山の中の村
ドワーフさんたちに連れられて山道を歩くこと一時間弱。わたしたちは山の中に作られた村――バーグベルグ村へと到着した。
入口は、どこをどう見てもただの穴だった。知らずに通りがかれば、設置された柵からしてどこにでもある坑道の入口とでも思ったかもしれない。しかし入ってみれば、ただの坑道ではないとすぐにわかった。
山をくり抜いて作ったものゆえに閉塞感があるのはどうしようもないけれども、通路部分はしっかりと均されていて歩きやすくなっている。壁部分はややでこぼこしているものの丁寧に磨いてあって尖った部分がなく、仮に転んでぶつかったところで怪我をすることもなさそうだ。数メートル置きに設置されている支柱もしっかりとしており、腐ったり傷ついたりしている様子もない。
そして洞窟内であっても所々に明かりが設置してあり想像していたほどの暗さはない。その明かりが松明やランタンではなく全て魔石を利用した魔道具であるのは、こんな空間で火を使えばあっという間に煙が充満し酸欠になるからだろう。加えて、閉所にありがちな息苦しさも感じない。これも魔道具を使って換気をきっちり行っているようだ。肌を滑る空気は寒くもなく湿気も低く、日光が取り入れられないことを除けば割と快適かもしれない。
入口から続く道の両脇に作られた穴の先には何があるんだろう?と覗き込もうとして止められる。
「入口近辺の穴は全部モンスターに侵入された時のためのトラップだべ。怪我どころじゃ済まねぇから入るでねぇぞ」
「あ、はい……」
わたしはスススっと体の向きを元に戻す。
道中で村人と会えて僥倖だった。案内なしに入っていたら……ウルの危険察知能力の高さであれば早々トラップに引っ掛かりはしなかっただろうけど、難儀なことになっていたのは間違いなさそうだ。場合によっては侵入モンスター扱いされて攻撃をされていたかもしれない。
ここに来るまでの道すがら、なんでこんな不便そうな位置に村を作ったのか聞いてみたけれども、防衛のためらしい。平地だとモンスターの注目を集めやすくやたらと狙われてしまい、聖域化しても安心は出来なかったそうだ。それで穴掘りが得意なドワーフが多数居たのもあり、カモフラージュも兼ねて採掘用の坑道の中を改良して住むことになったとか。それでもモンスターに匂いで察知されたり偶然見つけられたりすることもあるので、入口にはトラップを仕掛けた、と。
「……ウル、これ案内なしに戻れる?」
迷路状になっている通路を進みながら――侵入したモンスターを迷わせるためのものだろう――、道順を覚えるのが大変そうだなぁなどと思っていたらふと帰りの道のことを考えてしまい、心の中で冷や汗を流す。ここがただの穴であれば好き勝手に目印を付けられるのだけれども、そんなことをするわけにはいかない。
しかし問いかけられたウルはさもあっさりと答える。
「罠の気配がない方向に進めばよいだけであろう? 問題ないのである」
「あっはい」
さすがウルさんである。
前の方を歩いていた村人さんたちがピクリと反応したけど……わたしたちはモンスターではないのでご安心を……? ウル同様の察知能力があるモンスターが侵入することを想定するのだとしたらもっと工夫を凝らさなければいけないだろうけどね。
微妙な空気になりながらも更に歩くこと数分、山の中とは思えないほどの開けた空間に出た。
「わーぉ」
天井は低いが、バスケコートが四面は作れそうな広さがあった。よくここまで掘りぬいたものだね。神子ならすぐだけど、普通のヒトたちだと相当な時間と労力が必要となってくる。
このような環境では天井の崩落は生死に直結するのでよーく気を付けなければならないけれど、ザっと確認した感じではその様子は欠片もなくパラパラと砂が落ちてくることもない。ん? よく見ると何かコーティングされている……? ふむ、わたしの知らない、つまりゲーム時代にはなかった技術かな。後で聞いておこう、と脳内メモ帳に記す。こんな風に地下?生活をする気はないけど、地下秘密基地はロマンがあるからね。
