目も眩むほどの憎悪
リオンがアレな状態なので三人称
――神子が、刺される。
口論からの突然の凶事に、誰もが反応出来ないでいた。
刺されたリオンも、周囲でハラハラと見守っていた仲間たちも。邪竜を庇うリオンに不審感を持ち始めた村人たちすらも。
ただ一人を除いて、時が凍りついたかのようにただ呆然と、見ていた。
リオンを真正面から刺し貫いた凶刃。
背から飛び出たそれは、赤い血がしたたり。
切っ先には、引きちぎられた心臓。
……ではなく。
血に濡れながらも硬質な、わずかに白い光を帯びる――
「見ろ……魔石だ!」
そう、決して生物の心臓にはありえない代物。
正に……魔石と呼べるような、無機物であった。
「こいつは……魔石を核として生きるモンスターだ!!」
この世界のモンスターたちが魔石を心臓として生きているのは誰もが知る常識だ。モンスターが死ぬ時は壊されでもしない限り魔石をドロップするし、死した先の存在であるアンデッドすらも魔石を破壊されてしまえば存在を保つことが出来なくなる。
その常識は言い換えれば……心臓が魔石であればモンスターである、と言うことにもなり。
リオンの背から飛び出した魔石のような物体は神子の剣により大きく傷つけられ、破壊され、急速に機能を失っていく。
自分の体内にあったそれを認識することなく、リオンは何かに縋るように、無意識に胸元に手を添えようとして……力なく垂れ下がり。
意識が闇へと落ち。
目から、光が消え。
……心臓が失われては、いかに身代わり腕輪とて、効果は発揮しない。
「卑怯にも創造神の神子になりすまし陥れようとするなど……この私が居る限り、させるものか!」
静寂を切り裂く断罪の言葉。
神子は憎悪の炎を燃やす。髪の色も相まって、ゆらゆらと溢れ揺らめいているようにすら見える。
モンスターに傷付けられ、奪われ続け。
ヒトだけなく食べ物も、土地も、何もかもを破壊され、瘴気に侵され。
恨まないわけがない。憎まないわけがない。
そしてその感情は、神子だけでなく……この島に住む、全てのヒトたちに共通するものであった。
「お、おい、あの女の子がモンスターだって――」
「……いえ、あり得るわ。あそこに居るあいつだってそうだし――」
「くそ、モンスターはいつもいつもそうだ。どれだけ俺たちを弄ぶ――」
『自分たちの神子が他の神子を刺してしまった!?』と動転していた村人たちも、理由を知り納得し始める。
ざわめきが徐々に大きくなる。
敵意が、徐々に膨れあがる。
……実際に神子の御業を目にした者たちですら、戸惑いながらも疑惑の視線へと移り変わる。
しかし怒りは、彼らだけのものではない。
「あ、ああああ……あああああああああああっ!!??」
ドン! と、強烈なまでの鬼気が撒き散らされる。
その衝撃に、籠められた激情に、誰もが怯えもう一度口を噤んだ。
そしてやはり、ただ一人を除く。
「貴様、リオンに……リオンに何てことをしたのだああああああっ!!」
「――フン。正体を現したな、邪竜!」
黒いオーラを纏い始めるウルに、神子はウルが邪竜であるとの認識を確固たるものにする。
神子は努めて冷静に――ただし内心では想像以上の圧に焦りを募らせて――動かなくなったリオンから剣を抜くために蹴り飛ばす。わざわざウルの方に向けて、ウルの突撃にタイミングを合わせて、思い切り。
普段のウルであれば真っ先に傷付いたリオンを受け止めるのであるが、怒りに呑み込まれたウルは反射的に『異物』として避けた。邪魔だと弾き飛ばさない分、ある意味理性は残っていたのかもしれないが。
その一瞬の隙を利用して神子はバックステップで回避した。空振りしたウルの拳は地面に大きな穴を穿つ。
もちろんその程度で止まるウルではない。轟音と飛び散る破片と共に、神子を攻め立てるべく飛ぶ、が。
「ぐあっ!?」
透明な壁に阻まれ、顔面を強かに打つ。
神子が放ったウインドウォールだった。
