キマイラとの遭遇
そのキマイラは、一言で言えば足がいっぱい生えた赤トカゲであった。
全身に赤い鱗を備えた火を纏うトカゲ――サラマンダー。そいつは通常であれば手足が四本なのだが……何故かお腹側にたくさんの足が生えていた。それもサラマンダーのものではない、様々な生き物の足だ。その見た目がどこかムカデを連想させて、少し前の、アイロ村で人体から沸いて出た黒ムカデのことも記憶から引きずり出されて嫌な気分になる。
……ひょっとして関連していたりする……? いや、まさかね。ただの偶然だろう。
幸い、と言っていいのかどうかはわからないけれど、その多足サラマンダーのサイズは通常のサラマンダーに比べて二回り大きいくらいだった。ユアンさんが噂に聞いていた巨大サラマンダーだったらもっと厄介だっただろう。それでも多足サラマンダーと戦うのは始めてのことで、何をしてくるかわからない不気味さはある。
「ひっ、キ、キマイラ……!」
ドワーフ二人は怒りに戦意を漲らせるが、ユアンさんは怯えで何歩か後ずさる。先ほどは意気込んでいたが実際に目の当たりにするとその異様な風体から恐怖を呼び起こされてしまうのだろう。しかし彼には動けないままでいてもらっては困る。何せ多足サラマンダーが引き連れた多数のモンスター――こちらは通常のモンスター――が迫ってきているからだ。
「ユアンさん、落ち着いてください!」
「で、でも……」
「あいつらにヒトのパーツはありません! 被害者なんて居ない、ただのモンスターです!」
「……っ!」
そう、多足サラマンダーはモンスターのパーツが組み合わされた、新種のモンスターのようなものだ。……まぁ本当に被害者が居ないのかはわからないけれども、見当たらないなら居ないと考えた方が気が楽になる。
それに……もしも居たら居たできっちり倒して供養してあげるべきだ。恐れている場合ではない。
「フンッ!」
ウルが先手必勝と槍――多分先日作ったばかりの氷弾の投げ槍――を多足サラマンダーに向けて投てきする。
ギャアアアアアアアッ!!
槍は多足サラマンダーの頭に深々と刺さり、発生した氷は蒸発させられ槍自身がウルの力に耐えきれず砕け散りながらも多足サラマンダーを爆発四散させた。
「あ、あれ? これで終わり……?」と拍子抜けしかけたが……そう上手く事は運ばなかった。
「「「「「キシャアアッ!!」」」」」
「な、なんだとおっ!?」
「はいい!?」
なんと、四散したかと思った肉がそれぞれ歩き出したのだ。たくさんあった足がそれぞれ二対から四対くらいの数まで減らし、うねうねと気持ち悪く蠢かせている。
まさか……あれ全部別の個体扱い!?
多足サラマンダーは多足のサラマンダーではなく、たくさんのモンスターがくっ付いてそう見せかけていただけの群体だったってこと……!?
「小さくなっただけ手数は増えますが弱くなってるはずです! 慌てずに数を減らしていきましょう!!」
わたしは呆気に取られる皆に大声で指示を出しながら、モンスター集団の真ん中辺りにフリージングフィールドの矢を放つ。接地と同時にモンスターを凍り付かせる氷が瞬時に広がっていった。
しかしモンスターたちの火属性値が高いのか絡めとるのに成功したのは一割くらいで、残りは氷をものともせず、もしくは氷を割り砕きながら前進してくる。
それにしても絵面が本当にひどい! もしこのモンスターを意図的に作り出したのだとしたら、制作者の耳を引っ張って『頭おかしいんじゃないの!?』と叫んでやりたい!
