続・神子の伴侶に求めるモノ
「うぷ……散々な目に遭った……」
「……はい……」
夕食会の後、わたしが奉納してしまった新作のお酒でテンションが上がった地神により飲み会が始まってしまったのだ。
更に負のシナジーで、笑い上戸兼絡み酒であった水神の猛烈な勢いに押されてわたしたちも飲まされてしまった。一本だけで済まず「まだ持ってるでしょ~?」と笑顔で迫られ、アイテムボックス内に隠していたお酒も吐き出す羽目に。
ウルは以前と同じく一口でノックダウン。フリッカは三杯くらいで顔が真っ赤になり明らかに酔っ払ったのでそこで釈放。
わたしはと言えば、元々お酒に強かったのかスキルによる状態異常耐性が効いてしまったのか不明だけれども――ゲーム時代、状態異常耐性スキルそのものは存在していなかったけど、各種スキルレベル値の合計で基礎数値が加算されていたのだ――なかなか酔いが回らず結構な量を飲まされることになり、酔いよりもお腹がタプタプと言う意味で吐きそうである。
子ども組に飲ませない程度の理性が残ってたのは唯一の救いだろうか。まぁ無理に飲ませようとしたら神様相手でもぶっ飛ばしてたかもしれないけど。
……大人組の醜態を見て、どうか反面教師にしておくれ……。
水神が眠ったことでお開きになり、酔いでフワフワとした思考と体でウルを抱きかかえて、フリッカと部屋に戻る。……水神が本調子だったらもっと続いていたのだろうか、考えるだに恐ろしい。
地神にお酒をあげたわたしの自業自得でもあるけれど、次からは無理に飲ませた場合はペナルティでしばらくお酒禁止にするか……と決意を固めながらゆっくりと歩みを進め、何とか部屋へと辿り着いた。
ピクリともしないウルをベッドに寝かせ――めちゃくちゃ不安になるけど息はちゃんとしてる――、わたしはソファに体を沈める。
フリッカも酔いで口数も少なくフラフラ怪しい動きをしていたけどまだ寝る気はないようで、わたしの隣に力なく座った。
「フリッカ、スポーツドリンク……あー、水分補給用の飲み物要る?」
「……いただきまふ……」
「……」
「……りおんさま……?」
「っと、何でもないよ」
……いつもしっかりしているフリッカの崩れた?口調に新鮮さを感じたのは本人に言わないでおくべきだろうか。
わたしもわたしで酔いの影響で思考回路がおかしくなっているかもしれない、などと考えながらカップにスポドリ(正確にはもどき)と氷を入れて、フリッカの前に置いた。わたしはまだお腹に空きがないので飲めない。うぬぅ。
ちなみに、酔い覚ましポーションとかはない。……作っておくべきか?
カップを両手で抱えちびちびと飲み始めたフリッカを横目に、わたしは大きく息を吐いた。うっ、酒臭い。
億劫な体に鞭打って立ち上がり、換気のために窓を開ける。秋の夜のヒヤリとした空気がほんの少しだけ頭を明瞭にさせた。
ソファに戻り、外から響く虫の音にぼんやり聞き入って……たりはせず、錬金で使える虫素材のことについて考え始める。
風情がない? すみません。
「……リオン様」
「ん? おかわり要る?」
「いえ――」
冷たい水分を摂取したおかげか、フリッカはまだ頬は赤いものの先ほどよりは口調がしっかりしている。……ちょっと惜しいげふんげふん。
それでもどこか微妙に焦点が合ってないような、ぼんやりとした目をしているのでまだ酔っている状態かもしれない。
フリッカは舌が回らないのか躊躇っているのか、口元を何度かもごもごとさせてから、小さな声を絞りだした。
「……リオン様は、本日の食事に満足されましたか?」
「? 満足したと言えばしたけど、してないと言えばしてないね」
「……それは……どのような意味でしょうか?」
質問の意図がよくわからなかったけれど、思ったままを素直に答える。
フリッカも回答の意味がよくわからなかったようで、補足説明をした。
今日の料理の味には満足している。けれども作りたい料理はまだまだ一杯ある、と。
その答えにフリッカは俯き、しばしの沈黙が流れる。
……ひょ、ひょっとして実はそんなに好みの味じゃなかった? ご飯料理を頻繁に出されるのは嫌だ……?
などと内心で焦りながらジッと反応を窺っていたら。
「……リオン様は、元の世界に帰りたいのでしょうか……?」
「はい?」
想定外の言葉が返ってきて、反射的に間抜けな声を出してしまった。
「えぇと……そもそもわたしは帰れないよ?」
「それは承知しています。けれども……」
フリッカはそこで一度区切り、一つ息を吐いてから続ける。
「泣いてしまうほどに、故郷の味を偲んでいましたので……未練があるのかと」
んぐっ、せっかくお酒で飛んでいたのに、無意識に泣いていたと言う恥ずかしい記憶を思い出してしまった……!
