どうしてこうなった
「何で神様たちがこんなに居るのよ!?」
「ですよねぇー」
拠点に戻り、瞬間移動に呆然としていた少女と落ち着いて話すために移動した先――報告も兼ねて神様ズハウスのテラスに到着しての第一声がそれだった。さもありなん。
怯えて……はなさそうだな、畏れているような気配を漂わせてわたしの背を盾にして身を隠す。破壊神の神子でも神様たちは畏敬の対象なのね。
神様ズはヒマなのか、ろくに移動も出来ない現状ではやれることが少ないのか、五柱ともテラスに集まっていた。人一倍ウザ……もとい人懐こい風神は興味津々で、逆に水神は興味がなさそうで、他の三柱はニュートラルな感じだ。
「やぁやぁリオンお帰りお疲れ様。その子が話に出てた破壊神の神子ちゃんかな?」
「ただいま戻りました、メル兄さん。そうです、この子が――」
「兄さん!?」
「……ただそう呼んでいるだけで、当然ながら実の兄ではないからね?」
色んなことに驚いてはツッコミを入れてくる少女。おっと、『リオンにツッコミどころが多いだけではないか?』とウルの心の声が聞こえた気がしたぞ? でも大半はわたしのせいじゃない気がするんだよ?
「……早速懐かれてるようねぇ、リッちゃん」
「え? 単に神様たちが居るのが想定外なだけでは?」
わたしの背に隠れている少女をチラと見てから水神がからかうようなトーンで言う。わたしもおかしなことになっているけど、神様たちより取っ付きにくいことはないでしょうよ。
まぁひとまず座ろうか、とテーブルと椅子のセットを追加で出して着席を促す。軽食セットも出すとウルが早速食べ始め、つられて少女もおずおずと紅茶を口にする。
「……美味しい」
ホッと一息。張り詰めていたモノと一緒に吐き出す。どうやら肩の力を抜いてくれたようだ。
すると――ぐぅ、と可愛らしい音がする。……気も抜けたのだろう。
「……話は後にして、食べていいよ?」
「……いただくわ」
ぐぬぬ、と恥ずかしそうに唸ってから、それでも空腹には耐えられなかったのか少女は素直にミニサンドイッチを食べ始めるのだった。小動物チックな動きが何やら微笑ましいな。
そう感じたのはわたしだけではなかったようで。
「破壊神の神子とは言っても、思ったより随分と大人しいのだな。あ、リオン。俺にも何か飲み物を出してくれ」
「……火神様、すでに飲んでるじゃないですか」
「お前の作る物が一番美味いからな!」
「……ありがとうございます」
こうも真っ直ぐに賞賛されては出さないわけにはいかない。火神だけじゃなく他の皆にも希望を聞いて出していく。
「確かに今は大人しくしてくれていますけど、会った当初は普通にすごい剣幕でしたけどね」
「んぐっ。そ、それはアンタの登場の仕方も悪かったでしょう!?」
「……ですよねぇー……。その節は申し訳ありませんでした……全面的にわたしが悪うございます……」
「リオンは一体何をやらかしたのだ……?」
「アイティ……その『やらかした』って表現は……やらかしましたけどぉ……」
アイティだけでなくウルも含めて皆気になったようなので、恥ずかしながらスカイウイング&ジェットブーツの制御をミスって体当たりで窓をぶち破ったことを白状する。
「「ぶははははははははははっ!!」」
途端、風神と火神には腹を抱えて爆笑されたのだった。こんちくしょう。飲み物にデスソース(のようなめちゃくちゃ辛いソース)でも入れてやろうかしらん。
「……この神様ズは放っておくとして、あの時はあんまりだったので、きちんと自己紹介でもしようか。わたしはリオン、こっちはウルだよ」
「……セレネよ」
「そっか。よろしく、セレネ」
わたしが握手のために手を差し出すと、少女――セレネは戸惑ったように手を見詰める。
「あ、ひょっとして触れられるの苦手? それとも呼び捨てが気に入らなかった?」
「……苦手でもないし呼び捨てでもいいけど……アタシ、その……吸血鬼だから……」
「えっ」
吸血鬼って……あの? ゲームには居なかった種族だな。
思わず空を見上げる。ここはあの島と違って太陽は普通に見えるし、今日は快晴だ。日を浴びて辛くないのだろうか?
