単独キケン
「こっちはこっちで酷いことになってるなぁ……」
「……キュウ……」
わたしはまだゼファーの背に乗ったまま、空を飛んだまま下を眺めていた。
降りられないのだ。
「グルルルルルル……」
「グワッ! グワッ!」
モンスターが多いと言うのもあるのだが、それだけではない。
明らかに通常とは様相の異なる……目が血走り、涎を垂れ流し、牙や爪が大きく伸び、筋肉は膨張し、凶悪化しているモンスターが十数体は居るのだ。
凶悪化の原因は、周囲に散らばる大量の、軽く百体は越えるモンスターの死骸……の痕跡からも察することが出来る。モンスターは基本的にドロップアイテム以外の死骸が残ることがほとんどなく、時間経過で消えていく。それなのにわたしがモンスターが死んでいたことがわかるのは、単にそのドロップアイテムが大量に落ちていたからだ。
そして、モンスターが死んでいた理由は日の光のせいだけではない。
ガツガツッ!
グチュ、ムチャッ。
モンスターが、モンスターを喰っていた。
まだ消滅していない死にたて――殺されたばかりの死骸に、狂ったように集っていた。
ゲーム時代でも稀に、通常より遥かに強い特殊個体モンスターが居た。最初から上位互換として用意されていたモンスターではなく、同じ種類のモンスターでも強さが異なることがあった。
プレイヤーだけでなくモンスターも成長をすることがあるのだ。
成長する要因の一つに、モンスターによるモンスターの殺害がある。
戦闘を繰り返し経験を積むことと、魔石の摂取によりモンスターが強くなる、とされていた。
それはこの現実でもその通りで、この場に残っている、貪っている側のモンスターたちは軒並み強くなっていた。
何らかの理由でこの場に集まっていたモンスターたちは大河を渡ることが出来ず、待っている間に同士討ちが始まったのだろう。弱いモンスターが犠牲になり、強いモンスターはより強くなっていった。……一瞬、蠱毒と言う言葉が頭を過った。
これは放っておいたらちょっと大変なことになってた……いや、逆に一体まで濃縮されてたらウルが対処しやすくなってた可能性があるか……? まぁ、うん、細かいことは置いておこう。
そうこう考えているうちに、食事に夢中になっていたモンスターたちの内の一体がわたしたちに気付いたようだ。盛んにこちらに向けて吠えたて、連鎖的にほとんどのモンスターが威嚇を始めた。なお一部は我関せずと未だに喰っている。
「おっと、気付かれた。ゼファー、移動しよう」
安全に降りられる場所を探すのも兼ねて大河に沿って上流方面に飛んでいくが、モンスターたちはわたしたちも獲物と捉えたのか執拗に追いかけてくる。メイジ系モンスターからは魔法が放たれ、エイプ系など手先が器用なモンスターは投石までしてきた。風バリアのおかげで当たらないけれども――
「キュー……」
「……えっ、疲れた、って?」
休憩を挟んだとは言え今日は朝から飛んでいるのだ。加えて大河の上では戦闘も発生した。ドラゴンだろうと疲労が蓄積するのは当たり前の結果だ。
うーん、このままだとヤバイな。最終的には帰還石で緊急避難出来るけど、再度渡河するのは面倒と言う気持ちもある。ギリギリまで粘ってみよう。
上空から石ブロックを投下していく。一体だけ潰れてくれたけど、他の奴らは機敏に避けていった。……さすが強化モンスター、そう簡単には行かないか。ゲイルイーグルたちに使用した超高濃度汚染水なら効きそうだけど、さすがに現状は危険なので振り撒けない。
もうゼファーの体力も限界に近そうだし……ふぅ、仕方ない。
「ゼファー、飛び降りるから高度を下げてくれる? その後は戦闘に巻き込まれない位置まで離れて休憩してて」
「キュア!?」
「大丈夫だよ。あぁ、いよいよダメだと思ったら帰還石を使うから、あまり遠くまで行かないでね」
渋っている(ような気がする)ゼファーであったが、わたしのお願い通りに高度を下げてくれた。最後の力を振り絞っているのかスピードを上げ、モンスターたちを引き離してくれる気配りまでセットだ。
……う、うん、このスピードで飛び降りるのは怖いけど……言った手前引けないよね……南無三!
