ダンジョントライアル・上
以前ウルたちが狩りに行った際、いくら暗い森とは言え、比較的平和なこの地域で創造神の時間に大きなオークが出現するのはやや不自然である。
なので、アレがある可能性が高い。
――ダンジョン。
いかなる時間帯であろうと、モンスターが生まれてくる場所。
洞窟だったり、深い森だったり、古城だったりとその形態は多様である。
共通しているのが『核』が存在するということと、その核を取って浄化処理すればダンジョン化が解けるということ。ついでに言えばその核は良質の魔石になる。
ゲーム時代は、モンスター素材を入手しやすくなるのであえて放置することもあったのだが……処理前の核のフレーバーテキストにこういう一文がある。
『土地の恵みを吸い上げ、破壊の力へと転じさせる』
なので、素材は欲しいけれど、創造神への影響を考えたら積極的に潰すようにしていきたい。
「ふむ、これがダンジョンとやらか」
ウルに案内されて森を探索してみれば、案の定ダンジョンが発見された。
見た目はスタンダードな洞窟タイプ。木の根に半ば塞がれるように、ポッカリと地面に穴が空いている。一部千切られた根があるのはここからモンスターが出てきたか何かだろう。
ちなみに、何故これがただの穴でなくダンジョンと言えるのかは、神子がそういうモノを察知できる技能を持つから、としか言いようがない。現に今も穴の奥からじわじわと嫌なプレッシャーが漂ってきている。
「中は暗いね……。ほらウル、ランタン。手に持つ……のは邪魔だろうから腰に括り付けておこうか。出来るだけ壊さないでね」
「……善処しよう」
ウルが恐る恐るランタンに手を触れる。……ヘルメットにライトを付けるのは割と合理的なのかもしれない。ビジュアルとか気にしてないで、次からそうしようか悩むなぁ。
「では、我が先に行くぞ」
「うん。足元、頭上、光の届かない暗がり……挙げたらキリがないけど気を付けてね」
「うむ」
森の中だけあって無数の根が頭上から垂れ下がっていたり、壁や足元を縦横無尽に這っている。油断すると引っ掛けて転んでしまいそうだ。
じめっぽいのか苔もそこここに生えている。足を滑らせないようにもしないとな。
「大した物はないな……道はこちらで合っているのか?」
「だと思うよ」
途中にいくつか横道があったけど、探索は後にしてまずは核を探すことを優先していたので、真直ぐに核があると思われる方向へと進んでいる。わたしがそう判断したのは単純に、大きなオークが通れそうな隙間のある道がそこだけだったからだ。
……ゲーム時代は宝箱とかあったりしたんだけど……古城タイプならともかく、さすがにここには存在しないだろうなぁ……。でも隅々まで探さないと落ち着かないので、帰りに余裕があったら寄ろう。
モンスターは飛び出してきたりしているのだが、ウルが瞬殺しているのでわたしの出番が全くない。ちまちまと素材を回収しているくらいだ。
出現しているのは小さなオークの他にはミニバット、ロックモール、ケイブスパイダーなど。クモの糸が衣服や罠の素材になる以外に特に目ぼしいものはない。……ついクセで全部取ってしまうんだけどね!
「似たような景色ばかりで迷ってしまいそうなのである。リオンは覚えているか?」
「あぁ、目印付けてるから大丈夫だよ」
ゲーム時代なら松明もしくはランタンを目印代わりに置いていたのだが、前者は根に燃え移りそう、後者は現状使い捨てるには勿体なかったしモンスターが壊さないとも限らなかったので、分かれ道ごとにブロック状に壁を掘ることにしておいた。これならわかりやすいし、自然に埋まることもモンスターに埋められることも早々ないだろう。
「……あれは素材回収ではなかったのか」
「あはは、さすがに土はどこでも採れるからね」
でも捨てることはせず貯め込んでしまうんだよねぇ……キマイラ戦後の時みたいに役立つこともあるし。
ともあれ、万が一目印が消えてしまっても、外に出るだけならどうとでもなるので焦る必要は全くない。
そんな自信タップリなわたしの言に安心したのか、ウルは前進を再開した。
「む……何やらひどい臭いがしてきたぞ」
「と言うことは……核が近いかな」
核を守るためにモンスターが常駐していることがほとんどなので、そいつらがひしめいているのかもしれない。こんな空気の通りの悪そうな所に臭いやつらがいっぱい居たらそりゃ臭いもひどくなるでしょうね……近付きたくないなぁ。
常駐モンスター――プレイヤー間ではガーディアンと呼んでいたのだが、ガーディアンは核の影響を間近で受け続けているので、リソースを溜め込む……つまり通常モンスターに比べて強くなっていることもほとんどだ。
なお、大きなダンジョンであるほどガーディアンは強い。ダンジョンが大きいイコール核が強く、それに影響を受けるガーディアンも強くなるという寸法だ。ただガーディアンが強いということは、倒した時の素材の質も良くなるので、一長一短と言った所である。