でも、それを恥ずかしいとだけ思ったわたしとフリッカの印象は違うようで。
曰く、元の世界が恋しくて、帰りたくて仕方がないと思ったのではないだろうか、と。
……や、まぁ、確かに未練が全くないと言えば嘘になる。
分裂前のわたしが居るらしいので人間関係に問題は発生しないけれども、親しかった人にもう二度と会いたくないわけでもない。
やりかけのゲームや途中読みのマンガだっていっぱいあった。
けれども……所詮はその程度だ。
薄情と言うなかれ。確かに事実を知った当初はショックだったけど……時間が経って落ち着いた今となってはそこまで重大ではなくなった。
アステリアで得た全てを捨ててでも会いたい大切な人が居るわけでもないのだ。ある意味悲しいことに。
何を差し置いても続きを読みたいマンガが、続きをやりたいゲームがあるわけでもない。強いて言えばワールドメーカー廃人に近かったけど、本物の世界に居るのでその点は満たされてる。
そしてご飯は食べたいけれども、それは未練と言うよりは単に美味しい物を食べたいと言うだけの食欲だ。これはマンガやゲームと違って再現が出来るしね。
「だからあれは本当にびっくりしただけで、帰りたいとかそういうのはないよ」
「そう……ですか……」
うーん、納得してなさそうな気配だな。何て答えれば良かったかな?
わたしが悩んでいるうちにフリッカはまた一つ息を吐いて、唐突……に感じる話題変換をする。
「ところでリオン様」
「うん?」
「アイロ村の晩餐会で、婿を強要する村長に正面からキッパリと不要宣言したらしいですね。是非とも当人にも聞かせてほしいのですが?」
「ブフッ――!?」
ちょ、ま、何でそんなこと知ってるの!?
一体誰が……いや考えるまでもない、リーゼだな。レグルスがそんな話をするはずがない。しかし何時の間に……!
思わずソファから立ち慌てるわたしであったが、フリッカが嬉しそうな困ったような表情をしていたことで冷や水を掛けられたような気分になった。
これはつまり……不安を感じているのだろう。
この世界より、元の世界の方が良かったと、思わせてしまったのだろうか。
それとも、表には出さないだけで裏では常々抱えていたのだろうか。酔いで箍が外れて、本音を零したのだろうか。
わたしが未だに恥ずかしがってあまりそう言う言動を取らないから、せっつかれている……のかな。
頭をガリガリと掻き、深呼吸をする。
そしてわたしは……この期に及んで、話題を少しばかり逸らした。
「アイロ村繋がりで思い出したカミルさんの話なんだけどね」
「……? はい」
「あの人、二回離婚してるんだってさ……カミルさんだけずっと若いままだったから、って理由で」
「――……それ、は……」
何の話を始めたんだろう?と首を傾げていたフリッカであったが、続く説明で言葉を失った。
神子とその伴侶――に限らず近しい者たち――の間にどうしても発生してしまう、寿命の問題。
神子は、神子である限り不老だ。
そして神造人間であるわたしは……不老から逃れる方法はない。
「わたしはね、きみと一緒に死ぬことは出来るけど、きみと一緒に年を重ねることは絶対に出来ないんだ」
不死ではないので自殺だろうと他殺、事故だろうと死ねるけれど、他の神子みたいに力を返上して不老でなくすことは出来ない。
カミルさんと同じように、片方だけ老いていくことで、関係がギクシャクして、歪になって、壊れないとは限らないのだ。
逆に、片方だけ老いずに若いままで、フリッカに限らず皆に先に死なれるのが、置いて行かれるのが怖いと言うのもある。まだまだ先の話だと言うのに。
……わたしもこの話を聞かされて、心の奥底では不安に思っていたのかもしれない。こうして酔いと言う後押しがないと話せない時点でヘタレの評価は覆せないな。
「きみは……人間でない、それどころか生物から外れた存在であるわたしでも良いの?」
『死ぬまで一緒に居てほしい』と以前に言っておきながら、随分と酷い問いだとは自分でも思う。
いずれ深い傷を残すよりは浅いうちに、なんてフリッカに選択肢を与える振りをした逃げの姿勢で、卑怯この上ない。
けれども、問わずにはいられなかった。ヘタレにも程がある。
果たしてフリッカの回答は――
「うえっ……?」
わずかな浮遊感の後に一瞬視界に天井が映ったかと思えば、塞がれて。
つまり……ソファに押し倒されて、キスされた。
「――っ!?」
