責任は取りましょう
姿を現したのはコモドオオトカゲっぽい形をしたヘルリザード……のアンデッド。体中の肉が腐り、あちこちに骨が露出して、爛れた内臓がデロっと垂れているのに動いていることからもアンデッドなのは明らかだ。
体長は十メートル弱くらいか。干物ドラゴンとは親子ほどの差がある。こいつはリザードだから親子はありえないのだけども。リザードの方が大きくてドラゴンの方が小さいなんて違和感があるなぁ。
そんなヘルリザードがふしゅるるると臭い鼻息を荒げながら、引きずることで自分の体の一部をボロボロと落っことしながら、わたしたちの方へと近付いてくる。
わたしは武器を構える。が、アイティが目の前に立ち、わたしを遮るように腕を伸ばした。
「リオンはここでドラゴンを守っていろ。アレは私が片付けてくる」
「え……大丈夫?」
「せっかく助けたのに、今更殺されてしまってはたまらないだろう? それに――」
アイティが剣を振るうと、光の軌跡が描かれる。
「あの程度の死に損ないなら、この武器を持った私の敵ではない」
などとニヤリと言う擬音がピッタリな笑みを見せ、やたらカッコいいセリフを放ち、ヘルリザードに向けて駆けだして行った。
……あの剣、使い込まれることでアイティに馴染んできているのか、光属性も帯び始めたんだよね……。わたしが作った『なんちゃって聖剣』が図らずも本物に近付いているのだ。いや、神様が使ってるのだから神剣とでも称するべきだろうか?
なお、それを知ったわたしが「あれもこれもアイティに使ってもらえば神力が宿るのでは?」と呟いたら、「そんなわけがないだろう」と一蹴されてしまった。まぁそんなお手軽に神力が宿るような上手い話があるのなら、拠点はもっと神力まみれになっているか。……帰ったらあれこれ試してみたいところではある。
「グア゛アァ……」
「……大人しくしててよ?」
わたしの後ろから干物ドラゴンが錆び付いた鳴き声をあげる。わたしたちが彼?を助けたことは理解してくれたのだろう。特に暴れるでもなくわたしのポーションを受け入れ、ちょこんと座ったまま大人しくする。……ミイラっぽい見た目は怖いし声も酷いけど、こうして見るとちょっとカワイイかもしれない。
周辺に警備ゴーレムを設置し、警戒をしながらもわたしはアイティとヘルリザードの戦いを眺める。
……戦い、と言えるほど、拮抗したものにはならなかった。
「はああああっ!」
グルァアアアアアアッ!
ヘルリザードは巨体であるだけならまだしも、腐っているせいで動きが鈍重になってしまっていたのだ。元よりたくましい腕とアンデッドゆえに外れたリミッターにより攻撃力は途轍もないだろうが、当たらなければそれは何の意味ももたらさない。アイティは弱体化しているのにも関わらず悠々と攻撃を全て避けている。そして避けると同時にカウンターで斬り付けてもおり、ヘルリザードは攻撃する毎に自分の傷を増やしていく始末。……わたしだったらあの攻撃のうちの何発かは喰らっていたかもしれない。さすが武闘派女神様。
ウオオオォン……
そしてアンデッドには聖属性も光属性もよく効く。むしろその二重属性は聖炎と同じく大きな弱点だ。
痛みを覚えず怯まないのがアンデッドのメリットであるが、そもそも切り離されてしまっては動きようがないし、浄化されてしまえば大ダメージとなり死してなお動く肉体は消滅していく。
「せいっ!」
大きく飛んだアイティが勢いよく剣を振り下ろし、ヘルリザードの太い首を断ち斬った。大きな頭がゴロリと地面に転がる。
しかしそこはアンデッド、首を失ってなお敵を殺そうとめちゃくちゃに暴れる。が、アイティとて心得ておりトドメを刺したと油断はしておらず、すでにヘルリザードの攻撃範囲外へと逃れている。
ヘルリザードが暴れて暴れて――その脆い体は暴れた分だけ自爆することになり、動きが鈍ってきたころにアイティが左肩部分に逆袈裟で斬り付ける。腕と一緒に核が落ちたことでヘルリザードは今度こそ完全に動きを止め、肉体はサラサラと塵に返っていくのだった。
ダンジョン核を浄化して、『話は移動してから』と言うことで来た道を戻る。……話と書いて説教とルビが振られていそうだったのはさておき。帰りは行きよりかなり手間がかかった。