この洞窟はそんなに大きくない……と言うか小さい方なので、ガーディアンも強くはないだろう。もちろん、油断は大敵だけれども。
「我に任せるがよい。実はちょっと飽きてきたトコだったのだ」
「……あははー……よろしくね」
随分好戦的と言うか、ヒマ潰しとして相手をされるガーディアンたちがちょっと可哀想だと思うわたしであった。
「ハハハッ! ガーディアンとやらの力はこんなモノなのか!」
目にした光景は、地下にしては大きめの広間に、ざっと数えて三十匹は超えるモンスターの大群であった。立派なモンスターハウスである。
普通のモンスターが相手の時でさえ囲まれるとピンチになる(たまに死んでた)と言うのに、ガーディアンが相手だと更に分が悪い。
わたしが弓を得意武器としているのは、囲まれないための立ち回りとして逃げ撃ちをすることが多かったからだ。今回も下がりながら弓で少しずつ数を減らして……――
と思ったのだが、ウルの手に掛かればこの通り。
強化モンスターであるはずのガーディアンが面白いように吹き飛んでいく。
なのでわたしのやることは、巻き込まれないように後ろから、隅っこの方に居て暴威を免れているガーディアンを撃ち抜くだけの簡単なお仕事です。
そして残るは、ガーディアンの中でもボス格と思われる巨大なオークのみとなった。
高さは四メートル程、横幅も四メートル程。
いかにも鈍重そうな体付きであるが、手に持った巨大な棍棒から察するにパワー特化なのだろう。お相撲さんのように、たっぷりと付いた脂肪の下は分厚い筋肉の可能性が高い。
身に着けているのは腰蓑のみで防具の類は一切ないのだが、その分厚い壁を攻略するのは結構骨かもしれない。
ブオオオオオオオンッ!
オークは大きな鳴き声と共に、ウルを叩き潰してやろうと棍棒を力の限り振り下ろしてくる。
見た目に反して速い……!
「ウル!」
危ない――そう続けようとする間もなく。
「こんな丸太よりも、我のウロコの方が硬いわ!!」
バッキイイイインッ
アッパーカットのように下から突き出したウルの拳が、オークの棍棒を木っ端微塵に粉砕した。
……アッハイ。デスヨネー。
わたしは半ば悟りの境地(?)なのであるが、オークは己の半分以下のサイズの生き物に渾身の一撃を避けるどころか、真正面から立ち向かわれた挙句に武器まで壊されてフリーズしてしまっていた。
そしてその大きな隙を見逃すウルさんではないよー。
「そら、次は我の番だ!」
ウルはアッパーの勢いを利用してそのままクルリと一回転、今度はオークの股間へと再びのアッパーをお見舞いした。
……いやちょっとウルさん! 体格差的にそこになってしまうのは仕方ないのかもだけど! 腰蓑越しとは言えそんなとこ触っちゃやーよ!!
などとわたしがアホなことを脳内で叫んでいる間に。
ゴバッ!! ドォン!
オークは下半身をグチャグチャにされた状態で天井部分まで飛んで行き、叩き付けられることになった。
そして落下の衝撃で、頭まで弾けることとなるのだった……南無。
「一撃とは……大きい割には存外大したことないのだな」
……そりゃきみからすれば大したことのないモンスターになるんだろうね。
「ダンジョンとやらは、もっと難易度が高いものと思っていたぞ」
「んー……初期……じゃなくて、創造神様が頑張ってるからじゃないかな?」
うっかり初期地点の近くだからじゃ?と言おうとしてしまった。ウルはわたしが言い直したことに特に反応を見せず「そういうものか」とだけ返してくる。
まぁ言い直した方が真実だとは思うからね。
「さて、と」
わたしはガーディアンたちの解体を後にして、オークの後ろで妖しい光を放っていた核へと足を進めた。
恐らく偶然なのだろうけれど、核の下に積みあがった石が台座のようにも見える。
ツンツンと突き、触っても大丈夫そうだと判断してから手に取る。一瞬だけ体がゾワリとしたけれど、毒やら呪いやらに侵されたような気配はなかった。
「浄化……聖水でいけるかな」
聖属性アイテムを作成できる聖花がまだ再生産されていないので、今持ってるアイテムがそれくらいしかないのだ。
アイテムボックスから取り出して振り掛けてみると少し核の力が弱まり、何とか出来そうだと内心ホッとする。
いやもう、もしも聖水が効かなかったらどうする気だったんだろうね、わたし。行き当たりばったりにも程があるよ……。
何本も繰り返し使用することで、無事に浄化されてただの魔石へと変化していった。
しかし、安心したのも束の間。
パラパラと、頭上から何かが落ちてきて。
先ほどウルが、オークを叩きつけた天井部分が壊れ。
「リオン!!」
――ドババババババッ
ウルがわたしに覆いかぶさると同時に、轟音と共に大量の土砂が落ちてきた。
想定以上に長くなってしまったので分割しました…下は明日になります。