拠点の意義
「……そうか。ベヒーモスがその身を賭して僕を隠してくれていたのか……」
落ち着いたところで風神を解放するに至った過程を本神に改めて説明していき、信じてくれないかもしれないから証拠とばかりに【陸王の魂】を渡した。
しかし風神は特に疑う素振りもなく、小さく呟き、【陸王の魂】を額に当て黙祷するかのようにしばし瞳を閉じた。
……この対応はベヒーモスが風神を救う一助となったからなのか、ベヒーモス自体が特別なのか、どっちなのだろう……?
「これは君がそのまま持っていてくれ。無理にとは言わないけど、魂が癒されるように配慮してくれると嬉しいな」
「……頑張ります」
内心では風神のギャップに戸惑いつつ、そのお願いに否はないので頷く。
「ベヒーモスと関連して思い出したのですが、山の上で遭遇したジズーが風神様に会わせろと言ってましたよ。あと、風神様の領域に住んでいるバートル村のヒトたちも切実に会いたそうにしてましたので、体調が戻ったら一度訪れてあげてほしいなぁ……と」
「ジズーにも会ったのか、そいつはビックリだ。……んーと……そっちはちょっと置いておいて、バートル村は……あぁ、あの村か。覚えてる覚えてる。でも、現時点で神子は滞在しているのかな?」
「? いえ、バートル村には居ません」
神子に何の関係があるのだろう? と首を傾げつつ答えると、風神は溜息を吐いてかぶりを振った。
「じゃあその子たちには悪いけど、顔を出すのは無理だね。どうしても会いたいならこっちまで来てもらって」
「え、どうしてですか?」
バートル村のヒトたちを一時的にこの村に招き入れるのは構わない。けれどもさすがに一度に全員は無理……順番にローテーションでも組めば可能かな。順番を巡ってバトルロワイアルが開かれそうだけども。風神目当てに「ここに住む!」とか言われるかもしれないのも難点である。
なので風神があちらを訪れてもらうのが手っ取り早いんだけども……神様に手を煩わせようとするわたしも神子として褒められたものじゃないな。
ただ風神が拒否した理由は、手間云々のレベルではなかった。
「だって君、僕ら神々は自ら望んで封印されたわけじゃないんだよ?」
「……そうでしょうね?」
何を当たり前のことを言うのだろうか。などと疑問に思ったのも束の間。
次の一言で、背中に氷柱が突っ込まれたような寒気が走った。
「つまり僕らを封印した誰かが居るってわけだ。そんな中、封印したはずの神がのうのうと表に姿を現したらどうなると思う?」
「――っ」
……それは、そうだ。
その『誰か』が何処に居るのかはわからないけれど……もしも何らかの方法で世界中を監視する手段を持っていたとしたら。
封印したはずの神の封印が解かれていることを知ったら。
わたしだったら……絶対に再封印を試みるだろう。
神の封印なんて大それたことを容易く行えるとは思えない。多大なコストが必要なはずだ。最初の封印で力を使い切ってまだ再封印まで溜まり切ってない可能性だってあるし、そもそも神の封印自体が気まぐれで二度はないかも……と言うのは楽観論に過ぎる。
せっかく解放してきた神様たちをまた封印されてしまっては元も子もないし、封印を解いて回るわたしに対し苛烈な攻撃をしてくることだろう。
そこでハッ、と過去のことを思い出した。
「以前……地神様を、アイロ村に……」
「いや、そこは大丈夫さね」
何て大変なことをしてしまったのかと後悔が溢れてくるが、それは当の地神から否定された。
「さっきメルキュリスも尋ねただろう? 神子の居る場所なら問題ないんだ。もし問題があるとしたら、今アタシたちがここに滞在していることすら危ないさね」
「……言われてみれば……そう、ですね……」
安堵で体から力が抜ける。わざわざ言われるまでもなく気付けることだったのに、間抜けにもほどがあるなぁ。
しかしそれはそれでまた別の疑問が浮かんでくることに。何故神子が居れば大丈夫なのだろう?
