とんでもないモノが渡された
そんなこんなで、ダンジョン核は見つけられずとも似たようなプチ瘴気発生源をいくつか潰していった。早贄ほど酷い物は他にはなかったけど、世界樹の一部が動物系モンスターに武器として使用されて血まみれにされていたり、虫系モンスターに齧られて巣にされていたり、菌糸系モンスターに浸食されて腐海になりかけていたりと実にバリエーションが豊かだった。あえて黒幕?がこのような誘導をしていたのだとしたら趣味が悪いにもほどがある。
……それにしても、わたしたちが少し探しただけでもこんなに見つかったのに、神子たちはこれまで一体何をしていたのだろう。潰しても潰してもどこかでまた新しいのが発生していると言うことなのか。だとしても、いい加減大元の発生源を何とかするべきでは? 物資が足りないのだとしても、この島はそんなに大きくないのだから数か月もあれば探索出来るはず。あ、村人さんは既に原因はわかっているから準備をしている、とかそんな話をしていたっけ。……協力しあえる状態だったらこんな探す必要もなかったのに……。一時的にでも島の浄化には役立っているので全くの無駄でもないんだけども、心境としては複雑だ。
幸いにも、今のところ古城のモンスターたちに変化はなく、神子たちが再び現れた様子もなく、創造神の像も保たれたままのおかげでちょこちょこと拠点に帰って休憩を挟むことも出来て、元気なものである。現地補給が出来ないので素材の在庫が減っていくのはどうしようもないけれども、この程度なら尽きることはまずない。
「あれ、アステリオス。……くれるの?」
拠点での休憩中、アステリオスが無言で(しゃべれないのだから仕方がない)ジュースの入った小瓶を差し出してくる。
こくりと頷くので受け取りつつ、ふとジュースの詳細を調べてみたら……吹き出した。
「ブハッ!? ちょっと待って、何これ!?」
確かにジュースには間違いない。しかし……あまりにも、ジュースとしてはおかしい説明文だった。
アステリオスの作ったものであるから、もちろん毒などが入っているわけではないのだが……ある意味毒でもあったのだ。
■二大獣の果実水
ベヒーモスとレヴァイアサンの力が溶け込んだ果実水。
質が高く非常に濃厚でフルーティな味わいであるが、終末の獣の力ゆえに弱き者が飲むと体に不調を来たす。
もうアイテム名からしておかしい。何だよ二大獣って。いや誰と誰のことなのかも記してあるけどさぁ。
ベヒーモスが管理している果樹園の果物が素材なので、百歩譲ってベヒーモスの力が籠もっているのは良いと……いやいや良くない。この説明文によると『飲むと体に不調を来たす』とある。腹痛くらいならともかく(腹痛でも嫌だろうけど)、それよりもっと酷いのだったらとてもじゃないけど、特に子どもたちには食べさせられない。
……子どもたち、すでにかなり果物を食べている気がするけど……?
