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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第四章:熱砂の蹂躙された眠り

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天人の少年の処遇

 あの天人スカイウォーカーの少年の話を聞こうと思っていて忘れていたわけなのだが、それは割とすぐに解消されることになった。

 お昼前に様子を見に行ったフリッカと地神と一緒に経過観察を続けてくれていたフィンが、その子を連れて食堂までやって来たからだ。数日で懐かれたのか、似たような年回りで地神かみさまよりは親しみやすかったのか、少年はフィンの背からおずおずと顔を出してこちらを窺っている。


「あれ、もう出歩いて大丈夫なの?」

「様子を伺ったら、直接話した方が早いだろう、と地神様が仰ったので問題はないのでしょう。ここに来るまでの足取りもしっかりしていました」


 こちらに歩み寄りながら答えるフリッカから視線をズラし、少年の方と目を合わせる。すると、ビクりと小さく肩を震わせ、顔をフィンの背に引っ込めてしまった。

 ……怖がられてますかね? 緊急時ってのもあって割と手荒に扱ってしまってたしねぇ……。


「大丈夫だよ。リオンさま、怖い人じゃないよ」

「……でも、ボクは、わるいこ、なので……」

「……悪いことしても怒らないよ。ワタシも怒られてないし」


 フィンと少年が何やらボソボソと会話をしている。目の前なので丸聞こえだけど。

 悪いことをしても怒らないってことはないけど、フィンはその悪いことをここに来てから全然してないので怒ったことはないね。

 ……むしろここで一番悪いことをしているのってわたしなのでは……? わたしが一番怒られている駄目な大人なのでは……? と思いかけたところで地神のことが頭を過って一瞬遠い目をしかけた。あれが一番駄目な大人だ。水神はまともなひとであることを祈ろう。

 そうこうしている内に決心が付いたのか、少年がフィンの背から出てきた。


「こんにちは。体調はどう?」

「……こ、こんにち、は。その、だいじょうぶで――」


 少年が小さく応答するのと裏腹に、グウゥと大きなお腹の音が鳴って遮られてしまった。

 恥ずかしさに涙目になって真っ赤になる少年にくすりと笑いながら提案する。


「まずは皆でお昼ご飯を食べようか」



 まだ腕が治っていないのでまたフリッカに準備をお願いし、わたし、ウル、フリッカ、フィン、少年の五人で食卓を囲む。地神は水神のために屋敷に待機しており、レグルスとリーゼはグロッソ村に帰宅中だ。

 拠点うちに来たばかりのフィンのようにはしゃぎはしないもののとても美味しそうに食べる少年にホッとしつつ、人心地付いたところで改めて話を再開する。


「さてと……あぁ、今更だけど自己紹介をしてなかったね。わたしはリオン。創造神の神子をやっているよ」


 フィンはすでに済ませたとのことで、ウルとフリッカを順に紹介し、ウルの種族みために対して隔意がなさそうなことにもホッとしつつ少年に名前を問う。


「ボクは……イージャ、です」

「うん。ではイージャ。……話せる範囲で構わないから、何故天人であるきみが地上に居たのか教えてもらっていいかな?」


 あくまでゲーム時代の話だけど、天人を地上で見るのは天人たちが倒れるイベントが発生したことを示している。今現在は空島に行く手段が全くないので助けられないのだけれども、何が起こっているかは把握しておきたいのだ。

 ……ん? うちにはゼファーが居るから、場所さえわかれば行けるのかな? そろそろ大人一人乗れるくらいの大きさになっているだろうし……ゼファー付きとは言えわたし一人での遠出にはものすごく難を示されそうだけど。信用のなさがツライ。

 少年――イージャはぐっと泣きそうな顔になってから、耳を疑いたくなるような、いっそ嘘や幻聴であってほしいような答えを述べた。


「ボクは……のろわれた子として、島から、追い出されました」

「――」


 呪われた子……あの、悪霊共が喚いていた。

 わたしは頭痛をこらえるように目をきつく瞑ってから、極力イージャを刺激しないように抑えた口調で更に問う。


「あの時も言ったけど、天人の黒い羽根は瘴気が溜まっているだけだよ。それは天人きみたち自身がよく知っていることでしょう……?」

「でもボクは、生まれたときから、はんぶん黒かった、らしいです」

「生まれた時から……珍しいような気はするけど、それは単に母体が瘴気に晒されて危険だっただけでは……?」

「……ボクには、よくわからない、です」


 自分のこととは言え、小さい子相手に取り巻く環境を把握しておけと言うのは無理な話か。悪霊共あいつらの様子から察するに周囲の大人たちは非協力的どころか排他的だったようだし、真実どころか捻じ曲げられた勝手な主観を植えつけられていた可能性もある。

 出来るだけ答えやすいように質問内容を考えつつあれこれと聞いていき、まとめると大体このような感じになる。


 イージャの住んでいた村……と言うよりは島かな、そこは日常のように瘴気が発生する島だったらしい。普段であれば天人たちの羽根に吸収してゆっくり浄化しているのであるが、ある日を皮切りに瘴気の発生量が増え、浄化が追い付かなくなってきた。

 そのある日と言うのが……半ば以上に黒い翼を持ったイージャが生まれた日、と大人たちの主張。わたしからすれば馬鹿な話でしかないのだけれども、誰もがそう思っていたらしく、物心付いた時にはもう母子共々責められる日々だった。なお、父親はその前に死んでいる。