その点については水神から回答がされる。
「神子の居る場所は創造の力で覆われているからよ。創造神は封印されずに残っているし神子が居ることも知られているから不思議には思われないの」
「……つまり、カモフラージュしているようなもの、と。あ、ひょっとして地神様がずっとここに居る理由って……」
「想像の通りさね」
水神のことも、……多分お酒のことも、滞在理由であることに代わりはないんだろうけれども。それは一部であって全部ではなかったってことか。
……むぅ、ちゃんと言ってくれれば別にあの時邪険になんてしなかったのに。お酒はともかくとして。
神様たちは何でもかんでもわたしに教えることは出来ないのだとしても、情報開示の基準がよくわからないなぁ。先に進むかわたしのレベルを上げるしかないのかな。
「あー……この場をわたしの創造の力で覆っているとして、その力がどんどん大きくなったらその場合も警戒対象になったりしません?」
「神子がいくら成長したところで、神子より遥かに力の強い神を封印するような相手からすれば誤差のようなものだよ。……ま、君が今後どこまで成長するかにも依るかもね?」
「ぐぬぅ」
風神の説明には唸ることしか出来ないくらいの説得力があった。
そうよね……たとえわたしのレベルが一から百になったとして、敵のレベルが五十三万とかあったりしたら等しくアリのようなものよね……。
いやしかし『蟻のひと噛み巨象を倒す』とか『蟻の穴から堤も崩れる』なーんて言葉があるのだし、わたしがアリだろうといつかは打倒することも出来る……! ……といいな。
わたしがグッと決意も新たに拳を握っていると、神モードを終了した(?)風神が一気にかるーくなった調子で言葉を投げてきて。
「と言うことで、僕もここでお世話になるからよろしくね!」
「…………………………ア、ハイ」
ある意味前途多難な、先が思いやられる内容に、ついカタコトになってしまったのは仕方のないことだと思うんだ。
「そのながぁい間は一体何なのかな!」
「ハッ、無理もないさね」
「第一印象ってとっても大事よねぇ」
「何がだい? 僕は妹に話し掛けるようにしているだけだよ!」
あ、その設定まだ続いていたんですか……水神の例もあるので妹扱いはともかくとしても、テンション高すぎて無理ですぅ……。
「ほほぅ、妹なのは問題ないんだね! だったら是非『メルお兄ちゃん』と呼んでおくれ!」
「えぇ……さっきと変わってるじゃないですか……」
わたしの中では『お兄さん』と『お兄ちゃん』ではニュアンスが違うのよ……。第一無駄に高いテンションに変わりはないじゃないですかぁ。
なんだろう、風神って神様たちの中で一番外見年齢が下だから、末っ子扱いだっりしたのだろうか。そこでひょっこり妹……ではないのだが、下の子が出来たと知って嬉しかったりするのだろうか……?
キラキラとした瞳で期待を持って見詰めてくる風神には水神とはまた別の妙な圧があって断りきることが出来ず、溜息のように絞り出す。
「…………………………メル兄さん……」
「それもアリだね! 改めてよろしく、リオン!」
最悪、カミルさんに引き取ってもらおうかな……などと頭を過ったりもしたけど、テンション高すぎてあっちでも困りそうなのがありありと脳裏に浮かんできて断念するしかなかった。
どうしてこうなった……と嘆く間もなく、新たな爆弾が。
「こうなったらレーちゃんのこともちゃんと『お姉ちゃん』と呼ばないといけないわねぇ」
「待てネフティー、アタシを巻き込むんじゃない」
「確かに、レーアだけ仲間外れにするのも違うと僕は思うんだよ!」
「疎外感なんて一欠けらも感じていないから放っておけ!」
やっぱり――お酒さえ絡まなければ、と言う前提において――なんだかんだで地神が一番の常識神なようだ。……拝んでおこう。
そのようにとても気が抜ける感じで風神との初顔合わせは終わり。
わたしはこの世界で過ごす初めての冬に向けて準備を進めていくのだった。
これで五章は終わりです。いつも通り章間を挟んでから六章に入ります。
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