リオンの見える壁に慣れすぎていたために喰らった見えない壁による衝撃に、わずかながら意識が戻る。
しかし、その程度でも止まるウルではない。
「こんなもので!!」
「なっ――」
オーラを拳に集め壁を殴ると、壁はあっけなく散っていった。
こうも早く破られるとは思っていなかった神子は次撃を用意しきれず、今度こそウルの拳が――
「ウルさん! やめてください!!」
「――っ!?」
突き刺さる寸前、フリッカの叫びによって止められた。
ウルの意識が再度怒りに呑まれる前であったのと、これまでになかったフリッカの大音声によって、辛うじてウルの耳に届いたのだ。
届いたとは言え納得は出来ない。何故リオンの仇を取らせてくれないのかと息まくウルであったが。
「フリッカ、何故止めるのだ! 此奴はリオンを――」
「そんなことよりも!」
「ひっ?!」
オーラすら吹き散らされそうな勢いに、思わず素に戻った。
神子を警戒しつつ後ろを向くと……血まみれのリオンを抱いたフリッカが視界に映る。その手は大きく震えながらもしっかりと、切っ先から抜け落ちた壊れた心臓も握りしめていた。
リオンの惨状を目にし再び怒りが燃え上がろうとするが、それもフリッカに押しとどめられる。
「そのような愚か者を相手にするよりも! 早急にリオン様を連れて帰って治療する方がよっぽど大事です!!」
「えっ……あ、そ、そうである、な?」
治療と言う行為がすっぽりとウルの頭から抜け落ちていた。
……普通は、心臓を失うイコール死であるので、仕方のないことであるが。
よく見てみれば、いくつものポーションの空き瓶が転がっている。ウルがただ激高している間に、すでに治療を試みたのだろう。しかし状況は芳しくないようで、フリッカもリオンほどではないが青い顔をしている。
無駄にしか見えない行為に、神子が鼻で嗤う。
「はっ、治療だと? 愚か者は貴様だ。出来るわけがないだろう。それに……そこの偽神子をモンスターと知ってなお治そうとするなんて、貴様もモンスターか?」
「……哀れですね。憎しみで何も見えていないなんて」
「私が……哀れ、だと……?」
フリッカの目には……怒りと、それを上回る蔑みに満ちていた。
神子は哀れまれる理由もわからず不気味さに一歩退くが、その行為に気付き、羞恥を誤魔化すように叫ぶ。
「ごちゃごちゃと……騙されていただけならともかく、モンスターと判明した貴様たちを逃がすと思うのか!?」
「帰れるに決まっているでしょう。……リオン様の、神の御業の如き能力によって」
「……何?」
フリッカはある物を取り出し、掲げる。
「攻撃アイテムか!?」と神子は構えるが、ウルと、急展開についていけてなかったレグルスとリーゼはそれが何なのか察し、慌ててフリッカに近寄り、掴む。
言うまでもなくそれは攻撃アイテムなどではなく帰還石で。
神子と遭遇したからこそこのような惨事が発生したのだが、神子が居るからこそ周辺が浄化されており、帰還石が使用可能状態であるのは何とも皮肉なものである。
溢れる光に防御魔法を使用しようとする神子を残して、フリッカたちは拠点へと帰るのであった。
光の消えた後に、誰の姿もないことを確認して、神子は、村人たちは呆気に取られる。
「に、逃げられた? くそっ、総員、探せ!!」
帰還石を作成出来ない、そもそも存在すら知らない神子は、消えたリオンたちを転移ではなく目くらましや幻影を使用したと判断する。
慌てて周囲を捜索させるが、見つかるわけもない。
「……神の御業、だと……? ……あぁそうか。あの自称神子……神子は神子でも破壊神の神子と言うことか……。まぁそれでも魔石を壊せば生きてはいまい。取り巻きを殺せなかったことは残念だが、ひとまずは良しとするか」
神子は、決してリオンを創造神の神子と認めない。
憎悪で目が眩み、真実を歪めていることに、気付いていないゆえに。
……剣にリオンの血をたっぷりと付着させておきながら、その血が聖属性であることにすら、気付かない。