壊れたトランスポーターと潜んでいたモノ
「はふぅ……やっと辿り着いた……」
橋を作る傍ら、延々とガベージスライムが沸き続けたのだ。基本的にウェルシュの雷攻撃で一撃とは言え、物理攻撃が効かないので数が多いと面倒でしょうがない。
ガベージスライムは名前の通りゴミを餌にするスライムである。一体どんなゴミがこの血の池に溜まっていたのか、深く考えると精神が削れそうなので止めておこう。今の足場も色々ぐっちゃぐちゃに混じってるように見えるけど、気にしてはダメだ。明らかに体によくないモノが色々と漂っているけど、万能耐性薬で予防出来る範囲ではある。
「んで、トランスポーターの状態は……っと」
門と枠、ディメンションストーンの部分は三分の一が残っているが、エネルギー供給用魔石と連結ラインが全滅だ。前者の方が収集に多大な手間暇が掛かるので、残っているのがこちらで良かったとも言える。
「リオン、どうだ?」
「そうだねぇ……幸い残ってるディメンションストーンは全部再利用出来るから、おかげで残り工程は五分の二ってところかな」
ちなみにその内訳はディメンションストーン探索が八、魔石とライン作成が二くらいだ。それくらいディメンションストーンの埋蔵量が少ないのである。レアアイテムを大量に必要とするなんて何て鬼畜な仕様なのだ、とゲーム時代から憤っていたものだ。逆に時間を掛ければ何とかなるので、強いモンスターを倒すよりマシってプレイヤーも居たけどさ。
「……そうか。ようやくゴールが見えてきたな」
「うん。あとひと踏ん張り頑張ろう」
アイティの顔が目に見えてホッとしている。アイティはわたしより冥界滞在期間が長かったのだから、やっと現世に戻れる見込みが立ったのであれば喜びも一入だろう。もちろんわたしだってこれで皆に会えるんだとやる気がモリモリと沸いてくる。
それはそれとして、一つ疑問が浮かび上がってきた。
「……何で過去の神子はこんな場所にトランスポーターを作成したんだろう?」
血の海の真ん中だなんて明らかに場所が悪すぎる。あ、現世側で作成して、冥界側で自動生成されたのがたまたまここだった、ってパターンか。だとしたら相当に運が悪いなぁ。などと考えていたのだけれども、アイティから訂正が入る。
「リオン、逆だ。こんな場所に作成したのではなく、作成した場所がこんな場所に成ったのだ」
「うん?」
『モンスターたちにとっても魔石はエネルギー源だからな。放置されていれば奪いに来る奴らだって居るだろうよ』
確かにエネルギー供給用魔石が見事に全部なくなっていた。モンスターたちが魔石を欲しがるのであれば、それらがなくなるのも当然の帰結か。ディメンションストーンはモンスターにとって無意味だし。
でも……。
「モンスターが集まるのはともかく、こんな地獄みたいな光景になるものなの……?」
『奪い合って骨肉の争いを始めるのはよくあることだな』
「魔石がダンジョン核化したとかもありえそうだ」
「なる……ほど?」
争うことで骨や肉が山のように積まれ、それらの負のエネルギーに晒され続けたことで魔石のうちの一つがダンジョン核に成り、散らばった『素材』で構成され、今に至る。転がっていったのか隠されたのかこの場にダンジョン核はないけど気配そのものはあるし、ありえない話でもない、か?
ふぅむ、と腕を組みながら首を傾げていたら、話に付いていけてないアルバが首を同じ角度に曲げ始めた。かわいい。
「まぁ、今は何処にあるかわからないダンジョン核を探して潰すよりトランスポーターの素材集めをしたいかな。……反応が鈍すぎて場所がざっくりとすらわからないんだよねぇ」
「私としてはダンジョンは捨て置けないが……帰還が最優先事項であるし、その方針で良いだろう」
「ウェルシュ、率先して探す必要はないけど、もし空から見つけたら教えてくれる?」
『了解した』
よーし。頑張るぞー!
