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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第一章:平原の狂える王
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魂は巡る

 この花の匂い……ホーリーミスト?

 もう在庫はないはずなのに、一体どこから湧いて出た?


「リオンに、手を、出すな……!!」


 戦闘中にマヌケにもボケっとしていたわたしの耳にウルの叫びが届くと共に。


 ――ザシュッ


 蛇の頭が、胴と離れ離れになった。


「え? あれ?」


 瘴気が増えたことでダメージ減衰率が増えたはずなのに、こうもあっさりと?

 一体なにが――


「リオン、離れていろ。……リーゼ、頼んだぞ」

「は、はい」


 いつの間にか側まで来ていたリーゼにかつがれて、離れた位置に退避させられる。

 彼女の傷の大部分が癒えており花の匂いもするので、無事にアイテムは使用できたようだ。

 そんなことを頭の隅で考えながら、事態の展開についていけないまま、遠ざかっていくウルの背を見ると。


 ウルは、瘴気に似た、でも瘴気ではない黒いオーラを溢れさせていた。


「……ひょっとして、レイジモード……?」


 怒りレイジモード。バーサークモードと呼んでたプレイヤーも居る。

 LPが一定値以下まで減るとか、特定の部分を攻撃するとか、なんらかの条件がトリガーとなって発生するモード。黒いオーラのようなエフェクトが出てきた時が発生の目印だ。

 LP、MPが継続的に減少する代わりに、爆発的な攻撃力を得ることができる。




 ただし、ボスモンスターのみの特殊スキルである。




「は? あれが? あれってモンスターが使うやつじゃ……」

「と、言うことは……まさ、か――」


 わたしの呟きを聞きつけたレグルスとリーゼが最悪の想像へと辿り着く、その前に。


「それは違う」


 わたしは、キッパリと否定をした。

 

「いや、でも」


 詰まったようなレグルスの言葉を耳にしながらも、わたしはウルの戦う様を見続けた。

 わたしにつられるように、二人も静かに観戦をする。


 確かにキマイラのパーツはガッツリ減って防御の手数が減った。

 でも代わりに瘴気と言う防護膜を超強化した。

 それなのに。

 ウルの攻撃はあまりに圧倒的で。

 傷を負いながらも我が身を省みず、それどころか倍返しとでも言うように攻撃を続け。

 あれだけ苦戦したキマイラが、あっという間に倒されようとしている。


 ――あああああああっ!


 ドサリと、キマイラの巨体が力なく横たわると同時に、ウルの大きな雄叫びがその小さな体から放たれた。


 強敵が倒されたことで、フゥと少しだけ緊張感が弛緩する。

 しかし、倒れたままのキマイラにウルが何度も、何度も攻撃を続ける。

 グチャリ、グチャリと粘り気のある音が繰り返されるにつれ、二人の意識が緊張から恐怖へと変わっていこうとしていた。


「レイジモードが解けないのか……ウル! もういいよ! 止まって!」


 呼びかけてみるも、まだウルは止まらない。


「聞こえてないのかな……もっと近くで……って、ちょっと、離してくれる……?」

「あれ、は、その……」

「危険なの、では……?」


 不安そうにしたレグルスとリーゼに腕を片方ずつ抑えられていて動けそうにない。

 共に過ごした期間が短すぎて、わたしほどにウルのことを信頼していない彼らが恐怖してしまうのは……仕方ないのかもしれない。

 振り払うことは簡単かもしれないけれど、そんな態度を取るのも躊躇われた。


 あぁもう!

