一難去ってまた
取り出したるは氷弾の魔法が籠められているスクロール。それを大量に。
アイスバレットは氷の礫を作り出して射出する魔法だ。一つの氷のサイズは大体握りこぶしくらいである。
けれど……氷のサイズなんて誰が決めた?
握りこぶしじゃなく砲弾とか……もっと大きな、巨大な氷の塊を作ってしまってもいいじゃないか。
「作成、【氷河のスクロール】」
スクロールを素材に別のスクロールを作る。
初めてやった試みであるけれど、『作れない物などない』と強い意志とMPを籠めることで、大量のスクロールの形がどろりと溶けるように崩れ、一つのスクロールへと変化していく。
同時にゴリゴリとMPを削られていく。より効果の高いアイテムを変則的に作ろうとすればそうなるのは火を見るより明らかだ。けれどMPポーションも大量にあるので何の問題もない。むしろ、どんどんMPを吸ってどんどん強くなれ!とばかりにMPを叩きつける勢いで流し込む、流し込む!
流し込みすぎて想定していたのと更に違う物になったけど、とりあえず使えそうならOKってことで!
「よし、出来た! いっけえ! 氷河の巨槍!!」
出来上がったスクロールを広げるように腕を横に大きく振って発動させる。
すると、スクロールの前方に氷で出来た物体が出現する。それは高さだけでわたしの身長を越え、長さはその二倍ほどもある巨大な円錐だ。ここがそこそこ広い空間でなければつっかえていたかもしれない。
生成された巨槍は風切り音を残し、わたしに移動を封じられていたラーヴァゴーレムへと真正面から突き刺さる!
ゴバアアアッ!!!
超高温の溶岩と超低温の氷塊がぶつかったことで大量の水蒸気が勢いよく発生し、たまらず吹き飛びそうになったので咄嗟にいつもの石ブロックガードを行う。
空間内に風が吹き荒れ、後方から悲鳴が聞こえ(ごめんなさい! でもウルが居れば大丈夫だよね!)、もしややりすぎて洞窟が崩れる?と冷や汗が出たが幸いにしてそのようなことはなかった。
風が弱くなり、ふと、上を見上げたら。
岩石が、飛んでいた。
ラーヴァゴーレムの破片? それともこちらへの攻撃?
……じゃない!
岩石に魔石がくっついている……つまりあれはラーヴァゴーレムの核だ!?
やばい、もしもあれがマグマに落下したらまた体を再構築されてしまう! スクロールの残りが少なく同じ威力の物はもう作れないから、そうなったら振り出しに戻るどころか状況が悪化する……!
慌てて石ブロックをしまいこみ、落下地点に向けて駆けだす。
その瞬間。
暗闇――通路の奥、ラーヴァゴーレムの背中側――から、何かが飛び出し。
パクリと、ラーヴァゴーレムの核を飲み込むように奪っていった。
「は!? 肉キマイラ!?」
そう、それは肉の塊に狼のような手足が生えたキマイラであった。口のような物は存在していないが、核がうごめく肉に埋もれていくので吸収しているのは間違いない。
何でこいつがこんなところに……! って、いや、ここは自分たちがマグマで焼かれて危険だから来ないだろう、と言うのはわたしたちの想像であって事実とは限らなかった。実際にはたまたま居なかっただけだったようだ。
ラーヴァゴーレムの核を取り入れたことで、肉キマイラの肉がボコボコと膨らむ。破裂と再生と膨張を繰り返し体を大きくする様は、見ていて非常に気持ちが悪くなる光景だ。
一メートルもなかった体躯が三倍ほどになり、肉からせり出すように岩石を身にまとい始める。これまでのただの肉に比べて随分と防御力が高そうだ。
「けれど……肉キマイラなら焼けばいい!」
わたしは火の矢を取り出し、数本立て続けに放つ。的が大きいので外すことはない。
しかし。
その体は、燃え上がることはなかった。
矢の半分ほどは動く岩石に阻まれた。
しかし残りはちゃんと刺さっているのに、焼ける気配が微塵もないのだ。
……まさか。
「……ラーヴァゴーレムの核を取り入れたことで……完全火耐性を得た……?」
これまで肉キマイラはどのようなモンスターと融合していようと、揃いも揃って火に覿面に弱かった。
ここに来て唐突に効かないとなると、原因はそれとしか考えられなかった。
まさか、肉キマイラたちは焼かれるゆえに決して取り込めず、焼けすぎるゆえにたとえ口があっても食べられることも出来ない、そんなラーヴァゴーレムを、わたしたちが倒すことで塩を送ってしまうことになるなんて……!