ギギギと軋んだ音が鳴りそうなぎこちなさでアステリオスを見ると、彼は首を横に振った。
「……他の果物は大丈夫? これだけ?」
質問を重ねた結果、収穫する果物自体にはベヒーモスの力は籠められていないらしい。ジュースとして絞る時に力を籠めているのだとか。
そして驚くことに……このジュースにはあのレヴァイアサンが眠る池の水(煮沸消毒済)も使用されているとのことで。……ちょっと待って。あの池の水、そんなことになってたの……? さすがにあの水を使用してモノ作りをすることはなかったから全く気付かなかった……。
ってことは、あの水を使えば他のアイテムにもレヴァイアサンの力が…………気にはなるけどやめておこう。わたしだって空気は読むし、それなりの倫理観は持ち合わせているつもりだ。
「えぇと……それで、わたしにこのジュースを飲んでほしい、と? ……わたしが飲んで大丈夫なの? お腹壊したりしない?」
特に後ろめたそうな素振りもなく、何かを隠している様子もなく、アステリオスは素直に頷く。
うーん、彼なりの激励の一種なのだろうか? まぁせっかく作ってくれたのだし、問題ないと言うならもらっておくけど……。
わたしは、この時に察して聞いておくべきだったのかもしれない。いや、聞いても聞かなくても、彼がわたしにとって不利になることをしたわけでもないことに変わりはないのだけれども。
――あの時の素材が一体何だったのか、と。
「むぅ、我もちょっと飲んでみたかったのである」
「ウルならお腹も壊すことはなさそうだけど……帰ったらアステリオスに聞いておくよ」
世界樹の探索を再開して。そう言えばこんなことがあったよ、と話のタネにしていたら食いしん坊ウルさんが食いついた。
ウルは間違いなく強者であるし、きっと胃袋も鉄壁だろうから飲んでも大丈夫だとは思うけど、アステリオスが作ってくれないことには飲めない。もらった分は少量だったので飲み切ってしまったし。
「弱いヤツは飲めない……つまり強いヤツだけが飲めるって何だかカッコイイよな。オレもチャレンジしてみてぇな!」
「チャレンジって……まぁレグルスの分も聞いておくよ。フリッカとリーゼは?」
「……私は遠慮しておきます」
「あたしもお腹を壊すのはイヤかなぁ……」
フリッカは真顔で、リーゼは苦笑で拒否をする。ですよね。カッコイイから、ってレグルスの感覚がおかしいだけだ。
「おっと……数は――」
「八……いや、九かな」
瘴気の向こう側で、こちらに向かって移動しているモンスターの気配を感じたけれど、リーゼに先を越されてしまった。くやしい。
ゆるい空気ではいるけれど、当然気まで緩めているわけではない。ここは変わらず瘴気の漂うダンジョンなのだから。でも会話が出来る程度にはわたしたちも強くなったものだね。最大の理由は高性能ウルセンサーのおかげだろうけど。
「ちょっと多いね。正面と左右に分かれようか」
「オレが正面な!」
「あたしは右からにしようかな」
レグルスが真正面から戦いたいだけだろうけど、まぁ妥当か。わたしとリーゼの方が機動力が高いからね。
ウルにフリッカと後方警戒をお願いして、わたしとリーゼは同じタイミングでそれぞれ左右に弧を描くように静かに駆け出す。枯れかけとは言え森の中だから引っ掛かって転ばないように、瘴気で見えないのはモンスターも同様なのだから大きな音を立ててバレないように注意を払いながら進む。
「はあっ!」
一番槍はリーゼだった。モンスターの集団の横っ腹に踏み込んで槍を突き出す。不意打ちは見事に決まり、モンスター――ブラックウルフは倒れる。
そしてわたしはリーゼに気を取られて振り向いた――つまりわたしに背を向けることになったブラックウルフたちに剣を振る。卑怯だのそんな意識はありません。
ブラックウルフたちとてただやられるだけではない。挟み撃ちを受けたことを即座に理解し、咆哮を放ち牽制しつつ陣形を立て直す。が、それだけだった。リーゼの方が速く走り、わたしの方が高く跳ぶ。武器の差もあって一方的となった。
「くそ、出遅れた! オレの出番も残しておいてくれよ!」
あっという間に数を減らし残り三匹となったところでレグルスが突っ込んできた。半ばヤケクソにも見えるブラックウルフの特攻に綺麗にカウンターパンチを決め、頭を砕く。
その勢いに乗ったまま回転蹴りをしもう一匹を、そして最後の一匹もリーゼに貫かれあえなく撃破されるのだった。
「お疲れ様である」
「……私は何も出来ませんでしたね」
「いや、そうでもなさそうであるな。ほれ、後ろに一匹」
「……っ。風よ、集い結びて槍と成れ――ウインドランス!」
ウルのどこかのんびりとした警告にフリッカは一瞬で気を引き締め直し、風の槍を放つ。それは後ろから迫っていたビッグファングボアに大きな風穴を開けるのだった。
今回も特に危なげなく切り抜けられたようで何よりだ。
省略してることも多いですが、基本的に魔法は詠唱しているものと脳内補完をお願いします。




