遭遇と疑惑の眼差し
火山に向けて道なき道を進む。
活火山と言ってもしばらくは噴火していないのだろうか。山頂近辺は山肌が露わになり赤茶けているけれども、それ以外は岩石だけではなくぼちぼちと植物が生育している。まぁそちらも全体的に枯れ色で荒地と言って差し支えはない。世界が正常に戻ればさぞ美しい緑の絨毯が広がっていたかと思うと残念な気持ちになると共に、平和になった暁にはまた訪れたいと言う気持ちが沸いてくる。
転んだら相当に痛い目に遭いそうな場所をわたしとフリッカは足元に気を付けながらえっちらおっちら進む一方、余裕のあるウルがあるモノに気付き、目を細めて見上げる。
「……大分先に煙が見えるの」
「えっ、火事が発生している?」
ゲームにおいて、火山地帯は山の内部だけでなく近辺にもマグマが表出していることがあった。その火気のせいで周辺の植物が燃えていることも多々あったのだ。……燃える物がなくてもずっと燃え続けていることもあったのはゲームってことでさておき。
現実で火事があったら大変だ。巻き込まれたら火傷を負うし、そうでなくても煙に巻かれれば一酸化炭素中毒に陥る。まぁ水は大量に持っているし、消そうと思えば消せるのだけどもね。……消火剤とか作ったことないけど、今度作ってみるか? 状況によっては水を使っては危険になることもあるらしいしねぇ。
しかしどうやら単なる火事でもないらしい。
「いや、山肌にいくつもの穴が空いておって、そこから煙が出ておるようだのぅ」
「うーん……火事じゃなくただの噴煙かな?」
火山の山頂だけでなく、マグマと噴出孔があればそこから煙が出てもおかしくはないだろう。あー、温泉とかでも湯煙が……いやそう都合良く温泉が見つかるとも思えない。
色々と頭でこねくり回しつつも進み、目が良いウルでなくても見えるような距離になったところでフリッカが言う。
「リオン様。等間隔に穴が空いていますし、あれは換気孔で、ひょっとして誰かが住んでいるのでは?」
「……あっ」
まさかあれ……炊事か何かの煙? 住人が山をくり抜いて住処にしている?
うわぁ、すっごい前に炊事の煙を頼りに村を探してたことすらあるって言うのに、その可能性がスッポリと抜けていたよ……。火山だから火事だろうって先入観が強かったか……。
「住人が居るなら是非この辺りの話を聞いておきたいところだね。あの村?に向かおう」
「うむ」
「わかりました」
しかしわたしたちは、推定村に辿り着く前に住人らしきヒトたちと遭遇することになる。
住人たちが往来しているのだろうか。周囲に岩がゴロゴロ転がっている中、一本の道のように比較的平らに整備されている部分へと辿り着いた。その道らしきものは右手方向と左手方向に分かれている。わたしたちは異なる部分……自然のままで歩きにくい部分を突っ切ってきたみたいだ。まぁそう言うことも当然あるよね。
右手側が上方向、左手側が下方向。道が曲がりくねっていて先が見渡せないけど、単純に考えれば上方向が山頂か。推定村もここから上方にある。
そう判断して右側に体を向けたところで、ウルが小さいけれど鋭い声を上げる。
「リオン、あちらから音がする。咆哮と鋼を叩く音……おそらく戦闘音だ」
「……住人がモンスターと戦っている?」
ウルが指したのは左側だった。こちらも道がカーブしており姿は見えず、音も聞こえず。しかしウルが言ったなら間違いではないはずだ。
「ウル、先行して!」
「任せよ」
足元の悪路も何のその、わたしのお願いで弾丸のように駆け出したウル。その背を見失わないようにわたしとフリッカは必死になって追いかけて行く。
実際には完全に引き離されて見失ってしまったのだけれども、幸いにして道なりに居たので遭遇することは出来た。
ざっと見回したところ、五人の住人と十数匹のモンスター。配置からして住人がモンスターに取り囲まれていたのだと想像が付くが、その囲いの大半が酷い有り様になっているのはウルの攻撃を受けたからだろう。
当のウルは上空のバード系のモンスターに投石をして撃ち落としていた。……うん、もう戦闘が終わりそうです。住人に死人が出なかったのはありがたいけど、何もすることがなかったのは複雑な気分になる。住人さんたちもどことなく呆然としているように見えるよ……。
とりあえず残りもウルに任せて、わたしは住人たちへと声を掛ける。
「ケガはありませんか?」
「うおっ!? ……な、何だ、人間か。全員軽傷だよ。大したことはねぇべ」
ウルに気を取られてわたしに気付いていなかったのか、わたしに一番近い位置に居た男性が驚きながらも答えてくれた。
五人のうち、三人がドワーフ、一人が獣人、一人が人間だった。ドワーフの割合が多いのは珍しいな。山だからだろうか。
