるフリッカはわたしが連れて行くことに。レグルスとリーゼもフリッカくらいの体重なら大丈夫だけど、わたしの筋力が増しているのとジェットブーツの補助もあってわたしが一番楽なのだ。簡易的に背負子も作ったので両手が塞がることもない。乗り心地は最悪だろうけどそこは我慢してもらうとして。あとは背後から何か飛んでくることだけがちょっと心配だけど、レグルスとリーゼのフォローを信じる。
「よし、皆準備は完了だね。ウル、いつでもいいよ」
「うむ。後ろを付いてくるからって、各々の警戒も怠るでないぞ」
そうしてウルが駆け出していったのだが。
――ドオオオォン!!
直後に引っ掛かったトラップが大きな火柱を噴くもので、心の準備をしていたはずなのに思わず目を剥いてしまった。数呼吸の後、炎に呑み込まれてしまったウルの背に声を掛ける。
「ウル! 大丈夫!?」
「――問題ないのである! はあぁっ!」
裂帛の掛け声と共に炎が切り裂かれたように割れ、ウルの姿が見えるようになった。全くの無傷でさすがである。
「リオン様、火が」
「あわわわわ!? 消火消火っ!」
フリッカの耳元での囁き声で、やっと周囲の状況が目に入った。先ほどの火炎放射で木に火が付いていたのだ。ほぼ枯れ木というのもあって燃えやすかろう。とか悠長に思っている場合でもなく、慌てて水を掛けていく。
っていうか森の中なのに火を使ったトラップとかバカじゃないの!? やらかしがちなわたしですら火だけは使わないように気を付けていたのに、森に住んでいながら何故火を使うの!? ノータリンなの!?
「リオン! 今ので確実にバレた! ぼやっとしてるヒマはないぞ!」
「う、うん。行って!」
むしろ今のでバレなかったら相手は相当にアホか全員で何処かに出掛けているかのどちらかだろう。後者は村防衛のためにもありえないし、前者もまぁないだろう。アホで来てくれない方が助かるけども。
その上、トラップはあれ一つではなかった。高圧の水を噴出させるもの、風の刃を射出するもの、土槍を発生させるもの、どれも殺意が高い。……バフありとはいえどれも無傷なウルはどれだけ丈夫なのやら。このウルを見てアレがどんな顔をするのか想像したら、こんな場合であるのにちょっと笑いそうになった。
しかし愉快なことはそれだけだ。火のトラップが多い。出来るだけ消火しているけれど火種を全部消せたとは限らない。場合によっては大火事だ。まさか敵が律儀に消すことを期待しているわけでもあるまいし、マジであのアホ神子は何を考えているのか。
そしてついに……村人たちが、わたしたちを捕捉した。
「居たぞ! これ以上侵入させるな!」
「くそ! 森をこんなにしやがって!」
っておいおい! あんたたちの神子がやったことだよ! まさかあいつ、村人たちにトラップの中身を伝えていないのか? 偶然ならともかく故意にわたしたちに擦り付けようとしているなら最悪だよ……!
わたしが謂れのない罪に憤慨している間もウルは村人たちをぶっ飛ばしていく。きちんと手加減してくれているので死んではいない。村人たちはウルだけでなくわたしたちの方にも向かってきたが、レグルスとリーゼに敵う村人はおらず、ウルよりはマシな痛みで気絶させられていく。
おっと、あの村人は打ちどころが悪そうだ。死なれては困るのでポーションを投げて……うわ、起き上がってまたやってきた。げんなりとしていたらわたしの頭の横からフリッカの腕が伸びてきてウインドバレットが放たれる。村人は再度おねんねすることになった。
そうやって倒した村人が十を超えた頃に……ついにあいつが、やってくる。
「私が来たからには好き勝手はさせない! この侵略者共め!!」