干物ドラゴンが歩くのも覚束ないようで、フラフラちまちまとしか歩けなかったのだ。しかも時折ポテンと転がる。平時であれば微笑ましいが、浄化済みであってもダンジョンの機能が即消失するわけでもないので、モンスターは沸きやすく格好の獲物となってしまうのだ。アイティの敵ではなくても、わたしの行動のせいで手間を増やして申し訳ない気持ちになる。
また、毒地帯を抜けるのも一苦労だった。干物ドラゴンはわたしたちみたいにブーツを履いておらず地面に直に接することになり、多くの引っかき傷を作り、傷のせいで毒への抵抗力が弱くなる。最終的には土を撒きながら移動するハメになった。足取りは遅くなり、やっぱりモンスターたちが襲い掛かってくる。
それでも何とかわたしたちは元ダンジョンから抜け、毎度の即席の避難空間を作成する。干物ドラゴンはドラゴンにしては小さくてもわたしたちに比べれば体積があるのでいつもの四倍くらいのサイズになった。
「……さて、リオン。理由を聞こうか」
一息ついてからの尋問タイムである。声の調子と表情からして怒ってはいないようだけども……わたしの回答次第では当然怒ることもあるだろうね。
とは言え……理由なんて一つしかない。これで怒られるならそれまでだ。
「……アイティは以前わたしに言ったよね」
「? 何の話だ?」
「『泣いて縋りつく子どもを跳ねのけるほど鬼ではない』って」
アイティは首を傾げた後に、目を見開いていった。わたしがどういう答えを出すのか察したようだ。
わたしは成り行きを見守っている干物ドラゴンにチラと視線を向けてから、改めてアイティと視線を合わせ。
「わたしには、泣いていたこのドラゴンを見捨てることが出来なかった。……それだけだよ」
真っ直ぐ、目を逸らさずに伝える。
束の間無言で見つめ合い……アイティは溜息を吐くと共に眉根を揉みほぐす。
「……そう言えばリオンはすでに一度ドラゴンを保護したことがあるのだったか」
「うん」
「『貴女はそのままでいい』とも私は言ったな。……言葉には責任を持って、私は今回の行動を受け入れよう」
「……ムリはしなくていいよ? ほら、アイティは相棒なんだし……言いたいことは言ってくれても」
怒られなかったことにはホッとするけれど、わたしの都合ばかり押し付けて我慢をさせたいわけでもない。……事後に押し付けも何もないか。
が、自分の意志を抑え込んでいるわけでもなさそうだ。『困ったやつだ』とでも言いたげに苦笑を零す。
「助けたことに関しては他に何も言うべきことはない。だが今後の話は必要だろう」
前半は柔らかかったが、後半はピシャリと叩きつけるようだった。うぅ、そうですよね……。
「現世ならこれで話はおしまいだっただろう。しかしここは冥界だ。私たち自身の生存も危ういのに、足手まといを抱えてどうするつもりだ。衝動的な行動で、今回だけ命を救って満足するつもりだったか?」
「衝動的なのは否定しないけど……まず、このドラゴンの意志を確認しないと」
「……む?」
わたしが何をどう希望しようと、相手が拒否すれば話は変わってくるのだから。
ひとまずアイティから視線を離し、今度は干物ドラゴンへと向き直り、言葉を理解していること前提で問う。
「どうする? ここでバイバイする? それとも……一緒に来る?」
「……グァ……?」
干物ドラゴンは一時的に命を助けられただけでなく、そのような提案をされたことが意外だったようだ。つぶらな瞳を何度も瞬いていた。ほんと、ここだけは体の見た目に似合わず綺麗なのだ。純粋とも言える。これが濁って邪悪だったら、わたしも助けようとは思わなかっただろう。
そしてその反応でやはりわたしの言葉を理解しているのだと確信した。その事実は意思疎通が出来ると言うことを意味し、わたしの判断基準からすれば『ただのモンスター』ではない扱いになる。
……しばしの間を経て、後者を示すように、干物ドラゴンはわたしの袖にそっと指をかけるのだった。
「……一度助けた命。気まぐれではなく、ちゃんと責任を持って……このまま保護を続けたいと思う」