ゲームにおいて、ドワーフは男女問わず成人でも背丈が人間の子どもくらいしかなかったが、男性は筋肉質で非常にガタイが良い。あとヒゲを生やすのが嗜みらしいので人間とごっちゃになることはほぼない。女性も細いようで筋肉があり、そこそこ見分けがつく。なおウルほどギャップのある力持ちは早々に……と言うか全く居なかった。
ガタイの割には手先が器用で、鍛冶を得意とし、お酒をこよなく愛する。その影響もあって火神と地神を特に崇めているドワーフが多かった。
この世界でも大体同じで、三人ともわたしより背が低いが横に大きく、立派なヒゲが生えていた。
「軽傷って……随分血が流れてるじゃないですか。よければポーションをどうぞ」
「これくらいでブッ倒れる軟弱者は居ねぇんだが……もらっとくべさ。ありがとよ」
ドワーフはLPも他種族に比べて高かったっけ。でも血をダラダラ流しているのは見ててこっちが痛くなるので治してほしいです。
「良く効くポーションだな」と感心されつつ他に異常がないか確認してもらっていたところ、ウルがこちらへ戻ってきた。
「リオン、全部倒したぞ」
「ありがとう。お疲れ様、ウル」
「……その黒い娘っ子もおめぇさんの仲間か。いきなりスッ飛んで来たかと思えばバンバンモンスターを潰して行っておったまげたぞい……」
ウルに対し「ビックリしたよな」だの「スゲェわ」だの色々と言ってくるけれども、悪感情は見られない。どうやら種族的な問題はなさそうでホッと一安心した。アイロ村では大変だったからね……。
余談だけれども、ゲームにおいてエルフとドワーフは不仲と言う設定はなかった。わたしの後ろに居るエルフにチラと視線は向けるけれどもこちらも特に何も言ってこない。一目惚れして口説く、とかそう言うこともなさそうである。
……そう言えば、種族の違いによる美的感覚の違いってあったりするのかな? ランガさんみたいに見た目が全然違うのは別として、人間とエルフなどは共通点が多い。人間からすればエルフはめちゃくちゃ美少女だし、エルフ種族全体にその傾向がある。エルフが自分たち基準で美醜を判断していると、人間とか微妙じゃないのかな……なんて思ったり。いや顔が嫌われてるとかそんなことないのはわかってますよ?
「リオン様、何か妙なことを考えていませんか?」
……何故バレたし。
わたしはフリッカに何も答えず小さく咳払いをして誤魔化した。その音で住人たちも雑談を中断し、改めて会話を続ける。
「何にせよ助かっただよ。さすがにあの数は多かったから、死にゃあしねぇまでも大怪我を負っていたかもしれなかったべさ」
「おや、皆さんお強いんですね」
「そらまぁ、こんな場所に住んでたら嫌でも強くなきゃいけねぇしなぁ。でも黒髪の娘っ子ほどじゃねぇべ?」
それもそうか。過酷な地の住人ほど強くなるのは道理である。そうでなければ死あるのみなのだから。
「ところであんたら初めて見る顔だべな? 近くの村は大体オラたちのとこに合流したはずだが……」
「わたしたちは大河の向こうから来たんですよ」
「ほうほう、よう渡って来たもんだなぁ。でもこんなご時世にわざわざ何をしに?」
和やかに会話を続けていたわたしたちであったが。
「あ、わたし、創造神の神子をやってるリオンと言います」
……わたしのこの言葉で、住人たちの気配が突如として変化した。
「なっ……!?」
「神子、だと……?」
単にわたしが神子だと言うことに驚いたわけではない。
どこか……殺気立ってすら見えて。
武器すら構えられて。
「え……はい?」
わたしは険悪な空気に思わず後退った。すかさずウルが前に立ってくれなければもっと取り乱していたかもしれない。
「おめぇさん、今、神子って言ったな……?」
「はい、言いました。……わたしは神子です」
先ほどまでの声に比べてかなり低い、今にも爆発しそうで、それでいて必死に抑えているようで。
何故? 創造神の神子は歓迎されこそすれ、疎まれるようなことはモンスター側でもなければありえない。
そして彼らがモンスター側であればモンスターに襲われていたのはおかしい。油断させる罠だとしたら尚更怒りなど現わさず、わたしが背を見せた途端バッサリとすればよいだけだ。
つまり彼らはモンスター側の存在ではない、はずなのだが……次の問いで、わたしは更なる混乱に襲われることになる。
「……本当に、本物の、創造神様の神子か……?」
「えっ……?」
本物の神子か、だって……?
「リオン様のお顔に対する感想ですか? モノ作りに真剣に打ち込む横顔は凛々しく、良いモノが出来上がった時には幼い子供のように可愛らしくはしゃぎ、時折見せる――」
「ねぇ待って何言ってるの!!??」
リオンの絵は過去の活動報告に載せてますが、作者的には中の上くらいのレベルを目指しつつ……難しいですよね、っていう。