問答の末に
「――貴様が、創造神の神子か」
腰に――剣の柄に手を掛けながら一人の女性が、女性にしては低めの声で言い放つ。
後方には村の防壁らしき柵があり、その手前で同じく武器をいつでも抜けるよう警戒した姿勢で何人も待機している。刃を見せてはいないが、何か切っ掛けがあればすぐにでも抜いて突撃してくることだろう。柵の内側では不安そうにしているヒトと、物珍しそうにしているヒトと分かれており、温度差がある。
……先行して報告に行った獣人の男性は一体どんな報告をしたことやら。終始不審な目をしていたし、信じていなかったんだろうな。わたしたちをここまで連れてきてくれた男性三人は戸惑っているので、信じていないのは彼だけだったぽいけど、その彼に報告に行かせたのがまずかったか。
女性は、見た目は二十歳くらいの人間。やや背は高く、細身だけれども鍛えられているのが立ち姿からでもしっかりとわかる。
火神よりやや暗い紅蓮の髪色をしており、肩甲骨あたりまでの長さのそれはざっくりと切られている。無頓着なのか、余裕がないのか。
深い青の目はとても鋭く、睨みつけているようだ――ようだ、ではなく実際に睨みつけているのだろう。敵意一歩手前の刺々しい空気が漂っている。神子がこうでは村人も追従するのは当たり前だろう。
そう……率先してわたしたちを警戒している彼女こそが、神子だった。
カミルさんと同じく、彼女から創造の力を感じることが出来るので間違えようがない。
……ただ、鬼気迫ったその力は……どことなく、歪んでも見える。終始穏やかだったカミルさんとは真逆に、誰も彼も斬り付けそうな鋭利さが発せられていた。多分、神子以外に『この女性は神子だ』と言ったとしたら思わず引かれてしまうのではないだろうか。これだけでも『気性が荒い』と言った創造神の言葉に納得せざるを得ない。
同様に、彼女の方でもわたしの創造の力を感じ取れるはずだけど……一向に警戒を緩めてくれない。わたしがへっぽこで力が弱すぎてわからない? いや、もっとずっとへっぽこだった頃でもカミルさんはわかってくれたのだから、そう言うことではない、はず。まぁわたしも釣られて警戒気味なのでお互い様か。
「はい、初めまして。新任の創造神の神子、リオンです。貴女は?」
「……貴様は、いつ神子になったのだ」
「……二年半くらい前ですね」
名前を聞いたつもりだったけれどスルーされてしまった。相当に心象が悪いようだ。
しかし神子歴を聞いてくるなんて何の意味があるのだろう。日の浅さでへっぽこ度合いに納得でもしたかったのだろうか。
神子はわたしの答えを聞いてギリ、と歯を食いしばった。弱すぎて手助けどころか足手まといになるとでも思われたのかもしれない。
わたしから視線を逸らし――今度はウルの方を睨みつける。
「そこのフードの奴。それを外せ」
「――」
わたしに対するもの以上のあからさまな、敵意と言ってもいい感情。
これは……高確率でバレてるな。
切っ掛けはどこだ? 戦闘中に獣人の男性に見られた? それとも隠蔽効果を見つけた上でカマをかけているのか……。
何にせよここまで強く言われては誤魔化すことは出来ない。こんなことなら村に着く前にウルを一時帰還させておくべきだったか? いやそれはそれで報告との人数の違いに疑いを持つか。
……仕方がない。ウルの方に振り向き、外すように頷く。
露わになったウルの角と鱗に、村人たちがざわめいた。
そして、神子の目には――怒りの炎が宿った。
「ふざけるな……こんな奴を引き連れておきながら神子を名乗るだと……!?」
「待ってください! 彼女は決して悪い存在では――」
説明をしようとしたわたしの言葉は、神子の火に油を注ぐことになり。
「邪竜が悪い存在ではないだと!? それこそふざけるな!!」
憎悪が籠もった大喝が響き渡る。
わたしは、その音量ではなく……内容に目を見開いた。
邪竜。
……竜。
……あぁ、あぁ。
そうだ。
わたしは、きっと。
ずっと前から、わかっていた。
でも、それよりもずっと前から、わかっていることもある。
「……彼女は、悪い存在ではありません」
ウルの種族が何なのかは、正確にはわからない。
けれども、ウルは邪悪などでは、決して……ない!