「くっ……ちょこまかと!」
「ハッハ、そんな攻撃が俺に効くかよぉ!」
ウェルグスさんが悪態を吐きながら斧を振う。彼の武器は大きいだけあって的が小さくなると当てづらくなってしまう。それでもモンスターの数が多いので振り回せば一匹二匹は潰れてくれる状態だ。むしろ業を煮やしたのか自分の足で踏み潰すかのように突撃をしている。
ビットさんは逆にモンスターの攻撃が軽くなったことで余裕が生まれたようだ。盾で攻撃を防ぐどころか、盾で攻撃してブッ飛ばしたり、盾を地面に体重を乗せて押し付けて叩き潰したり、こちらも力技で押す方向だ。
「ウインドウォール!」
「ウォーターカッター!」
ユアンさんはまず身を守ることを優先して、風の壁を張った。不可視の壁に突っ込んできたモンスターたちがあちらこちらに吹き散らされていく。こちらも小さくなった――体重が軽くなったことがプラスに働いている。
続いてフリッカが風の壁の外側に範囲の広い水の刃を発生させ、飛ばされていくモンスターを切り裂いていく。あちらが物量で来るならこちらも物量だと言わんばかりに連発させて、
前衛はウェルグスさんとビットさんが担当してくれているので、わたしは魔法使い二人の背後を守るように位置を移動してから、アイテムボックスから取り出したハルバードで突き刺すよりは長い柄の部分で薙ぎ払うように心がけて対応していく。怪我をしたヒトにポーションを投げるのも忘れない。
……わたしが一番地味だな、と頭を過った。
「ぬおおおおおっ!!」
そしてウルはと言えば、ウェルグスさんより深くモンスターの大群に突っ込み、その拳で、蹴りで、ブルドーザーのようにモンスターを薙ぎ倒していった。素手であるのにお構いなく、未だ炎も纏ったままのサラマンダー……のパーツを構成していたモンスターたちへと攻撃を繰り出す。
ちょ、ちょっと待って!?
「ウル、火傷するよ!?」
「燃やされる前に倒せば問題ない!」
「いやその理屈はおかしいよ?!」
炎はモンスターを倒した瞬間に消えるものではない。それに、炎に手を突っ込んでも即座に引っ込めれば火傷はしないのかもしれないが、当然ながら炎を纏うモンスターの体は高温となっている。殴りつけるために触れてしまえば、殴りつけた拳が火傷を負う。
……のであるが、ウルは本当に平気なようだ。痛む素振りは一切なく、次から次へとモンスターを屠っていく。……や、さすが鉄壁ウルさんですね……?
一瞬彼女であればラーヴァゴーレムも素手で殴れるのでは、とか思ってしまったけど、サラマンダーの炎とマグマでは温度が違いすぎるからさすがにそれは無理だ。……無理だよね?
皆の奮闘でどうにか残り三割くらいのところまで数を減らしたところ、一部のモンスターの動きに変化が見られた。サラマンダーのパーツだったモンスターたちが一つ所に集まり、山を作るように重なりだしたのだ。
えーっと……まさかあれ、また合体とか、するの……かな?
驚きはしたものの、ただでさえウルの初手で大きな体でも簡単にバラバラにされた上、パーツが減っているので弱体化しており悪手にしか見えない。
まぁ固まってくれたのなら好都合、まとめて倒してしまおう、とアイテムを取り出そうとしたら……集まっていたパーツが、ドロリと溶けだした。
パーツが集まって一つのモンスターに見せかけるのではなく、本当に一つのモンスターとなるかのように。
「うえっ!?」
出来上がったのは一体のサラマンダーなどではない。
例えるなら、粘液で出来たスライムに似て、溶けた肉で出来たスライムのような、醜悪な。
本当に……本当になんなんだ! こいつらは!!
気持ち悪いを通り越して嫌悪で頭がいっぱいだ! 唾棄すべき、決して在ってはいけない存在だ!!
わたしは怒りに呑み込まれ、周囲への迷惑を考えずに攻撃アイテムを取り出そうとする。
その寸前。
「ハッ! 一体だけになるなど、さっさと倒してくれと言っているようなものだぞ?」
肉スライムの上空へと跳んだウルの獰猛な笑いがわたしの耳に届き。
ドッパアアアアンッ!!
その一撃は、肉スライムだけでなくわたしの怒りすらも木っ端微塵に吹き飛ばした。
「あ、あはは……」
わたしは乾いた笑いを零すと共に、怒りで身勝手な行動をしかけたことを自嘲するのだった。
……うん、戦闘はまだ終わってない。反省は終わってからだ。
頭を振って深呼吸して、頭を切り替えるようにわたしはハルバードの柄を握りしめた。