そうしてわたしたちは、残りの素材集めに奔走するのだった。
これらの過程は、特に大きなトラブルもなく進んでいった。……逆説的に言えば小さなトラブルはあったってことだけどそれはさて置き。決して全てがわたしのせいではないとだけ言っておく。
基本的には鉱石探知機でディメンションストーンを探す。近寄って来たモンスターを倒して素材回収と戦闘訓練に。もちろん移動の途中で見つけたその他素材も回収して行って。集めた素材でトランスポーターに必要なアイテムなり消耗品なり、ただのスキル上げなりでモノ作りをして。それらの繰り返しの日々だった。
アイティはいつも献身的に、でもたまにわたしに対して呆れたり(これは大体わたしのせいだけど)。アルバも努力を続けて普通の子竜一歩手前くらいの体格、能力にまで育ち。ウェルシュは冥界の空を飛び回りアイテム収集をしてくれて。
そして――
「ところでリオン。このトランスポーターの移動はしないのか?」
「うん?」
「素材が再利用出来るなら、このような危険な場所ではなく別の場所に作り直した方が良いのでは、と。……場所を変えたところで私たちが現世に戻った後、モンスターたちの手で同じような状況に陥らないとも限らないが」
「……あぁ。出来ないこともないけど……」
トランスポーターであるが、ただ扉と枠を作って設置すれば良い物ではない。地面に打ち込む必要がある。それは物質的な意味だけではなく、魔力的な意味でもだ。この辺りは魔導台と似ているかもしれない。あれは設置してから一日経たないと――大地と繋がらないと使えないからね。
ただトランスポーターの場合は魔導台とは少々事情が異なる。魔導台より多くの力を必要とするのか魔力を通すのに適した場所を選ばなければいけないのだ。つまりは何処にでも設置出来るわけではないと言うことである。探せば当然他にも条件を満たす場所は見つかるけど、ここが適しているのにわざわざ探すのもねぇ。
「あと、現在設置されているこれをそのまま修理して使った方が微妙に素材の節約になるってのもあるかな」
「そう言うものなのか」
「そう言うものなのです。一回使用出来れば十分で、後のことを考える必要はないしね」
たとえ今後冥界に戻ることがあったとしても、それは入念な準備を重ねた後であるし……何より戦力が増えるので今以上に大変になることはまずないだろう。
……と、帰りたいあまりに、帰還が目前であることに、安全確保に対する意識が疎かになっていたのが仇となった。
この場所が、ダンジョンと言うことを、失念していた。
「……よし! 全部設置オッケー!! 後は起動用にMPを籠めれば――」
それは、現れる。
『――――――ダ』
「ん? ウェルシュ、今何か言った?」
『む? 何も言ってない――いや、待て』
わたしの質問に否定した直後、ウェルシュは周辺に首を巡らせる。アイティも目付きを険しくし、同様に視線を走らせ始めた。
一体何事なのか、問う前に……地面がグラリと揺れた。
「う、わ、何っ!?」
「ギュアッ?」
「! リオン、足元だ!! アルバも離れろ!」
叫ぶと同時にアイティはわたしを抱えて飛び、ウェルシュが引きずるようにアルバを引き離した。
直後、つい先ほどまで立っていた場所が盛り上がる。
カラリコロリと骨がめちゃくちゃに組み合わさり。
メコリボコリと肉と蔦が蠢いては粘土のように形作られ。
最後に……魔石が、ダンジョン核が血色の靄を纏わせながら埋め込まれていくと。
頭蓋の眼窩に、闇色の炎が宿った。
その姿は――全長十メートルは超える、吐き気を催しそうなほど醜悪で悍ましい……東洋タイプのドラゴンゾンビ、のようなモノ。
継ぎ接ぎの骨は肉のあちこちからはみ出て、いっそ牙のようで、槍のようで。
死肉で出来た体は酸の血を垂れ流して触れるモノを焼き、毒の霧となって振り撒かれ。
口腔から溢れる呼気は炎として吹きあがり、眼窩から溢れる怨念は睨みつけた者を呪う邪炎。
ギギギ、と以前のアルバの声より遥かにしわがれた低い、憤怒の籠もった声が、紡がれる。
『現世二渡ルノハ、コノ俺ダ!!』