気持ちを切り替えて
そんなこんなで拠点で世界樹を育て始めて早三日。
ニョキニョキと伸びたのは最初に見つけた時だけで、後は普通の生育速度に見える。わたしの管理が悪いわけではない、と地神と風神が断言してくれたので大丈夫だろう。神様たちも毎日手入れに加わっているので、何かあってもわたしだけが悪いわけではない……はずなのだが、今までのやらかし実績を考えると自分が信用出来ない辺りが悲しい。うっかりミスって破壊神の力を使ってしまわないとも限らないし……。
元々木の成長速度は遅いのだ。以前の世界樹の規模を目指そうとしたらそれこそ何百年とかかるだろう。そこまでここで育てるとは限らないけど、気長にやっていくしかない。
「……ずっとこの環境で育てたら、一体どうなるのかしらねぇ……」
ポツリと呟いた水神のセリフがとても意味深に聞こえたけど……気にしない。方法が悪いともやめろとも言われてないので気にしない。ちょこちょこ微妙な視線を向けられるけど、気にしないったら気にしない! 何があっても連帯責任ですよ!
その三日間は最初こそ休息は取ったけど、ずっとダラダラしてもいない。いつも通りにモノ作りをしたり、体を鍛えたり、破壊神の力の制御をする訓練をしたり。外に出ていようと内に籠もっていようと大忙しである。命の危険がない分は気楽だ。
セレネの言を参考に属性を取り除く方法も試行錯誤してみたりした。これも一朝一夕にはいかないけれど、前より少しだけマシになった。頑張ろう。
あぁ、こんな一幕もあったっけ。
「えぇと……その反応は、他の皆は飲まない方がいい、ってことかな?」
アステリオスに「ウルとレグルスもジュースを飲みたいって言ってたんだけど、作れる?」と尋ねたら、困ったような顔をされてしまった。ジュースを作れない、作りたくないわけではなく、飲まない方がよい、とのことで。理由まではアステリオスの反応からはわからなかった。しゃべれないから仕方がないね。
それでも諦めきれず(食いしん坊だからね……)ウルたちは何とか拝み倒して、一口分のジュースを作ってもらえた。
……のだが、ウルはその一口でギブアップ、レグルスも口に含んだところで噴き出してしまった。こらレグルス。
「……不味くはない。不味くはないのだが……ものすごく味が濃いように感じるのだ。薄めるならともかく、リオンは本当にこれを原液で飲んでおるのか……?」
「げほげほっ……オ、オレにはめちゃくちゃ刺激が強かったぜ……」
ウルは口をもにゅもにゅとしながら、レグルスはげっそりとそう答えた。はて、どう言うことだろう。
わたしにはそこまで濃いようにも刺激があるようにも感じ取れなかったのだが……わたしがバカ舌なだけか?
いや確か以前に地神に『ジズーの肉を位階が足りない者が食べると呑まれる』って言われてたっけ。肉とジュース(正確には二大獣の力が籠められたジュース)で違いはあるけど、適用されるのだろうか。呑まれる、じゃなく味がおかしい、になってるけど。
となると、この二人は位階不足ってこと? レグルスはともかくウルが足りないってありえなくない? ひょっとして魔力……神力的な問題が絡んでいるのだろうか。
疑問に思うわたしに、今日もアステリオスはわたしの分のジュースを渡してくるのだった。……まぁ、わたしにとっては美味しいから飲むけど。ちょっとウルさん、変なモノを見る目をしないで。
ある日の晩。
わたしは縁側でぼけーっと夜空に浮かぶ月を眺めていた。
「リオン様。どうかなさいましたか?」
夕食の片付けを終えたフリッカがやってきて隣に座る。
「寒くなってきていますし、冷えますよ」
「んー……」
フリッカの心配する声に振り向きもせず生返事をする。それでもフリッカは気を悪くしたりせず、わたしと同じく月を見上げた。
何だか、力が入らなかった。さっきまで元気だったのに。もちろんご飯が不味かったわけでもない。どこか体の調子が悪いわけでもない、はず。
