サラマンダー? いいえ――
広間は熱に覆われていた。
元々暑かったのだけれども先ほどまでに比べて明らかに室温が上がっている。
何故ならば。
「うわっ……フレイムアントだなんて最悪だぁ……」
出入口部分に大量のフレイムアントが押し寄せて来ていたからだ。一匹一匹が小さめとは言え全てが炎を纏っているのでそりゃ暑くもなるだろう。フレイムアントはその身に纏う炎そのものにももちろん注意しなければいけないのだが、噛みつき攻撃でも炎プラス酸のダブルパンチで火傷を負ってしまう。
そして、わたしが『最悪』と言った理由は、数の問題である。フレイムアントには二種類、兵隊蟻と女王蟻が存在している。もし女王蟻が近くに居た場合、女王蟻を倒さない限り延々と兵隊蟻が増え続けるのだ。いつぞやのクイーンスライムと同じだ。
「ウル、近くに強そうなモンスターの気配はする?」
「……いや、あれと同じくらいの反応が四十以上、といったところかの」
四十以上と聞いた他の皆が息を呑んだけれども、わたしは女王蟻が近くに居ないと知ってホッとした。でもまだ油断は出来ない。こいつらがただの先遣隊で、後方に本隊が居ないとも限らない。また、殲滅に手間を掛けると援軍を呼ばれてやっぱり増える可能性だってある。これは時間との戦いにもなる。
手始めに、まだやつらとの間に距離があるので先手を打つことにした。
「一発デカいのを投げます! 椅子に隠れて!」
わたしは警告を飛ばし、皆が慌てて退避するのを確認してからフレイムアントの集団にフリージングブラストボールを投げ込んだ。わたし自身も投げてすぐに椅子を盾に身を隠す。
バキバキバキバキッ!!
キシャアアアアッ!?
フリージングブラストボールは文字通り氷属性の爆発を起こす球だ。無数の氷の礫が勢いよく飛び出しフレイムアントたちを打ち据えていく。ただこのアイテムは範囲が大きすぎるのが難点で、わたしたちの隠れる椅子までビシバシと礫が飛んできている。うっかり立ち上がろうものなら全身が穴だらけになりそうだ。
結構な数を削ることが出来たはずだがフレイムアントたちは怯むことなく、仲間の屍を乗り越えてわたしたちへ向けて行軍を開始した。その様は草原を舐めつくす炎の情景を幻視させた。
「フンッ!」
氷の嵐が収まると見るや、炎の絨毯の只中に真っ先にウルが突っ込んでいく。
ドゴッ! とフレイムアントを床石ごと潰していく。余波で数匹フレイムアントが空を舞うがそいつらはまだ生きており、着地するや否やウルを無視してわたしたちの方へと迫ってきた。危険な敵に背を向けるなんて愚の骨頂な気がしないでもないけど……まさか、わたしがヘイトを稼いでしまいましたかねぇ……?
「くっ……!」
「ウル、こっちは気にせずきみはそのままどんどん数を減らして!」
「……わかったのだ!」
ウルは変に気を遣わせるよりは縦横無尽に暴れてもらった方がよい。こちらはこちらで何とかしよう。
「ウインドウォール!」
キマイラの時と同じように、フレイムアントたちを近付けさせまいとユアンさんが風の壁を張る。しかし同じようにはいかなかった。キマイラと違って体躯が軽いからだろう、風に乗ったフレイムアントたちは器用に位置調整をしてわたしたちに向かって落ちてくるのだった。
「す、すみません!」
「問題ねぇべ!」
「ハッハ! 任せな!」
ウェルグスさんが斧で、ビットさんが盾で迎え撃つ。
「おりゃ! ……む、思ったより硬ぇな!」
「何にせよ潰すだけよ!」
相変わらずの力こそパワー!といった体でフレイムアントたちを弾き飛ばし、叩き潰していく。
っと、わたしもボーっとしてはいられない。
「せいっ!」
「フリージングニードル!」
まだすり抜けてくるフレイムアントをわたしがハルバードで薙ぎ払い、フリッカが魔法で貫いていく。
しかしモンスターの数に対して手が足りない。ウルが前方で倒してくれているのだがすり抜けてくる数も多いからだ。体の小ささがモンスター側のメリットになってしまっている。かと言って広範囲攻撃はフレンドリファイアを招くので迂闊に行えないジレンマである。
それでも現状であれば致命的な事態にまで陥ることはない。
「ぐあっ!」
「ユアン!」
ユアンさんが足をフレイムアントに齧られて苦鳴の声をあげる。すかさずビットさんが足元のフレイムアントを叩き潰し、わたしがササっとポーションを投げて回復する。あまりの回復の早さにユアンさんが『あれ?』って顔をしていた。
アイテムは大量にありますからね! 一撃死でもさせられない限りわたしたちが早々に倒れることはないのだよ! ふはは!
