ゴーレムに魂を籠めて
「ふぅ……やっと頭は治ったかな……」
水神の加護を得て、続けて風神の加護も強制的にぶちこまれてから数日の間、わたしの頭は混乱し続けていた。
生活するにはそこまで問題がないのだけれども、新しい知識を使っての作成がちょいちょい失敗するのだ。わたしにとっては大問題である。
地神曰く「定着する前に複数の知識が詰め込まれたことで混線しているのだろう」と。言ってしまえば頭が疲れているだけでしばらくすれば治るらしい。むしろ治らないと困る。治らなかったらそれはもはや加護じゃなく呪いだ。
もちろん呪いではなかったので、今日になってやっと治った……のだけれども。
「一番欲しかった知識は得られてないんだよなぁ……」
わたしが風神の加護で特に欲しかったのはジェットブーツとスカイウイングを作成する能力である。しかし、気絶してまでぶちこまれた加護の中にそれらのアイテムのことは入っていなかったのだ。がっでむ。
ゲームにおいて、風神の加護で得られるのは素早さだった。移動速度が早くなり、モンスターの攻撃も避けやすくなる代物である。広いフィールドをちまちま歩くのはゲームに慣れてくると苦痛だったから地味なようでありがたい効果だった。なおこれらは乗り物に乗っていても適用された。後者に関しても、痛いのは嫌なので避けやすくなるのは助かる。……まぁ、この加護は今回得られなかったんですけどね?
知識については主に生き物に関することだ。動物を始めとする各種生物に関する知識が得られるが、ここにモンスターは含まれない。それは闇神の分野だ。地神、水神の分野である植物や魚介も含まれない。……言ってはなんだけど、各神からもらえる知識の中で一番使い勝手が悪いモノであった。牛や豚の肉質が良くなったり生産量が上がったり、狩った動物から得られる素材の質がよくなったりレアな部位が得られたりもしたけれど、食料のバフは火神の加護である料理知識の方が重要だったし、得られる素材も後半はモンスター素材の方がずっと強力だったからだ。
酷い目に遭ったのに切望したアイテムが作成出来るようにならず落胆したけれど、しかしわたしはとある点に着目した。
「……水神の加護と合わせるとちょっと面白いことになるかもしれない」
水神の加護は自然回復力の増加……言い換えれば肉体の活性化でもある。おっと、イージャの翼の欠損を治すアイテムの研究も忘れないようにしなきゃな。でも今回思いついたのはそれではない。
生物に関する知識と、その活性化と。その二つの組み合わせ。
「つまり、ゴーレム開発に使えるんじゃないかなぁと思って」
「……一体何が『つまり』なのか我にはよくわからぬが……」
「大丈夫ですウルさん、私にもよくわかりません」
勝手に研究をして後から怒られるハメになるのもイヤだったので――もちろん怒られるような研究を進んでするわけじゃないけれど、ほらね? 結果的に怒られることも今までにあったしね……? いつものお目付け役としてウルとフリッカも作業棟に呼び出してのコレである。
「そもそもゴーレムの定義は何なのだ? モンスターとの違いは?」
「拠点や旅の就寝時を守る警備ゴーレムはわかりますが……卵回収装置もゴーレムなのですよね。その二種類が違いすぎて共通点が……魔石で動くことでしょうか?」
フリッカの言う『魔石で動く』も間違いではない。しかしそれだと広義すぎて、ただの火魔石が組み込まれたランタンもゴーレムに含まれてしまうのでそれだけではない。
「わたしも口では説明し辛いけど、魔石などの動力源を持ち、作成者の入力通りかつある程度の幅を持って動作をする装置ってところかなぁ。モンスターのゴーレムもね」
とは言え、モンスターに関しては厳密には生き物とは異なるし魔石もあるし、究極的には全て『ヒトを倒すことに特化した装置』なのかもしれない。まぁそれは置いておこう。
例えば先ほどフリッカが挙げた警備ゴーレム。あれは『指定した人物や物体を守る』と言う入力がしてあり、主にモンスター相手に戦うことになる。しかし細かい動きまでは入力していない。モンスターがこう攻撃したらこう防御して……などと逐一指定出来るわけがないからね。卵回収装置も『落ちている卵を回収しろ』と入力してあって、どのルートを通るだの順番だの何一つ指定していない。
いわゆるAI的な物が自動で組み込まれるのがゴーレムだ。今度はAIについて悩み始める二人であったが、とりあえずわたしは自分で考えて動く装置とだけ答えておいた。わたしはAI研究者じゃないし……。
ここでウルは「さっぱりわからぬ」とお手上げ状態になった。フリッカは何となく理解したようだけれども、辛うじてなのか眉根が寄っている。
「えぇと……それで、神様方の加護がどう関係してくるのでしょう?」
「ゴーレムって今まで無機物……岩とか鉄とか、そういうのでしか作ることが出来なかったんだよね」
無機物だとどうしても損耗が発生しやすい。関節部が顕著だ。あとは無機物だと柔軟な動きも出来ないしね。……ゴムなど柔らかい物で作ったらどうなるのかわからないけれども。
しかしわたしは前回の火山で始めて有機物のゴーレム――肉ゴーレムを目撃した。わたしがあれを『ゴーレム』を称したのは何となくであったけれども、今ではそれが有機物ゴーレムだったのかもしれないと思うようになった。……肉ゴーレムの話で気持ち悪さとか、連想して肉キマイラのニオイとか思い出したのか二人が嫌な顔をした。ごめんて。
「有機物であれば損耗が抑えやすいし、ひょっとしたら怪我を治すみたいに自己修復も出来たりしないかなぁって思って」
風神の知識で構造を把握してきっちりと体を作り、水神の知識で回復能力も持たせる。そんな考えが浮かんだのだ。
実は今回得られた風神の知識の中にはヒトについても含まれていた。いや、どこぞの錬金術師のように人体錬成をする気はないよ? そうでなくても魂を作るのはムリだし、脳神経や内臓など細かい部分もムリそうだけど、ガワや骨格くらいは出来るんじゃなかろうか?
