三柱目の神様
これでヘリオスともお別れかぁ……としんみりした気持ちになった。
『またこっちに来た時に、火魔法の一つでも打ち上げてくれれば飛んでイクゾ』(彼の場合は言葉通りの意味だろう)と言ってくれたけど、バーグベルグ村を訪れる理由があんまりないからね……最低一回は行かないといけないけど。
それとも他に村がないか探すかな? バーグベルグ村にあの辺り一帯の村人が集結したと聞いたけど……残ってないとも限らないか。キマイラやら大量発生やらでまだ困ってる村もあるかもしれないし、そのうち探してみよう。
……この時は『余裕が出来たら……』くらいに思ってたのだが、わりかしすぐにこの地に戻ってきてヘリオスと再会することになったりする。
「うっわ、真っ暗だ」
帰還石を使用して――今回は瘴気が発生していなかったので、いちいち外まで戻らずともその場ですぐに使用出来たのだ――拠点へと戻り、空を見上げて思わず声が出た。
ずっと洞窟の中を移動していたから時間感覚が狂っていたけど、すっかり夜は更けていた。月の位置から計算するとむしろ朝が近いくらいの時間で、半日は洞窟に潜っていたことになる。いや、あそこで起こったことを考えれば『それだけしか時間が経ってないの?』ってくらい濃密だったね。
途中、わたしとウル、フリッカの間では逆の意味で肉たちの匂いでマヒしてて碌にご飯が食べられなかったこともあり、思い出したようにお腹が鳴る。
「こりゃ食べないと寝られないな……フリッカはご飯食べられそう?」
「……少しいただきます」
「時間も時間だから、豪華なご飯はまた今度にね」
「……うむ、いくら我とてそろそろ寝たい。食事はほどほどにするのである」
「でもまぁ、ご飯の前に……お風呂だね」
わたしは服をつまむ。強烈な匂いが染み付いている……かと思えばそんなことはなかった。でもちょっと生臭さ、血臭がする。あと汗もだね……暑かったし。
ベヒーモスが死んだからか、単にデバフ?効果が切れたのか、匂いに対する狂おしいほどの食欲は消え失せていた。かと言ってフリッカみたいに泣きたくなるほどの悪臭が残っているわけでもない。どちらも結局のところ錯覚だったのかもしれない。
それでも諸々の臭いと汚れが気になって仕方なかったので、わたしとフリッカほど綺麗好きではなく渋るウルを逃がさないように引っ張ってお風呂に。
危うくお風呂で寝かけたけれど空腹で涙目のウルに起こされ、今にも電池が切れそうになる体に鞭打ってご飯を食べて、フカフカのベッドで泥のように眠った。
そして翌朝……ではなく、ぐっすり寝こけてお昼。
寝たりない頭を冷たい水で顔を洗ってシャッキリさせ、「いつ帰ってきたの?」と驚かれつつ皆とお昼ご飯を食べてからの報告会となる。
まずは……もっとも重要な神様の解放からだ。祭壇まで向かい、ゼファーも含む皆に見守られる中で作業を行う。
「さて、何を作るかな……」
封神石を手の平で転がしながら、セオリー通り、神を封じているエネルギーを別の力に変換するために何を作るか考えようとして。
ふと、思いついたことがあるので試してみることにした。よりにもよって封神石で試すなんてバカかな?と後で自分で思ったけど、思いついてしまったのだから仕方がない。
空の魔石を取り出し、一緒に手に持って、一言、紡ぐ。
「【分離】」
ベヒーモスの肉を食べさせられてしまった後のこと。わたしの頭はぼんやりとして、しっかりとした記憶には残っていない。
けれども、その経験はこの身を通じて焼きついていた。まるでベヒーモスの置き土産のように。
わたしはその感覚を手繰り寄せながら実行する。
分離するのは神を封じているエネルギー。そして、そのエネルギーをただ霧散させるのはもったいないので魔石に移動するように念じながら。
封神石と魔石、二つの物体が光に包まれる。光の色がいつもの作成と微妙に違う気がしたけれど、発動はしているのでそのまま見守るように観察する。
経過時間はいつもの作成とさしたる違いはなく。
「――っ」
結果として、目論見通りに成功した。