……などと心の中で高笑いをしていたのがフラグになったのだろうか。
ドォン!!
「きゃあっ!?」
「な、なにごとっ??」
地面が大きく揺れ、唐突なことだったのでわたしたちは踏ん張ることが出来ずに倒れてしまう。
ウルの攻撃に力が籠もりすぎたのだろうか、と視線をやるが、そうでもなさそうだった。いつの間にか神殿の外まで出ていたウルがフレイムアントの死骸の山の上に立ちながら、空を見上げているのが見える。
「リオン! デカいのが来る――」
え、まさか女王蟻がやって来た? と聞き返す間もなく再度大きな音と振動に襲われ、わたしの声は強制的に途切れさせられる。パラパラと頭上から石や砂が落ちてきており、ただでさえ半壊しているこの神殿の天井が崩れてしまうのでは、と冷や汗が流れた。
早くフレイムアントを倒して外に出るべきか――
「外に出るでないぞ! ――いや、今すぐに全員伏せよ!!」
「っ!?」
滅多に聞くことのない切羽詰まったウルの警告。
わたしは生存本能が赴くまま咄嗟に石ブロックを前面に大量に出して即席防壁を作成し、すぐ傍に居たフリッカに覆いかぶさる。
刹那。
ゴアアアアアアアアアッ!!!
ボボボボボボボボッ!!
耳をつんざく咆哮が轟くと共に、わたしたちの頭上を炎の渦が迸った。石壁のおかげで直撃はしていないのに、炙られるだけで火傷を負いそうな凄まじい熱量だった。
大量の石壁はギリギリ耐えてくれたようで、ほとんどは耐久を全損させて塵になったが、最後の一枚だけは赤熱してグズグズに溶けながらも残ってくれた。その事実に、周囲は汗をかくほどに暑くなっているのに、背に氷柱を突っ込まれたかのような強烈な寒気に見舞われた。
「な、なんじゃこりゃああっ!!?」
直前の振動で全員立っていなかったのが幸いして三人衆も無事だったようだ。わたしと同じく石壁――だけではなく辺り一面が炎に包まれた現状に目を剥いていた。
「フリッカも大丈夫……だよね?」
「……え、えぇ……おかげさまで……」
炎に照らされて赤いはずの顔が白く見える。何がどうしてこうなったのかは理解していなくても、危うく死にかけたことだけはわかっているのだろう。
あんな火炎放射もかくやという炎を浴びてはそれこそ骨も残らず――
「――ウル! ウルは無事なの!?」
わたしたちは石ブロックが壁となったことで凌ぐことは出来たけれど、警告を発してくれたウルには何も壁などなかった……!
焦燥感に駆られながら顔を上げ出入口を見ると、大きな扉も周辺の壁も、全てが吹き飛んでいた。しかし外が丸見えというわけではなく、炎と煙が漂い視界は非常に悪い。
それでも幕の向こうで影が揺らめくのが見え、『ウル!』と声を上げようとして、寸前で喉が引き攣り固まる。
光の加減で色が変わり、虹のようにも見える赤い鱗。
地を這うトカゲに似たような体躯をしているが、比較にならないほど太くたくましい四肢と鋭い爪。
大きく裂けた口からは大きな牙と、ゆらゆらと蒸気のような白い靄が零れ。
全身の至る所から炎を吹き上げている巨大なサラマンダー――などではなく。
「……火竜……ヘリオス――!」