取り込みが完了したのか、明らかにわたしの方へと意識を向けてきた進化肉キマイラに歯噛みをしながら弓を構え――
「待たせたのであるな!!」
と同時に、後方から力強い声と共にカッ飛んできたウルが。
進化肉キマイラへとその拳を叩きつけ。
ゴバアアアアアアッ!!
進化肉キマイラは咆哮を上げることなく、汚い花火と化すのであった。
……あっはい……。たとえ完全火耐性があろうと、肉体が、殴れる体があればこうなりますよねぇ……?
思わず遠い目をするわたしであった。
「唐突だったから吹き飛ばされかけたのである。無事だからよかったものの」
「すみませんでした……」
「私も、足手まといになってしまって申し訳ありません……」
「ん、少しずつ克服していこうね」
などとわたしが発生させた突風に小言をもらいつつ、慰めの言葉をかけつつ、回復をしてから事後処理へ。
肉キマイラの残った肉片を焼き、元ラーヴァゴーレムの核は無事に回収。何か変な形になってるけど気にしないことにする。
改めてラーヴァゴーレムの体を確認すると、上半身?は跡形もなく吹き飛び、下半身?はマグマの海一帯ごと黒曜石化していた。核がないので残っていても再生はしないので問題はないけど、上面が見事に黒曜石化したのでたとえ下に潜んでいても出てこれなさそうだ。
氷の槍はあれだけの大きさであってもラーヴァゴーレム&マグマとほぼ相殺したのか、ラーヴァゴーレムが居た場所の周辺が少し凍り付いている――それも残った熱気で溶けつつある――くらいで、洞窟が崩れるほどの破壊は撒き散らさなかったことにホッとするべきか、思わぬラーヴァゴーレムの強さに戦慄すべきか悩むところだ。
「期せずして橋が出来たようであるの?」
「そうだねぇ」
せっかくなので黒曜石を回収しながらウルに答える。
ラーヴァゴーレムが居なくなったことでマグマに橋を掛けることが容易になったのだが、その必要もなくなって一石二鳥となっていた。素材もあるから三鳥か。あ、他のモンスターが巻き込まれているから四鳥だ。
それと、忘れずにフレイムスライムの素材も回収しないとね。核を優先して狙ってくれたおかげ……いや単に一刻も早く殲滅したかったんだろうね、核はなく大量のスライムゼリーだけが残っていた。オーバーキルでぐっちゃぐちゃになってるものも多かったけどこの状態でも十分に使えるから問題ない。久々にスライム素材がまとまって得られてホクホク顔になる。
……まぁフリッカにものすごく微妙な目で見られてしまったんだけど、これがわたしの性なので許してほしい。
――ゴゴゴゴ……
――オオオオオオォ……
地が揺れ、奥の方から、風とも唸り声とも取れる音が響き、ウルが耳をそばだてる。
「これは……ヘリオスの声が混じっているかの……?」
「道は合ってたってことかな? ……これ以上待たせるのも悪いか」
わたしはアイテム回収の手を止め、二人を促して先へと進むことにした。
――オオオ……オォ……
その声?は、とても不吉なモノに聞こえ。
揺れと共に、悍ましい寒気が足元から伝わってきたような気がした。
一難去ってまた一難、ではありませんでした。