そして多くの村人が所狭しと忙しなく動き回っており、実際の広さよりも手狭な印象を受ける。ある人は武器を抱え、またある人は食料を抱え。無数に空いている通路から出て来てはまた別の通路へと去って行く。……決して口には出さないけど、ちょっと蟻みたいだと思ってしまった。
外に比べれば暗い場所ではあっても皆明るく、活気や熱気で満ちている。ちょいちょい怒鳴り声が聞こえてくるけれどもそれは単なる指示出しみたいで喧嘩が発生しているわけでもなさそうだ。
端っこの方ではボール遊びをしている小さな子どもたちが居た。複数の種族が混じっているけれども皆仲良く笑いあっており、わたしもほっこりとしてくる。子どもが笑えるならばこの村は希望に溢れているのだろう。
「ここは普通の村で言うなら大通り兼集会所だべ。ここから農業区、生産区、居住区に繋がっているんだ」
「なるほど」
バーグベルグ村には現在三百人ほどのヒトが住んでいるらしい。この空間もそこそこの広さがあるけれども、更に奥に向けて色々と作られているようだ。……近辺の村人が合流したにしては少なく思えるけれども……まぁさすがにここのヒトたちだけしか火神の領域では生き残っていない、とかではないだろう。きっと。おそらく。
ちなみにであるが、この世界において作物を育てるのに必ずしも日光を必要としない。光そのものは必要だけれども人工的な明かりでも事足りるのだ。なので、地下でも土と水があれば育成が可能となる。中には日光に当てなきゃいけないアイテムだとか、日光だろうと人工の明かりだろうと光を当ててはいけないアイテムもあるけれども、それは一部の特殊例であり大半は関係ない。
「お、ウェルグスたちじゃないか。お帰り!」
「無事で良かった……あれ、後ろの女の子たちは誰? 新規移住者?」
わたしたちに気付いた村人がわらわらと集まってきては話し掛けてくる。ウェルグスはわたしが最初に話をしたドワーフさんの名前だ。村長ではないけど、外に素材集めにも行ける武闘派であり(そもそも武闘派でなければ外出許可が出ないのでわたしが会った五人全員そうなのだが)、腕の良い鍛冶師であり、村の中核を成している人物だとか。
見慣れないヒトが物珍しいのか不審に思っているのか、前者は興味深そうに、後者は不躾と言ってもいい視線でわたしたちをジロジロと見てくる。中にはフリッカを目にして頬を染める青年も……あげませんよ?
その思いが伝わったのかどうか知らないけど、フリッカはさりげなくわたしの陰に隠れるように立ち位置を変えた。すぐ後ろだから辛うじて聞こえたけど小さく溜息を吐いている。……そう言えばそもそもこの子、義父のせいで男性が苦手だっけか。
ウルもだけど、対人に関してはわたしがちゃんと前に立って守れるようにしないとな。創造神の神子と言う立場は利用させていただきますよ。悪事を働くわけではないので創造神も怒りはしないでしょう。
フンスと決意のイマジナリー鼻息を荒くしている途中で、ウェルグスさんからわたしたちの説明がされる。
「この娘っ子たちは移住希望者じゃねぇべ。特に金髪の娘っ子は創造神様の神子で……ちゃんと本物ってことは確認したから心配はねぇ、落ち着け」
『創造神の神子』のワードが出た瞬間にピリっと緊張が走ったが、その後に続けられたフォローで完全にではないけれども沈静化する。
……偽神子事件はタブーとかトラウマとかになってるのね。結果を聞けば当然のことか。出来れば詳しく情報を仕入れておきたいところだけど……慎重に言葉選びをしないと不発弾を爆発させてしまいそうな空気が漂っている。
ともあれ、初手は信用を得ることから始めましょうか。にこやかに……だと何か逆に胡散臭いな。気負いもなく普通の顔で、村人たちに向けて挨拶をするべく、わたしは一歩踏み出した。