死が溢れる
いや、地神の言葉からすると、事実その通りに地上の者ではない声なのだろう。
ゲームにおいて冥界はプレイヤーが死した後に辿り着く場所ではないのだが、そこかしこに死者が彷徨い、鬼系モンスターが闊歩する地獄めいた場所だ。
アンデッド――命を失ってなお蠢く者たち。
時にはゾンビとなり、スケルトンとなり、レイスとなり、生きとし生ける者たちの前に立ちふさがる。
ただただ生きている者が妬ましいのか、誰かに明確な恨みでもあるのか、恐怖や絶望、怨嗟を撒き散らしたいだけなのか。
元は生者だったはずの彼ら彼女らは、死を、穢れを望むモノと成り果てる。
鬼はこの世ならざる者と言う意味もあり、きちんとした、腐ってない肉体を持ちながらもアンデッドたちと似たような性質を持っている。
しかも冥界の王だって……?
確かに冥界にもボスは居た。ひょっとしたらあれを王と呼ぶのかもしれない。
「冥界の王と言う呼称は初耳ですが……そいつが地上に干渉して月が蝕まれると一体どうなるんです……?」
「……地上と冥界が繋がり、冥界のモンスターたちが際限なく出現するようになる」
「――っ!?」
地神の答えに、神様たちを除く全員が息を呑んだ。わたしだけでなく皆も知らなかったようで、伝承として教えられているわけでもないようだ。神様たちの封印と長い年月により色々と知識が失われた可能性もあるけれど。
地上と冥界は地続きではなく、何らかの力により隔てられている。それゆえ歩いては、もちろん空を飛べたところで到達することは出来ない。トランスポーターを利用してプレイヤーが行き来することは出来ても、冥界側のモンスターが同じくトランスポーターを利用して地上に移動してくることはなかった。
ゲーム内で読める本によると、冥界の住人は日の光で体が焼かれて燃え尽きてしまうため、生存本能(いや死んでるけど)が働いて地上に来ることはないのだとか。その説明が正しいなら夜なら動けることになるのでは?と考えるかもしれないけど、夜は夜で日の光を反射して輝く月が――あぁ、そうか。
だから月蝕で月の光が失われることにより、モンスターが地獄の窯よろしく溢れるようになるのか。
そりゃ神様たちも焦るわけだ。
やっと事態を飲み込めたわたしたちは慌ただしく戦闘準備を進めているのだが、ふと疑問が出てくる。
そんなに大変な事態であるなら事前に察知して対応準備を整えておくとか出来ないのか、と。
「冥界の王が力を蓄え、力が一定値を超えると月蝕は発生するんだが……その期間が不規則すぎてな……」
ついでに言えば前回の発生は神様たちが封印される前……つまり軽く百年は経っているくらいに珍しいことであるので、発生日の予測は難しいらしい。『かもしれない』でずっと警戒して気を緩められない日々が続いたら戦う前に消耗してしまう。これだけ期間が空くと一生の間に経験しないヒトだって多いのだし。
それでも、そういう現象がある、くらいは教えてほしかった気持ちはあるなぁ。わたしの場合、不老でこれからも長生きする(予定な)のであるし。
「確かにリッちゃんには伝えておくべきだったわねぇ」
「でも伝えずとも準備万端だね!」
……や、まぁ、わたしはモノ作りが仕事兼趣味であるからして、各種武器防具やアイテムは山のように積みあがっていますけれどもね?