 だからわたしはそのままで、力一杯息を吸い込み、精一杯の大声で叫んだ。




「ウル! 止まりなさい!! 止まらないとしばらくオヤツ抜きにするよ!!!」


「それは困るのだ!?」




 叫び返しながらもピタリと止まった後にウルは「あれ?」と首を傾げる。

 その仕草がどこかおマヌケに見えて、わたしは思わず噴き出してしまった。

 そしてクスクスと笑いを漏らしながら、レグルスとリーゼの方へ振り向いて。


「……モンスターに見える?」

「……見えねーッス」

「……見えないです」


 合流してすぐに「「すいませんでした!」」と謝ってくる二人にウルは疑問符をひたすらに飛ばしていた。




「さて、と……」


 わたしはキマイラに近付いてしゃがみこむ。ラストの大量の瘴気で体は真っ黒に、歪になってしまい、その上でウルの攻撃も加えられ、元の造形が見る影もない。

 それでも、たとえモンスターになってしまったのだとしても、元はヒトだったのだという思いで、見開いていた瞼を閉じてやった。

 その際、獅子の瞳にわずかに意志の光が宿って一瞬わたしを見たような気がしたけれど……もしかして。

 後で考えるとして、ひとまず手を合わせて黙祷をした。


「父ちゃん……みんな……」

「……っク」


 戦闘の高揚感が無くなったのか、キマイラの死――つまりは家族と村人たちの死――をじわじわと認識し始め、レグルスとリーゼは大粒の涙を零し、しゃくりあげていた。

 わたしが思ったよりしんどくないのは、なんだかんだでモンスター化していたからなのか……薄情になってしまったからなのか。

 とりあえずわたしは二人をそのままそっとしておくことにして、その間にウルにいくつか質問をすることにする。


「ねぇウル、あのホーリーミストって……」

「あぁ、我が持っていた分だな」


 やっぱり使っていなかったのか、とわたしは頭を抱えた。


「いや、その、言ったであろ? 『我には大して効かぬ』と。もし効くようだったら使おうとは思っていたぞ?」


 確かに言ってたね……そして実際に効いてなかったね……。

 使わずにいてくれたおかげでわたしは助かったわけだけれども……ぐぬぬ。


「……お、怒ったか?」

「……いや、怒らないよ。きみの判断に助けられたわけだしね。ありがとう」


 でも。と、大きく溜息のように息を吐きながら。


「本当に、無茶だけはしないでね……?」

「……うむ」


 ウルが神妙な顔で頷いたところで、この話はやめにする。

 次の疑問は……やっぱアレだよね。


「ウル、あのレイジモードはなに?」

「う? なんだそれは?」

「最後の、黒いオーラが出て強くなるやつ」


 わたしの端的な説明にウルは「あぁ」と呟いてから。


「知らん!」


 と答えた。

 えぇー……。

 いやなんとなくそんな答えが返って来る気はしたけど、それでもえぇー……?


「えっと、その、リオンがひどく傷ついてるサマを見せられて、そうしたらなんか頭がカーっとしてきて……」


 うーん、とりあえずウルの場合、文字通り怒りが一定値を越えたら発動する感じかな……?

 まぁゲーム時代とは色々違う点があるのだし、モンスター以外が持っていることだってある、ということにしておこう。

 しどろもどろ説明するウルをつつきながらそう心の中で締めくくった。

 この子は色々と謎が多いなぁ。




「……もういいぜ」

「待っていただき、ありがとうございました」


 しばらくして、レグルスとリーゼが復帰を果たした。目と周辺が赤いままであることには触れずにおく。


「んじゃ、ごめんね、ちょっとだけ手を加えるよ。あ、ウルはその辺に転がってるモンスター素材拾っておいてくれる?」


 任せろ、と言いながらウルは地味な作業をやってくれる。文句を全然言わないのがホントありがたいよね。

 そしてわたしの言葉に戸惑う二人を後目に、せめてもの敬意を示すためにあえて神のナイフを取り出す。


「うっ……」


 スッと神のナイフで『解体』を始めたわたしに二人は一瞬顔をしかめたが、止めることはしてこなかった。

 んー……山羊の方は無理。

 蛇は……元々モンスターっぽいな、これはただの魔石。

 残るは獅子だけど……――他のパーツは全て瘴気に化けた時に消えた――……っと。


「採れた」


 口を挟まず大人しく待っていてくれていた二人に、わたしは『それ』を手に取って見せた。




●獅子王の魂

 とある獅子の獣人ビーストの魂。

 深い慙愧の念と慈父の願いが込められている。

 【不壊属性】【神子のみ加工可能】




「――っ」

「ほらレグルス、手を出して」


 わたしに言われるままに手を出してくるので、ポンと乗せた。

 レグルスは息を飲み、壊れ物を扱うかのような慎重な手付きでためつすがめつ眺める。

 口元に手を当て、しばし何事かを考えるようにしてからレグルスはリーゼに渡した。うん? リーゼの方が持つのかな?

 かと思えば、リーゼもしばらく考えこんでからまたレグルスに戻す。

 そして流れるように、レグルスはわたしに差し出してきた。


「リオンが持っててくれ」

「えっ、だってこれはきみの……」


 形見のような大事なモノ、わたしが持っているのは違う気がする、のだけれども。




「時が来たら、なにかのアイテムに加工してくれ。そうすれば……なんて言うかな、その」


「還って来る。そんな気がします」




 説明に迷い言いあぐねたレグルスの言をリーゼが引き継ぎ、「そう、それだ」と追従するレグルス。

 困惑するわたしに向ける二人の視線は、気負いもなく真っ直ぐなもので。

 ……これは意志が固そうだな、とわたしは息を静かに吐いた。


「……わかった。責任をもって預かっておくよ」


 押しいただくように、そっとアイテムボックスへ収めた。

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