いやいや待て。日光が辛いんだったら島を脱出する時に何かしらあっただろう。つまり、この世界においては元の世界と事情が違うのかもしれない。そもそもあっちは架空の種族だったし。
「地神様。吸血鬼の特徴を教えていただけますか?」
「吸血鬼とは珍しいな……いや、だからなのか」
「……だから、とは?」
「破壊神の神子は希少種族がほとんどだからねぇ。えぇと……日中にやや弱化する、夜間にやや強化される、そして……血を介した特殊能力を持ち、他者の血を嗜好する、と言ったところか」
地神が目を丸くしてから、指折り数えながら教えてくれる。ふむ、希少種なのか。ゲームに居なかったのもそのせいかな。
吸血鬼の逸話として有名な日の光や聖水、銀に弱いとか、吸血で仲間を増やす、と言うようなことはないらしい。
しかし……血を介した特殊能力か。あの神子も『モンスターを操る』と言っていたし、この辺りが嫌われた原因か?
「……一応言っておくけど、血が絶対必要なわけじゃないわよ」
「まぁ、そうだろうね」
「……え? 信じるの……?」
「え? そこも驚くところなの?」
さっきは空腹にも関わらず普通に紅茶を美味しいと言い、サンドイッチを食べていたのだ。それだけでも必須でないのでは?と予想出来る。地神が『嗜好する』と表現したくらいだし、それこそ嗜好品くらいの感覚なのだろう。……ヒトによってはおやつ感覚で血を吸われてたまるか、って嫌悪感を抱くかもだけど、わたしからすれば無理矢理襲ってこない理性がある時点で大したことではない。伊達にゼファーやアルバと一緒に暮らしていないのだよ……って比較対象がモンスターなのは彼女に失礼か?
「……その、手」
「ん?」
「握手、してくれるんでしょう……?」
「あぁ、そうだね。改めてよろしく」
再度手を差し出す。
おずおずと握り返してきた彼女の手は小さく、ひんやりとしていた。
そうこうしている間に、小屋に戻ったゼファーからわたしたちの帰還が伝わったのか、フリッカがやって来る。
「リオン様、ウルさん、お帰りなさい」
「うむ、ただいまなのだ」
「ただいま、フリッカ。一人?」
「皆で一斉に押しかけても迷惑かもしれない、と言うのと……」
フリッカは本人の前だから言葉を濁したけど、おそらく破壊神の神子だから警戒……と言うか、様子見することにしたのだろう。ウルが大丈夫だからと言って、他の破壊神の神子全員が平和的に話が出来るとは限らないしね。……創造神の神子が相手でもあんな殺伐としていたのだから。
セレネがフリッカを見て、フリッカもセレネを見る。ん? 何やら妙な空気が流れた気がするな?
「……誰?」
「わたしの拠点にはもちろん神様たち以外にも何人か住んでいるからね。その内の一人の――」
「初めまして、フリッカと申します。リオン様の伴侶をさせていただいています」
「えっ」
……間違ってはないけど、いきなりその自己紹介は飛ばしすぎじゃないかなぁ。硬直してるんですけど……?
ギギギ、と音が鳴りそうなぎこちなさでセレネがわたしに顔を向ける。
「……女の子よね?」
「そうだよ」
神造人間だし肉体的には微妙なところだけど、一応女性体はしているし中身の性自認は紛れもなく女である。少なくとも男ではない。
「……アリなの?」
「アリです」
そもそも何かもう性別とかどうでもいい気がしている。今更他の男性とくっ付く気は全くしないけれども。単に好きになった……好きになってくれた相手が同性だったと言うだけの話だ。
ごまかしても仕方がないので正直に答えたわたしにショックでも受けたのか、わなわなと震え始め――たかと、思いきや、ガシっとわたしの腕を掴み。
「だったら、アタシもお嫁さんになる!」
「……………………………………………………はい?」
とんでもないことを、言い出すのだった。
……え? マジでどうしてこうなった……?