ここでフリッカもギブアップした。二人は危険そうなこと以外は口出しをせず見守ることに徹するようになる。
そしてもう一つ、わたしが有機物ゴーレムを作ろうと思った理由がある。
わたしはとあるアイテムを取り出し、コトリと錬金台に置いた。ウルがすぐさま気付いたのかピクリと眉を上げる。
取り出したのは【陸王の魂】だ。
魂アイテムはこれまで【獅子王の魂】、【森王の魂】を入手してきた。この二つは両方ともお墓に埋めてある。普通に素材として消費するのが躊躇われたし、どのみち使い道がさっぱりわからなかったからだ。
【陸王の魂】も同様に埋めたのだけれども……風神の加護を得た後に、何かを訴えてきたような気がして掘り出してきた。
「各種モンスターの肉と、骨と、血と……【陸王の魂】を素材に」
肉を混ぜ合わせることでキマイラのことが脳裏を過ったけれども、ベヒーモス自体は全てのモンスターの祖とされている。混じっていることは自然である、とも言える。
そして魂。
魂を作るのはムリだけれども、それはゼロから作り出すのがムリと言う意味であって、元々存在?するのであれば別だ。
AIではなく、魂を持ち合わせたゴーレム。
今までにない挑戦をするべく、右手を添え、集中するために目を閉じ、小さく呟いた。
「作成開始――」
特定のアイテム名までは口にしない。出来ない。
ただただ、魂が安らげる器を作ることだけを思いながら、MPを籠める。
光が溢れて全ての素材を包み込み、うねうねと形を変えていく。
「……っ!」
それはわたしには過ぎたことであったのか、反動とばかりに右腕に痛みが走る。肉が裂けて血が滴る感触がした。
けれどもわたしは作成を止めない。ここで止めたら陸王の魂が無駄に消えてしまう気がして。
失敗してたまるかとMPをガンガン注ぎ込む。足りない分はMPポーションを使用し、更に注ぐ。
カッ――
一際大きな光を放ち。
収まると、そこには。
一体のゴーレムが、出来上がっていた。
見た目は小さな二足歩行のベヒーモス……いや、こうなるとミノタウロスの方が近いかもしれない。ムッキムキではないヒトの子どもに似た体型に、角の生えた牛っぽい頭が乗っかっている。……余談だけど無性です。
ゴーレム=人型のイメージが強いのと、ベヒーモスのことを考えながら作ったことで混じってしまったのだろう。牛の獣人とでも言うべきか……まぁ、手が使えた方が便利よ?とでも思っておこう。
わたしは深呼吸をしてから意を決して、『彼』に声を掛けた。
「……こんにちは。きみに意志はある? 体の調子はどうかな?」
そんなわたしの問いに、彼は瞳を――無機質ではない、意志の光の宿る目をこちらに向けて、ゆっくりと頷いた。
「あれ、ひょっとしてしゃべれない?」
こくりと頷く。……むぅ、それは残念だ。
けれど、魂のあるゴーレムを作る――生み出すことには成功した。いやまぁこの時点では『そういう風に動くAIを持っている』ゴーレムと言う可能性は捨てきれないけれども。
今更ながら、心の中では『成功して嬉しい』気持ちと、『とんでもないことをしてしまったのでは?』と焦る気持ちがせめぎ合っている。ウルとフリッカも目を見開いて絶句していた。彼女らにとって想定外すぎるモノだったのだろう。なお、後にやっぱり『先に言え』と苦言を受けた。ごめんて。
ま、まぁ、生み出してしまったので最早どうしようもない。この子を壊すわけにもいかないしね。
さぁて……名前はどうするかなぁ……?
……当時はわたしの頭の片隅にもなかったけれども、ある日、思い至る。
この研究を突き詰めていけば……神造人間すら作れるようになるのかもしれない、と――