「ていっ!」
覚悟を決め、気合の掛け声と共に飛び降りた。
飛行時の慣性に押され、ゴロゴロと十数回前転する羽目になったけれども大きな怪我をすることもなく無事に止まる。……石が刺さらなくて良かった。
目が回ったけれども回復を待っている場合ではない。わたしは弓を取り出し矢を番える。
「行け!」
放たれた先はモンスター……ではなく、その少し手前の地面。外したわけではない、ちゃんと狙った通りの位置だ。
ゴウッ!!
矢が接地した瞬間、炎が扇状に広がっていった。
フレイムフィールドの効果が籠められた矢を使用したのだ。
しかも休んでてと言ったのに、ゼファーが後方上空から風魔法を使用して煽ってくれているので火勢と範囲が大きくなっている。
空を飛ぶモンスターはこの中にはおらず、地に足を付けて移動するしかないモンスターたちは避ける間もなく炎に飲まれ――
「アアアアアアッ!!」
「おわっ!?」
何匹かのモンスターは焼けたようだけれども、所々焦げ付かせながらも炎の海を越えてくるモンスターも居れば、そもそもほとんどダメージを受けてないように見えるモンスターすら居た。
もしかして火神の領域だけあって火に強いモンスターが多いとか……!? こんちくしょう!
わたしは心の中で毒づきながら時間稼ぎ用に石ブロックを大量に積んで壁としてから距離を取る。次々と乗り越えたり迂回して来たりするので大して時間は取れないが、それだけでも何とかなる。
「だったらこっちはどうだ!」
バキバキバキバキバキッ!
わたしが次に放ったのはフリージングフィールドの矢だ。名前の通り水属性の魔法で、広範囲が凍り付き、その範囲内に居るモンスターの足止めをしながらスリップダメージを与え続け、凍結と凍傷の状態異常を付与出来る代物である。
これで一部のモンスターは氷像になったり、足元が凍り地面と縫い付けられて移動不能になったりしているが、氷の海すらも越えてモンスターはこちらへと迫ってくる。とは言えフレイムフィールドよりは効果があったようで、多くのモンスターが体の至る所を凍り付かせ、動きもやや鈍くなっている。
火に強いなら水だろう、とやや安直な考えであったが、効果はそれなりにあったようだ。ただそれでもまだモンスターは多い。
「こうなったらトコトンやってやんよ……!」
『神子の仕事は戦うことではない』。わたしがウルに何度か言った言葉だ。
そう、神子の仕事はモノ作りをすることである。
剣や弓で切った張った……もアリだけれども、本領発揮するのはアイテムを使用した戦いだとわたしは思っている。
わたしはいくつか、作ったものの一度も使用したことがないアイテムをいくつも取り出した。
使わなかった理由と言えば。
「普段皆と一緒に居ると、巻き込んで危険だから使わなかったアイテム……ここで試させてもらおうかぁ!!」
広範囲攻撃魔法系はもちろん、毒や麻痺など状態異常を与える霧が発生するアイテム、接触した瞬間にトゲ状のモノを撒き散らすアイテムetc. etc.
……基本的に単独行動させてもらえないからね、全然使えないのよね。作ったものの一度も使ってないアイテムは結構存在している。アステリアに来てから何でも作れるようになったので類似品がたくさんあるから、ってのもあるけどね。
今はそれらを試す、絶好のチャンス!
「これはどうだ! それは! あれは!」
炎が舞い、氷が散り、風は吹き荒れ地は歪になり。
混沌とした状況を生み出しながらもモンスターの殲滅を終え。
後に素材の多くがダメになったことに気付いて泣くことになり。
付け加えて。
戦闘ジャンキーではないから、この状況を望んで作ろうとしたわけではないのよ? 本当よ?
だからゼファー、そんなドン引きした目で見ないでくれる……?