またこのパターン!?と嘆く(?)間もなく、口内に送り込まれる呼気と唾液に、お酒を飲まされた時よりも脳髄が焼き付いた気がした。
「リオン様」
「は、はひ」
普通に名前を呼ばれただけのはずなのに、怒られているような錯覚と、耳元で囁かれたことによるゾクゾク感で背筋がピンとしてしまった。
「正直に申し上げますと……私は貴女の体が人間でなかろうとどうでも良いのです。体に興味はない……いえ、ありますが、種族とかヒトを外れているとかは一切問題と思っていません」
「……あ、あるんだ?」
「言ったと思いますけど、ありますよ?」
言いながらフリッカは足を絡めてきた。ひぇ……っ。
「私は、それよりも貴女の中身を愛しているのです。目を輝かせてモノ作りに励み、知識を惜し気もなく与える貴女を。自分がどれだけ傷付いても会ったばかりのエルフすら助けようとするような、お人好しの貴女を」
あれこれと長所を挙げられて、わたしが短所と思っている部分すら褒められて、嬉しいやら恥ずかしいやらで酔いとはまた別の赤味が顔に出ているのが見えなくてもありありとわかる。
でも持ち上げるだけかと思えば、ちゃんと釘もスコンと刺してくる。わたしの頬をつねりながら拗ねたような声音で言う。
「……それでも自分に自信を持っていないのは大きな短所なのでしょうね」
「ご、ごめんなさひ」
フリッカはまた一つ大きな、呆れとも諦めとも取れる溜息を吐いてから、額がくっ付きそうな近距離で、わたしが逃げられないように目を合わせて言い放つ。
「貴女でなければ嫌です」
「――」
ドクリと、鼓動が大きく跳ねた。
真っ直ぐすぎるその言葉は、何をどうしたところで間違えようもなかった。
「寿命に関しましては……ウルさんは何年生きるのかわかりませんけれど、私はエルフですので気合で後三百年は生きてみせます」
「きあい」
「はい、気合です。そしてその間に……どうするか考えましょう。私たちの寿命を伸ばす方法があるのか、貴女に寿命を設ける方法があるのか、今は見当も付きませんが……可能な限り貴女が自殺をしない方向で。そのような死は選んでほしくありませんので」
今すぐはどうしようもない。けれども、諦めずに方法を模索すれば手はあるかもしれない。
何もせずに暗い未来にただ怯えるよりも、足掻いてよりよい未来を掴み取る方がよっぽど建設的だ。
そんな提案をされて、頷かないわけにはいかなかった。
「フリッカ」
「何でしょう?」
目を瞬くフリッカの頬に手を掛け引き寄せて、今度はわたしの方からキスをした。
「きみを愛しているよ。離婚なんてしたくない。重婚も、愛人なんて尚更に、必要ない。きみだけでいい」
「――」
初めの内はフリーズしたように動きのなかったフリッカであったが、徐々にわたしのセリフが脳に浸透していったのか、徐々に頬の赤味が増していった。
「……自分でねだっておいたものですが、実際に聞くとものすごく破壊力がありますね……」
「そのセリフはそっくりそのまま返したいなぁ」
こっちだってすごく恥ずかしくなることを言われてるのだ、仕返ししたところで文句は言われまい。
「あ……一応再度宣言しておきますが、ウルさんが加わっても構いませんからね?」
「きみのそのウルへの妙な推しがずっと謎なんだけど?」
照れ隠しでも何でもなく真面目に言われてわたしはどう返せばいいのやら!
言い方を変えると浮気(不倫が正しいのだろうか?)許可でしょ……? いやまぁ一夫一妻制とか存在してないから咎められることはないんだけど、わたしそんな態度見せたことあったっけ……?
フリッカはしばらくは落ち着きがなく視線を彷徨わせていたが、やがて視線が定まったかと思えば口元が孤を描いて、どこか妖艶な笑みを浮かべ。
手が、わたしの胸に伸びた。
わたしは慌ててその手を掴んで止める。
「リオン様? ……まだ時間が足りませんか?」
その先を拒絶されたことにフリッカが口を尖らせるが、今は無理なのだ。
なぜなら。
「……いや、そうじゃなく……ごめん、ホントに、お腹がピンチで……これ以上体動かすと吐きそう……うぷ――」
「……………………今回ばかりは神様に恨み事を申し上げても許されますよね……?」
……いやほんと、ごめんなさい。
翌日、フリッカに近付くたびに悪寒を感じた地神と水神が居たとか居ないとか。
お酒の勢いを借りて既成事実を作るはずだったのにどうしてこうなった。
なお、この続きが何時になるのかは不明です。