無言でいるわたしを急かすでもなく、フリッカはただ横に座っていた。じんわりとした熱が、初冬の冷えた空気の中でも伝わってくる。
わたしはそのまま体を横に倒す。唐突にひざ枕をする形になったフリッカは、目を何度か瞬いてからわたしの頭を撫でてくる。
「お疲れですか?」
「……どう、なんだろう……」
問われ、自分の胸の内を探ってみる。
疲れているかと聞かれれば……疲れているのだろう。毎日何かしらで体を動かしているのだから。特に破壊神の力を得てからは『習うより慣れろ!』の空気で光神も火神もビシバシとしごいてくる。
でもそれが原因ではなく……腹の中で、グルグルと蠢く何か。胃もたれではなく、もっと別の何かに干渉するような。
よくわからないままに、頭で考えるよりも前に口から滑り落ちる。
「……破壊神様のお願いで、神子も助けて」
「そうですね」
「……創造神様のお願いで、島の浄化はまだ終わってないけど、浄化を急ぐ原因だった世界樹の新芽も持ち帰ってきて」
「そうですね」
フリッカはシンプルな相槌を打ちながら、わたしの頭を撫で続ける。
止める者は、なかった。
「……わたし、あの島を何とかする必要、あるのかなぁ……」
一言で言えば、面倒くさい。
創造神が浄化を頼んできたのは世界樹があったからだ。変則的ではあるけど無事?に対処が終わった今、わたしがあの島を改めて浄化する必要はあるのだろうか。
もうあの神子に任せて、放置してしまってもいいのではないだろうか。
……会えばきっと『手を出すな!』と怒ることだろう。攻撃だってしてくるだろう。……憎んで、くるだろう。
それに耐えて、わたしが労力を割く必要は……あるのだろうか?
一度溢れてしまえばドクドクと、とめどなく零れてくる。それはやがて、決定的なモノになる――その前に。
「私もあの神子は嫌いですね。対面したら刺してしまいそうです」
「――ハイ」
ものすごく珍しいフリッカの敵意に、背筋がヒュッとなって思わず素に戻った。
わたしの頭を撫でる手つきは温かく優しいままなので、ギャップがものすごい。
自分のことばかり考えてたけど、フリッカたちはわたしが刺されたのを間近で目撃してたんだよなぁ。そりゃ怒りの一つや二つ沸いても仕方がないか。……刺されたのは悪いことだけど、想ってくれるのは嬉しい、なんて。
「それと同時にもう二度と関わりたくない、そう言った気持ちは私も抱いています。ですが」
「……ですが?」
「リオン様は……行きたいと思っているから、困っているのでしょう?」
「……」
行きたい。
そう、なのかな。
……そう、なのかもしれない。
放っておけない。
もちろんあの神子のことではない。瘴気を放置しておくことは看過出来ないと言う意味で。
知らないままならともかく、知ってしまっては。
「ですので、いつも通り『創造神様のために』動けばよいのではないでしょうか」
「創造神様のため……。そう、だね。いつもそうしていたね」
厳しい地で頑張る先輩神子と協力したい、出来れば色々教わりたい。そんなことを考えていた時もあった。
けど、それまで抱えている必要はないのだ。捨ててしまってもいいのだ。神子なんだし、自分の面倒は自分で見させればよい。邪魔するようなら……殴ってでも追い返せばいい。
わたしはどれだけ単純なことで悩んでいたのだろう。
「もしあの神子と遭遇したとしても、私とウルさんで何とかしますよ」
「……う、うっかり殺さないようにね……?」
とてもいい笑顔なのに、何だか怖い。
けれどおかげで、お腹のモヤモヤは消えた気がする。上手く消化出来たらしい。
わたしは起き上がり、フリッカの頬に手を添える。が。
「私は構いませんけど……見られていますよ?」
「う゛えっ!?」
ギョッとして辺りを見回してみれば、こちらを窺っていたウルが手を振り、フィンが苦笑をし、イージャがあわあわと慌て、セレネがぐぬぬとしている様子が目に入った。
……どうやら皆に心配をかけていたらしい。心配してくれたのはとてもありがたい。
ありがたいのだけど……恥ずかしいなぁもう!




