浸食拡大
「何だコイツら! 見たことねぇぞ……!」
「くっ……力が強い……! レグルス兄、絶対にまともに受けようとしないで!」
鬼系モンスターは地上に出てこないせいで、レグルスたちは初見のようだ。近くにトランスポーターがあるならともかく、そうでもない状況で冥界に行ったことのある住人なんてほとんど居ないだろう。
ちなみに、鬼は英語にするとデーモンでありつまり悪魔のことなのであるけれども、ゲームにおいてのすごくざっくりとした分類をすると、和風っぽいデザインのやつが鬼として冥界に配置され、洋風っぽいデザインのやつが悪魔として地上に配置されていた。竜と龍のニュアンスの違いのようなものなのかしらん。
鬼系モンスターのうち、今回最も多く出現しているのは冥界でゴブリン並みにポピュラーなプリズナーだ。人間の子どもくらいの背丈だけれども筋肉質な体で見た目通りに力が強い。その腕から繰り出される金棒なんて、うっかり頭に受けた日にはスイカのように弾けて見るも無残なことになってしまうだろう。レグルスは手甲で相手の攻撃を逸らして懐に飛び込む戦法を多用しているので、一歩間違えると腕が砕けかねない。
「こいつらの動きは単純だ! 力に惑わされずよく見ていけ!」
ティガーさんが檄を飛ばし、獣人たちが呼応するよう咆哮する。
プリズナーは脳筋タイプであるがゆえに技術があるわけではないので一匹一匹落ち着いて対処出来れば大丈夫だ。獣人たちも脳筋タイプであるが戦いに関することであれば知能は高く、機動力を活かしプリズナーたちを攪乱して着実に減らしている。
「ぬうあああああっ! オラは力なら負けねぇぞおおおっ!」
そんな中、ウェルグスさんがその大きな斧で真正面からプリズナーの金棒を受け止める様が目に入り、わたしの肝が冷えた。
ウェルグスさんはただでさえ太い腕を一回り膨張させ、しばし拮抗した後に跳ね返しその勢いのまま脳天から真っ二つにするのだった。毎日のように鍛冶でハンマーを振り回しているせいか、その膂力はウルほどでなくても折り紙付きだとわかっていても心臓に悪い。
しかしその大振りな動作は隙も大きい。斧を降り下ろした姿勢のまま硬直しているウェルグスさんにプリズナーが襲い掛かる――が横合いから突っ込んできたヒトの手により事なきを得る。
「ありがとよ!」
「へへっ、いつも世話になってるしな」
あのヒトはアイロ村で見た覚えがあるな。ランガさんと同じく外部探索隊の一人だったかな。ランガさん自身は残念ながら外回り中で今回の助っ人には居ないのだけれども、探索隊はランガさんに鍛えられているから腕は立つ方だろう。
力の限り突っ込むウェルグスさんとそれを上手くフォローするヒトたち。あちらも今のところは大丈夫そうかな。
「ゼファー、ちょっと下がるよ」
「キュウ」
空から矢とアイテムを降らせながらフリッカの待機位置まで後退する。
ここまで抜けてきているモンスターも居るが、罠と魔法と警備ゴーレムの間をすり抜けることまではムリだったようだ。いくつもの素材と魔石が転がっており、回収用ゴーレムが忙しなく移動している。や、せっかくの大量素材を放置するなんて勿体ないからね……?