「今後のためにお聞きしますが、干渉を遮る――そもそも月蝕を発生させない方法だとか、冥界と繋がる前に進行を止めさせる方法とかはありますか?」
「……ないな」
「あったらメーちゃんがやってるわねぇ」
「残念ながら神とて万能じゃないからね。神子が少なくて手が足りなさすぎる現状ならなおさらだよ」
言ってはなんだがもっともである。創造神含む神様たちが万能であれば神子なんて必要ないのだし。
「モンスターが出現する期間はどれくらいですか? まさか繋がったら繋がりっぱなしと言うわけでもないでしょう?」
「長くて月が天辺にかかる頃までさね」
「……結構ありますね」
思わず口の端を引き攣らせた。今はまだ月が出て少ししか経っておらず、天辺までに四時間はある。
わたしとて何度もモンスターと戦ってきているけれど、そこまで長時間相手取ったことはさすがにない。これはスタミナ配分が重要になってくる。
空を睨みつける。夜であれば世界のどこからでも見られる月が、見るも無残な……って、待って。
「まさか、世界中でモンスターが大量発生する……?」
最悪の事態に背筋に氷柱が差し込まれたような悪寒が走った。
わたしが居るここやカミルさんの居るアイロ村、戦士の多いバートル村はまだしも、小さな村が襲われたらひとたまりもないだろう。
しかし地神はゆっくりと首を横に振る。
「いや、一部地域だけだ。冥界の王が力を蓄えたとて、それが限界なのだろう」
「……そうですか」
その答えにわたしはホッとした。どうやら世界中が悲劇に包まれるわけでもないようだ。
……うん? 一部地域?
「……もしや、その一部地域とやらが……ここ、だと」
「……そうさね」
何て運が悪いんだ!?
……い、いやいや、先ほども思ったけど、小さな村が襲われて住人が全滅するよりはよっぽどマシか。
だとしても……地上の至るところにヒトが住んでいるわけでもないのだから、人里離れた無人の場所で発生する可能性だってあるだろうし……やっぱり運が悪いのか……。
拠点を戦場にしないよう、離れた場所にて待機する。準備は万端だ。
なお、神様たちは拠点待機だ。戦闘出来なくもないけれど、下手に力を使用すると例の黒幕にバレて捕捉される可能性があるとのこと。
「おっし! やるぞ!」
「倒すだけならあたしたちでも出来るしね」
「あぁ、腕が鳴る!」
「神子様に恩が返せるまたとない機会だ……!」
とにかくモンスターが沸くと言うことで、グロッソ村に帰っていたレグルスとリーゼを呼んで、バートル村からの駐在員さんに伝達をお願いをして、バートル村から十名ほど、アイロ村から十五名ほど援軍に来てもらうことが出来た。急なことだったのに、対応はとても早かったのがありがたい。アイロ村は村の人数からすると少なく見えるかもしれないけれど、彼らにも自分たちの村を守る使命があるのだ。高望みは出来ないし、これでも十分に助かる。いやはや、やはり繋がりを作っておくことは大切だな。
「フィンとイージャも無茶は絶対にしないでね」
「う、うん」
「わかりました」
固い声で応答する二人。本当なら戦闘に参加させたくなかったけど、手伝うと言って聞かなかったのだ。決して突っ込まないこと、状況が悪化したらグロッソ村に避難することを条件に許可した。比較的安全な後方での魔法攻撃をしてもらう予定なので大丈夫だとは思うけれど……。
ウェルグスさんはわたしが尋ねるまでもなく当然とばかりに参加を決め、ハーヴィさんはルーグくんから目を離さないようにしながら拠点前の最終防衛ラインで待機となった。ゼファーの手は借りるけど、アステリオスはベヒーモスの魂が元になっているとは言え、戦闘用ゴーレムではないので彼も神様たちと同じく拠点待機だ。
「フリッカは体力に気を付けてね」
「……はい、心得ています」
緊張はしているけれど落ち着いている。今回は助っ人が多いってのも理由にあるかもしれないけれど、思えば彼女も強くなったものだ。
「ウル、頼りにしているよ」
「うむ。我の得意分野なので大いに任せるがよい」
力強く頷いてくれてとても頼もしい。
……あれ、眠気はともかく怠いのは治ったのだろうか?
理由を聞いてみようかと思ったのだけれども、その前に――
「リオン、来るぞ!」
ウルの険しい視線の先にて。
すっかりと月を覆った闇が。
ニヤァと口が裂けるように左右に割れ。
デロデロと、汚泥のような何か――いや、違う。
――ア゛ア゛アアアアアアッ!!!
冥界のモンスターたちが、溢れ出すのだった。




