アンダーワールド・赤
「うーん……よく寝た……」
起床して大きくあくびと伸びをする。
我ながら図太いななどと思うけれど、こんな状況だからこそ休息はしっかり取らなければ体がもたない。目下、運良く就寝中に襲撃されたことはない。すぐ近くでモンスター同士の争いが起こって音で目が覚めたことが何度かあるけれど、それくらいだ。
眠気は少々残っているけれど疲れは取れた。ただ、今日も今日とて独りの目覚めに、寒くはないはずなのに寒気を覚える。振り切るように頭を振ってから朝食の準備を始めた。
冥界においての野宿も現世のそれと大して違いはない。
壁を作って遮るのは目立つので地面もしくは壁面を掘ってスペースを確保し、固い素材で周辺をガードする。地中を移動するモンスターが居るからだ。地中を掘り進む性質上近付けば振動が発生するので、為す術もなく寝込みを襲われる事態は起こらない、はず。とりあえず今のところ遭遇していない。
完全に外から見えない状態にしてから聖水を使用して聖域化し、空気浄化用のアイテムを設置する。毒素はそこら中に漂っているのだ。寝る時点では大丈夫でも後から流入しないとも限らない。痺れて動けなくなって毒のスリップダメージで死ぬ……なんてこともあるかもしれない。
そして罠と警備ゴーレムを設置し、寝袋を敷いて就寝だ。フカフカなので固い地面の上に敷いたとて寝るのに影響はない。
ご飯もしっかり食べるのも重要で、保存食で済まさずきちんと調理された物を食べるようにしている。とは言え外で調理すると匂いでモンスターをおびき寄せてしまいそうなので、こうして寝所の中で朝晩は摂り、昼は作り置きで済ませている。
「……ウルはちゃんとご飯食べてるかな……フリッカが居るから食事には困らないはずだけども」
味に違いはないはずなのに、いつものように美味しく感じないサンドイッチをもそもそ食べながら思いを巡らせる。
ウルは以前わたしがアルタイルに襲撃されて大ケガを負った時も自分のせいだと嘆いてまともに休息が取れなかったのだ。今回は全然ケガを負っていないのだけれども、独り冥界に放り出されてしまったのは十分に大事だ。やっぱり自分のせいだと思って自罰しているかもしれない。
見ようによっては、わたしがウルを庇って落ちたことになってしまうから。実際にはわたし自身のせいなのに。
「……死んだ、とは思われてない……よね? 神様たち、ちゃんとその辺りフォローしてくれてるよね……?」
住人たちはともかく、神様たちは冥界事情は知っているはずだ。冥界は死者が蔓延する場所であっても、死者のみが訪れる場所ではないことを。わたしはイレギュラーな方法で来てしまったけれど、冥界に到達イコール死亡ではないことを。
……現世に存在するグリムリーパーの技能?でわたしが消えたので、そもそも冥界に落とされたと気付いてない可能性もあるか……? うぅむ。連絡手段があればなぁ……。
発信機と受信機を取り出して眺める。どちらも当然のように無反応だ。さすがに地続きでない場所で動作するはずもないか。わたしは溜息を吐いて仕舞う。
朝食を終え、物音が周辺でしていないことを確認してから天井部分を覆っていたブロックを収納する。そろりそろりと首を出して地上の安全を確認しようとして――わたしは目を丸くした。
「……はい?」
寝る前は冥界によくある赤茶けていた地だった。
なのに一眠りして外に出てみれば……わずかながらも緑が繁茂し、小さな花まで咲いていたのだ。意味不明さに驚きもする。
「えっと……ひょっとしなくても、わたしの影響……? ……よく見たらこの花、聖花だし……聖水撒いたから、だよねぇ」
心当たりはそれくらいしかない。けれどこのような現象は冥界に来てから初めてだった。地に何かしら違いがあるのだろうか? 気になるので調べたい欲求が湧き上がるけれども、残念ながらそんな時間はない。
冥界の数少ない生き物すら近寄って来ていたようだ。顔を出したわたしに気付いた途端に逃げていったけれども。冥界育ちの彼らにとっても良い物なのかな。荒らされてないから憎きモノとして破壊しようとしてたわけでもないっぽいし。
