勧誘失敗
火神の神殿から山頂方面にしばらく歩いたところにぽっかりと穴が空いていた。今回は建物跡などではない、ただの穴、洞窟の入口だ。ダンジョン化しているのだろう、うっすらと核の気配はある。
『ここから入れば繋がっている……ハズダ』
「曖昧だね?」
『……俺は実際に入ったことがないカラナ。でもそこからよく塵が沸いて出てくるし臭いもするから、間違いでもないと思ウ』
なるほど。穴の大きさはヒトが二人くらい通れるくらいのサイズであり、ヘリオスの大きな体では通り抜けることが出来ない。
でも肉ゴーレムが出入りしているのであれば、発生源もしくは出入りするだけの何かが内部に存在していることだろう。入ってみる価値はあるか。
「しかし……中は熱が籠もってるねぇ……」
穴の中から熱い風が噴き出していた。先ほどもマグマ云々言っていたし、この中でも表出しているのかもしれない。もしマグマで道が塞がれていたとしたら……埋めるなり足場を作るなり別の通路を掘るなりで進むことが出来るか。この辺りは神子だとどうにでもなるからね。
ただ蒸し焼きになるのは如何ともしがたい。わたしの作成した耐火アクセサリで事足りることを祈るしかないか。
『何だ。火に弱いノカ?』
「そりゃ火竜に比べれば弱いヒトが大半だと思うよ? それに肝心の火神様が封印中で加護がもらえないからね……」
ゲームでも火山ダンジョンは火神の加護が欲しいのに、火神の封印が当の火山ダンジョンの中にあるって言う事態だったからね……世の中ままならないものだ。
などと溜息を吐いていたら。
『であれば、少しばかり力添えをしてヤロウ』
「――え」
一体何を? と問い返す間もなく。
ブフゥと、ヘリオスの吐息がわたしたちに吹きかけられた。
失礼ながらも火竜の息なんて臭そう……なんてことはなく、ぬるま湯くらいの何かがわたしたちの体を包み込む。
「火耐性バフ……!?」
ステータスを確認すると【ヘリオスの守護】と表示されていた。加護ではなく守護とか、初めて見る表記だ。
効果は火に対する耐性と毒系の状態異常耐性が大幅アップするもので、わたしのアクセサリより効果があるのか穴からの熱気が気にならない程度になっていた。
……く、今は負けているけど、いつかは追い越してみせる……! と、謎の対抗心が芽生えたのはさておき。
その能力には素直に感心し、ついポロっとこんな言葉が飛び出てくる。
「すごいなぁ……。ねぇヘリオス。きみ、わたしたちの仲間にならない?」
『――』
あまりにも意外な言葉だったのか、ヘリオスが目を丸くする。ついでにウルとフリッカからもびっくりするような気配が漂ってきた。
……まぁそうだよね。実は言ったわたし自身もびっくりだよ。
でも考えてみれば、有能で、意思疎通が出来て、同じ目標に向けて歩むことが出来るのなら。
そう……荒唐無稽なことではない、とは思う。うちにはゼファーも居るからモンスター云々は今更だしね。
しかしヘリオスは、静かに横に首を振るのだった。それはヒトとモンスターの垣根の問題……ではなかった。
『俺はヘファイストが戻るまで、神殿を守ると決めてイル』
「……いやでもきみ、火神の神殿の中に向けてブレスをブッパして壊してたよね」
『うぐ……勢いでやってシマッタ。反省してイル』
また気まずそうに目を逸らしている。……もしやこの仕草、火神からうつったんじゃないだろうね? 火神もうっかりさんとか、そういうのあったりしないよね?