 徐々に瘴気が増え、死人が増え……彼の唯一の保護者である母親が死んでしまった時。


 イージャは、追放された。

 それも……二度と島に戻って来れないように、翼を折られて。


 その話を聞いた瞬間わたしは相当に酷い顔をしたようで、イージャに怯えられてしまったのはさておき。

 翼を折った上で空島から落とすなんてそれだけで死にかねないのだが、生きる希望を失いつつも本能的に死を逃れようとしたイージャは最後の力を振り絞って軟着陸をした。その場所が砂漠で。偶然通りかかった村長派のアイロ村の人に捕らえられ、天人と言う物珍しさゆえに真っ先に実験材料として選ばれた……と。今こうして生きているわけだから、砂漠で干からびることなく捕まったのは運が良いのか悪いのか……。


 とりあえず、わたしはこの説明を聞いて真っ先に空島を探す選択肢を消去した。創造神に頼まれれば別だけど、こんな小さな子に罪を押し付けた挙句に殺人未遂とか、助ける気が失せた。イージャの体が治ってから送り届ける必要はあるかな……とは考えていたけれども。


「ねぇイージャ、きみは故郷に帰りたい?」

「…………」


 イージャは俯いて答えない。ただ一人の味方であった母親が死んだ以上、帰る理由もないし帰りたくもなくなるだろう。

 わたしは指を二本立て、別の選択肢を提示する。


「きみには二つ選択肢があります。一つは何処かの村で暮らすこと」


 グロッソ村辺りなら喜んで引き受けてくれる気がする。だってあそこはドラゴン(ゼファー)すらキャッキャと喜んで受け入れた剛の者(こども)たちが居るからね。


「もう一つは此処で暮らすこと」


 さすがにおいそれと住人を増やしたくないなんて言ってる場合ではないし、この子の場合は逆に何だか放っておけない。ただ待つしかないフィンの友だちになって欲しい気持ちもある。食堂に来た時のことを考えれば相性が悪いわけでもなさそうだし。ゼファーと地神が居るから孤独ではないけれども……モンスターと神様だからね……。

 同年代の子どもがたくさん居るグロッソ村の方が良いのかもしれないけれども、その分衣食住において不便はさせないつもりだ。


「えっ……」

「ん? 何か他に希望ある? 出来る範囲で叶えてあげるよ」


 愕然としたような顔をされたのでその二つ以外に何か希望があるのかと聞き返してみれば。


「……ボクは、ころされるの、かと……」

「――」


 想定外も想定外の言葉に、わたしは絶句をして頭を抱える羽目になった。

 ……あぁ、この子に掛けられた呪いは、深く、心を蝕んでいるのだな、と胸が痛くなってきた。

 大きな溜息を吐きながら……と、これにも怯えられてしまった。気を付けないとな。気持ちを何とか切り替えて話す。


「殺すつもりなら助けないよ?」

「……でも――」

「忘れているようだからもう一度言おうか」


 これまで散々に否定されて育って来たからだろう、理解が出来ず再度俯くイージャに対し。はっきりと、聞き間違えようもなく。


「死すべき大罪人なんて、存在するものか。ここに、今わたしの前に居るのは、庇護されるべき小さな子どもだけだ」


 もし本当に彼が呪いの子なのだとしても、なおさら神子わたしの手元に置いて浄化をしてあげなければならない。見捨てる理由にはならない。

 ふざける空気もなく、からかいの気配もなく、わたしが本気で言っていることをやっと感じ取れたのか、のろのろと顔を上げ呆然とわたしを見ながらイージャは呟く。


「ボクは、ここにいて、いいのですか?」

「うん、いいよ」

「……ボクは、いきていて、いいのですか……?」

「たとえきみ自身が願ったとしても、死なせてあげないよ」


 傲慢とも取れるセリフを言い放つと。

 イージャは見開いた目から静かに一筋の涙を流し。何度目かの俯きと共に、ポタリ、ポタリと食卓を叩く音がして。

 ……何となく、この子は泣き方すらわからないのかな、なんて思って。

 わたしは椅子から立ち上がり、食卓をぐるりと回ってイージャの横に立ち……やや強引に抱き上げた。右腕に力が入らなくて不格好ではあるけれども、この細く小さな体であれば今のわたしでも苦ではない。


「……っ!?」

「大丈夫だよ。ここには存分に泣いても、大声を出しても、怒るヒトは一人も居ないよ」


 咄嗟に身を固くされたけれども、壊れた右腕を気合で動かして(痛みは走ったけどおくびにも出さず)背中を軽くポンポンと叩いてやるとその強張りも次第に解けていき。


「ふえっ――」


 わたしの肩に顔をうずめて、大きな声で泣き始めるのだった。



 気が済んだのか泣き止んだところで降ろしてやる。

 イージャは涙と鼻水でべしょべしょになったわたしの肩を見て、ばつが悪そうにもじもじし始めた。


「……ごめんなさい、みこさま」

「問題ないよ。あと、神子じゃなくリオンって呼んでほしいな」


 堅苦しいのは苦手だと言うわたしの要望に、泣きはらして真っ赤な目をパチクリとさせて、首を傾げながら発したのが。


「……リオンおねえさん?」

「――んふっ」


 お、おねえさん……? 今、おねえさんと言った……?

 言葉に出来ない衝動にわなわなと身を震わせていると、ボソと、小さいはずのフリッカの囁きがやけに大きく聞こえた気がする。


「……リオン様、本当に小さい子には弱いですね……」


 いや、あの、そんな呆れられるようなことではない……よね?

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