「フリッカ、調子はどう?」
「私は大丈夫です。けれど……」
やや疲れた表情をしているが、その足取りはしっかりとしている。言葉を濁したのは足元でフィンとイージャがへたり込んでいるからだ。ぜぇぜぇと息を荒げ、大量の汗も流している。
明らかにオーバーワークであるし、わたしとしても小さな子にそこまで過剰労働を強いたくないのだけれども……。
「だ、だいじょうぶ。まだ、がんばれる」
「ボクだって、いつも守られるだけじゃなく……リオンおねえさんの、力になりたいのです」
こんなことを言われてしまっては現状ではまだ止めることは出来ない。わたしは罠とゴーレムの追加をするだけに留めた。
「遠距離攻撃をしてくるモンスターがほとんど居ないので何とかなっていますね」
「うん、そうだね」
アンデッドたちはレイス以外は魔法を使ってこないモンスターであるし、そのレイスはアイロ村ダンジョンの時とは違い通常サイズであるし数もそう多くない。アーチャースケルトンもちらほら居るけれど、やつらの射程距離に入る前に倒している。プリズナーも脳筋だけあって言わずもがな。これで遠距離攻撃を使ってくるモンスターがもっと多ければ子どもたちを戦わせはしなかっただろう。
ともあれ、根を上げるまで好きにさせておこうかな、などと思ったのも束の間。
ファイヤーボールが飛んできて、ある獣人が喰らってしまった。
「ぐああああっ!」
「大丈夫か!? 総員、警戒しろ!」
とは言え手慣れた物で、大事になる前にポーションを投げつけてパッと立て直した。良かったぁ。
魔法なんて一体どいつが、と視線を向けると、いつの間にか空に数匹のガーゴイル――悪魔系のモンスターが出現していた。
くそっ、確かに悪魔系モンスターが出現しないとは言い切れないけれども、何でよりによってこんな時に……いや、こんな時――月の光が失われている時だからこそ、他のモンスターも活性化しているのか……!
「ゼファー!」
「キュ!」
ゼファーに声を掛ける。詳細を指示せずとも理解してくれたゼファーはガーゴイルに向けて全速で飛ぶ。
わたしの弓矢で貫き、ゼファーの魔法で切り裂き、大した苦もなく全滅させることが出来た。フゥと一息吐いて額の汗を拭う。
「フリッカ! 対空の注意を厳にして、ヤバイと思ったら二人を連れて後退してね!」
「わかりました!」
注意を促してから改めて地上を見渡す。地上を蠢くモンスターは未だ多い。
今はまだ辛うじて交代で補給と休息が出来ているが、これ以上少しでもモンスター側に天秤が傾いたら叶わなくなるだろう。それくらいギリギリのところだ。
「貴様ら如き我の敵ではないわ!!」
ゴバッ! と一際大きな音が響く。
ウルがブルズヘッドとホースヘッド――つまり牛頭と馬頭――の巨体を同時にぶっ飛ばしていた。あいつらは中ボスクラスなのに、相変わらずのウルさんである。
当のウルは休憩を取ることを途中からやめて出ずっぱりだ。代わりに補給をしながら戦っている。体力は心配してないけれど喉が詰まらないかは心配だ。あ、ジュースの瓶に直接口を付けて流し込んだかと思えば空き瓶をモンスターに投げつけて倒している。ワイルドだなぁ……。
わたしも負けていられない。アンデッド系だけでなく鬼系モンスターも追加された悪魔系モンスターも聖属性が効果覿面なのだ。ここで活躍せずして神子を名乗れはしないだろう。
ゼファーに乗ったまま上空から範囲系攻撃アイテムをばら撒き、残ったヤツには矢や威力の高い魔法を撃ち込み。単純だけれども効果の大きい方法を繰り返しつつモンスターを削っていると――
「――っ!?」
ゾクリと、特大の悪寒が全身を駆け巡った。
「リオン!」
同時にウルから警告が走る。ウルも感じ取ったのだろう。
バッと頭上を見上げる。
天頂に掛かりつつある蝕まれた月。これならもうすぐ月蝕も終わる……なんて安心することは出来ない。
最後の一仕上げとばかりに汚泥が蠕動し、集まり、形を作り――
「…………は?」
ボロボロの外套は血を滴らせるように灰を撒き散らし。
中身は上半身の骨だけで構成され。
よくもそんな如何にも脆そうな骨だけで持てるなと思うほどの巨大な鎌を携え。
フードから覗かせる髑髏の眼窩部分から漏れる熾火は人魂のようでもあり。
ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアッ!!
闇に繋がっているかのように真っ黒な口腔から放たれる叫びは、生きとし生ける者たちを死へと誘う呪歌だった。
「グ、グリムリーパー……?」
わたしは呆然とそのモンスターの名を呟いた。