……と思ったのだけれども……出来上がったアイテム名を見たら目論見より少々、どころでなくかなりヤバいことになっていて悲鳴を上げるところだった。
魔石をウルに向かって放り投げる。何も言わなかったのにウルはしっかりと反応してキャッチした。
「ウル、それ壊して。絶対に使えないように粉々に」
「む? わかったのだ」
ウルはわたしの期待と違わず、特に疑問に思うことなくサクッと砕いてくれるのだった。
特に暴発することもなくホッとする。……や、緊急だからってそんな危険物の処理を説明なしに頼むのもヒドいよね。反省しよう。
ジャリジャリと、砂粒くらいのサイズにまで擦り潰し、パンパンと手に付いた残骸を叩いてからやっとウルが尋ねてくる。
「で、これは何だったのだ?」
「…………神様を封印する力が宿った魔石」
「「「!!?」」」
唐突なやり取りに首を傾げていた皆が驚愕に息を呑んだ。
私は封神石から純粋にエネルギーを移すつもりだったのだけれども、神様を封印する力そのものが移ってしまったのだ。
考えてみれば当たり前のことではあるかもしれない。でも劣化も変質もしないなんて思ってもなかったのだ。あと今更だけれども、封神石がゲーム時代とは性質が違う可能性もあるな……次回入手したら調べたい……いや調べてる余裕はないか。神様を解放したら壊れるし、ままならないな。
ともあれ、あれはただ持っているのも寒気がしたのでとっとと壊してしまうのが一番だと判断した。ずっと持ってて万が一悪用されても困るしね……。
――パキッ
「……おっと」
出来上がったモノのインパクトが強すぎて忘れかけていたけれど、封印を解いたんだった。
まだ手に持ったままの元封神石を急いで地面に置くと同時に亀裂が全体に走り、内側から光を溢れさせる。
光の大きさは数メートルにまで膨れ上がり……収まると、そこには。
緑髪の、十代前半くらいの少年――風神メルキュリスの姿があった。
しかし、彼は一言も発することなく、目を開くこともなくフラリと倒れた。
中身が風神であるのは予想の範囲内であったけれども、そこは範囲外だったので一番近くに居たわたしは慌てて支える。
「ふ、風神様?」
「リオン、そいつは極限まで力を抜かれているようだ」
呼びかけにも答えてくれずオロオロしている間に、駆け寄ってきた地神が「貸しな」と支えを変わってくれる。
改めて見ると、本来は鮮やかである緑髪は枯草色と表現すべきくらいにくすんでおり、よく風に靡いていたサラサラヘアーはパサついてしまっている。肌は白いを通り越して土気色で頬もこけており、古代ギリシャ風の衣服から伸びる手足は元々細かったけど今は細すぎて骨が浮いて見えるほど。弱っているのは一目瞭然だ。
地神と水神の時は瘴気に侵されていて、風神は影響なかったから大丈夫……なんてことはなかった。その代わりとばかりに二柱に比べて多くの力が奪われてしまっているらしい。……消滅していなくてよかった。
「メルくんが休める場所を用意してもらっていいかしらぁ?」
「あ、そうですね。すぐに建てます」
水神の時は地神の屋敷に備品を付け足すだけで事足りたけど、風神は男神だ。神様に厳密に男女の区別があるかどうかは知らないけど(出来ればあんまり知りたくもないけど)、住む場所は別にしておくのが無難だろう。
と言うことで、わたしは地神&水神ハウスの隣にもう一軒、男神用ハウスを建築するのだった。使うかどうかはわからないけど、火神と闇神が増えても大丈夫なように三柱がゆったりと住めるサイズにしておく。後で前者も増築して光神が増えても大丈夫なようにしておくかな。
仕上げに、風神に使ってもらう寝室を出来る範囲で聖属性と風属性と高めて、ベッドサイドには起きた時のためにご飯と飲み物……っと。
「これで大丈夫でしょうか?」
「……まぁ、そうだな。十分だろう」
「……相変わらずねぇ……」
確認を取ったら何だか呆れられてた気がするけど……何故だ。
荘厳さが足りなくて神が滞在するのに相応しくない? いやでもそんなの、わたしの場合は今更だしねぇ……?
高速で出来上がるザ・民家(ただし属性値は高い)