「……貴様、自分が、何を言っているのか、わかっているのか?」
「えぇ。よぅくわかっています」
わたしがアステリアの地に降りたってから、最初に出会ったヒト。
それ以来ずっと、わたしを助けてくれた。わたしを守ってくれた。わたしを支えてくれた。
きっと、ウルが居なければ、わたしは今、ここにこうして生きてはいなかった。
「貴女こそ、何を言っているのかわかっているのですか?」
「……何だと?」
「ヒトを種族だけで決めつけて、中身を知ろうともしないなんて」
「貴様の目は節穴か!? そいつから溢れる破壊の気配がわからないのか!!」
「それが全てではないって言ってるんですよ!」
ウルの絶大な力は知っている。
でも、何よりもその『中身』があってこそ、救われてきたのだ。
わたしは知っている。モンスターでありながら、無垢な存在を。
……人間でありながら、唾棄すべき醜い存在を。
そんな簡単に、善悪の区別がつくわけがない……!
「貴女の警戒心は、このような過酷な地においては必要なものだと理解できます」
偽神子の件だってあるし、モンスターでなければOKと言う話でもない。例え誰が相手であろうと、神子を名乗るわたしであろうと、まず疑うのは身を守るのに必要だと言える。
けれど、だからって。
「襲い掛かってもいない、罪を犯してもいない相手に憎しみを向けるなんて、間違っている……!」
「……馬鹿なのか? 襲い掛かられてからでは遅いとわからないのか? それとも私たちに死ねと言うのか?」
絞り出すように口にしたそれに、後ろの村人たちもそうだそうだと同意している。
もしや知恵あるモンスターに誰か殺されでもしたか? であればその憎悪もわからないでもない。ひょっとしたら『この神子は騙されているのではないか?』と心配してくれている線もうっすらあるかもしれない。
……落ち着け、わたしはケンカを売りにきたわけじゃない。とは言え、ウルが邪悪であると言う認識だけは改めてもらいたい。改めは無理だとしても、わたしの主張を撤回することはない。
「……貴女たちの事情も知らずに言いすぎました、すみません。でも、彼女が邪悪でないことだけは信じてほしい。それは今まで行動を共にしてきたわたしが保証します」
「……あくまでもその戯言を続ける、と?」
「創造神プロメーティアの名に懸けて、戯言ではなく真実を述べていると、宣言します」
「――」
神子であればこそ、この宣言がどれだけ重いかわかるのだろう。今度は彼女の方が絶句した。
すぐさま神子の顔が歪み、引き攣った口元から細い息が漏れ出てくる。罵倒を我慢しているようにも見える。全身が震え、右の拳を左手で抑えている。これも、今にも殴りかかりそうな怒りを必死に鎮めようとしているようにも見える。俯き、肩を大きく上下させている。髪を引きちぎりそうな勢いでくしゃりと乱雑にかきあげる。何度も、何度も深呼吸を重ねて。
「……貴様の言い分はわかった。そこまで言い切られては仕方がないな」
神子は折り合いを付けてくれたのか、明らかに無理矢理と言った体で、笑顔を浮かべていた。……逆に朗らかに笑顔を向けられるよりは信用が出来るか。
この様子では全面協力は無理、と言うよりはしない方がいいだろうな。適度に素材を提供して、情報を提供してもらうくらいの浅い付き合いの方がよさそうだ。そうでないと彼女の血管が切れてしまいそうである。わたしはウルに手を出されたくないだけで、どうしても屈服させたいわけではないのだし。
神子がわたしに向けてスッと手を伸ばし……握手を求めてくる。確かに神子同士いがみ合っては他のヒトたちに不安を与えてしまう。わかりやすい和解を見せておくのは必要か。
そう、思ったのに。
わたしが彼女の手を握った途端に。
グイと、強く引っ張られてよろめき。
――ゾブリ
「――え」
胸元に、異物と。
カツリと、硬質な音が。
「……やはり、そうだったか……!」
耳元で、憤怒が迸り。
グチュリと、掻き分けられ。
ブチブチブチと、引き裂かれ。
わたしの背から、剣が生えた。