……冥界の清涼剤ともなりうるそれをそのままにしておきたい気持ちはあるけれど、少し悩んでから採取した。貴重な聖属性を放置する余裕は今のわたしにはない。減るばかりだった聖属性アイテムの入手に、わたしの心は少し上向いた。
「……頑張れば、冥界も命溢れる地になるのかな……?」
そんな遥か遠すぎる夢想を抱きながら、わたしは本日の探索を開始した。
赤茶けた地は、赤熱の地へと変化した。
地面が熱を放っているのだ。いつかのようにヘリオスの守護はないけれども、現時点では火山ほど熱気がないので自前のアイテムで対処出来ている。
「あんなのがあれば、熱くもなるか……」
わたしの視線の先には、赤い壁――溶岩の滝が存在していた。一面の溶岩は恐怖と共に一種の壮観さすら沸き起こす。
距離がまだあるけれど地面の下をマグマが流れているのだろう。揺れている、ような気もする。
溶岩の滝を鯉の滝のぼりよろしく泳いでいく影がうっすらと見える。あれを昇り切ったらドラゴンになったりするのだろうか……などと自分でもよくわからない感想を抱いたりもした。
まぁ溶岩に耐性があろうと体が強いとも限らないわけで、泳ぎに集中して隙だらけのところをルビーバードに喰われた。南無。
「……っと、こっちもうかうかしていられないな」
赤壁に沿って、ゴツゴツとした牙のような岩だらけの場所を移動していたら、複数のクリムゾンデーモンの姿が見えたので戦闘態勢に入る。その名前の通り体表が赤く、炎を纏っている鬼だ。ただでさえ熱いので、出来れば近付かずに倒したいものである。
氷の矢を番えて弓の弦を引き絞 …放つ!
グガッ!?
頭にヒット。どうやら即死させられたようだ。
しかし安堵している暇はない。クリムゾンデーモンは一体だけでないのだ。唐突に仲間を殺されたことで驚いているところに更に矢を一射、二射――くそ、一体倒したけどもう一体は外れた。さすがに敵対者の場所に気付き、殺到してくる。
三……四体か。岩で進路が狭まっており、まとめてかかってくることは出来ないので問題ない。
そこに更に――!
ギギャ!?
先頭を走る二体のクリムゾンデーモンの足元をシャベルで掘ってつんのめらせてから槍で突く。残り二体。
倒れる仲間をジャンプで飛び越し、そのままわたしに襲い掛かろうとするクリムゾンデーモンの眼前に石ブロックを出現させて激突させる。すかさず石ブロックを収納し、衝撃で前後不覚になっている隙を逃さず突く。
ふぅ。これで終わり――……じゃない!
パラリと上方から小石が落ちてくることで、わたしは他にもクリムゾンデーモンが居たことを危ういところで察知する。前方に飛んで避けながら後ろに槍を突き出す。クリムゾンデーモンの悲鳴が響き、肉を穿つ感触がした。
槍を引き抜きながら上を向くと、迂闊に飛び込まないよう岩の上で警戒したクリムゾンデーモンが残り三匹。油断なく構えており矢は通じないだろう。
「来ないのなら、こうするまでだ……!」
わたしはピッケルを取り出し、クリムゾンデーモンたちが立つ足場に勢いよく突き刺す。カーン!と小気味良い音を響かせて岩は破壊された。
ゲヒャッ!?
不意に足場が崩れて体勢を立て直せないままのクリムゾンデーモンたちに長剣で斬りかかり、倒す。
剣を握ったまましばし耳を済ませ、今度こそ本当に殲滅完了したことを確認してから収納した。詰めていた息を吐き、深呼吸。
「ふぅ……。さて、と戦利品は……魔石と……爪と……ん? この石は……レッドダマスカス?」
レッドダマスカスは火属性の鉱石だ。これはクリムゾンデーモンのドロップアイテムではないのだけれどもなんで落ちて……って、あ。もしかして。
わたしは直前の行動を思い出す。岩をピッケルで壊したことを。その砕かれた岩の中から赤い石が顔を覗かせていたのだ。
もちろんわたしは喜々として周辺の岩をひたすら砕き始めるのだった。
そして、他のモンスターを音でおびき寄せてしまうオチが待っていましたとさ。
……や、その、魂にまで染み付いた習性は容易く変えられないものでして……反省はするけども……!