それはともかく、火の問題があったか。拠点の建物は木材が多いから、ヘリオスのうっかりで燃えてしまったら大変だ。最低限、火神の加護を得て耐火仕様にしなければ滞在は厳しいものがある。……火神の神殿が火に強い素材が多かったのは火の神様だからかと思っていたけど、ヘリオス対策も混じっていたりしたのかもしれないな。
『しかし……お前もヘファイストと同じようなことを言うノダナ』
「ん?」
『あいつも『貴様はすごいな! 俺の仲間になれよ!』と言ってきたノダ。それで実際に仲間になった……と言うよりは、巻き込まれ続けたと言ウベキカ』
そう言うヘリオスは、さも迷惑だったと言うような声音ながらもどこか懐かしそうな目をしていた。そんな目をされてしまっては、わたしも火事問題を脇に置いておいても無理に勧誘は出来ない。
「そっか。いつか火神の封印が解けた時にはきみに連絡をするよ」
『……頼ム』
そう言えば、ジズーともこんな約束をしたっけ。風神の封印を解くどころか見つかってすらいないからあれから会ってないけれど、元気にやっているのだろうか。
『あと一つ警告をスル。どんなに腹が減っても、奴らの肉だけは決して食ウナ』
「やつらって……あの肉ニクしいアレ? 食べ物はいっぱい持ってるし、そうでなくてもさすがにあんな気色悪い物を食べる気はしないよ?」
モンスター素材には食用可能なパーツもあるにはあるけど、特別な理由がない限りはあんまり食べようとは思わない。食用可能な肉であれば牛や豚とどう違うのか?ときちんと説明は出来ないけれど……気分的なものだ。ちなみに、特別な理由とはバフが付く物もあるからだ。
……ゲーム時代は味がほとんどついてなかったけれど、中には美味しいモンスター肉とかあったりするのかな?
『あれは、食った奴が弱ければ汚染され、強い奴でも狂わせらレル。絶対に、食うナヨ』
「……わかったよ」
わたしが変なことを考えていたのが顔に出ていたのか念押しされてしまった。あの肉ゴーレムの場合は焼けた時の臭いが酷かったから美味しいとは到底思えない。だから食べることはまずないと思うけど……ひょっとしてめちゃくちゃいい匂いを漂わせる種類もあったりするのだろうか。気を付けよう。
しかし、汚染される、狂わせられる、か……まぁどう見てもヤバい代物だしね、アレ……。
ヘリオスは別ルートから入ると言ってそこで別れた。
わたしたちはウルを先頭に洞窟に入っていく。
「ウル、臭いがおかしくなったら言ってね。アクセサリとバフである程度は防いでくれるけど、あまりに毒成分が濃いと危険になってくるから」
「わかったのだ」
「フリッカも、ちょっとでも気になることがあったら遠慮なく言ってね」
「はい」
洞窟はしばらく入口と同じサイズが続いていたが、やがて横幅縦幅ともに大きくなっていった。狭苦しいと思っていたので助かるけれども、モンスターからしても襲撃しやすいと言うことでもあるので一長一短だ。
散発的に襲い掛かってくるモンスターの内訳としては、普通っぽいのが二割、気持ち悪い肉系が五割、残りの三割は前者二つを足して割ったような更に見た目が気持ち悪いキマイラだ。
……普通のモンスターが少ないのは、単にこの辺りを根城としていないだけなのか。キマイラの材料にされてしまったのか。それとも……肉に食われてあんな酷い見た目になってしまったのか。
考えても気分が悪くなってくるだけの思考を打ち払うように頭を振る。
「む。分かれ道であるな」
ウルの言葉通りにこれまでは一本道だった(正確にはヒトが通れないサイズの小さな穴はいくつかあった)けれども、ここに来て三つの穴に分かれていた。
さて、どれが目的地に繋がる穴であるのか。ヘリオスも入っておらず事前に道を聞くなんてことも出来ず、自分たちで決めるしかない。ダンジョン核の気配はずっとしているけれど、位置が遠いのか曖昧だ。ヘリオスのバフも無限に効果が続くわけではないし、あまり無駄な時間は費やしたくないところではある、けれども。
「んー……一番モンスターが多そうな……いや、一番臭いのはどれかわかる?」
「ふむ。そうであるならば…………左かのぅ」
あいつらの根源であれば一番臭いはずだ。短絡思考だと自分でも思うけれどもこれが一番正解な気がして。
わたしたちは左の穴に足を踏み入れた。