騒動を終えて
以降は特にトラブルもなく、痛みで寝れないと言うこともなくグッスリと寝て翌朝を迎える。疲労を抱えていたのか状態異常の影響かちょっと寝坊してしまった。
食堂に向かうとカミルさんは居なかった。わたしの起床が遅かったのに加えて、昨日の今日で忙しいのだろう。日の出と共に起きて朝食もそこそこに事後処理に奔走しているらしい。
朝食後、残っていた皆(ウルとフリッカとレグルスとリーゼだ。ランガさんとヨークさんがどうなっているのかは聞いていない)を連れてカミルさんを探しに外に出る。
わたしたちを見て普通に挨拶をしてくる人、お礼を言う人……端っこでヒソヒソ話をする人など、反応は実に様々だった。
全ての人に好かれるとも思ってないし、眉を顰められるような行為をしたのも事実だ。明確な敵対行為を取らない限りは放置するのがいいだろう。
好意的な反応をしてくれる人にカミルさんの現在地を尋ね、そちらへと足を向ける。
先日の間に粗方治療を終え(ポーションで大体の怪我が治るアステリアならではだ)、今日は残る犯人たちの検挙……の前に葬儀の準備をしているらしい。
凶悪犯たちの葬儀を挙げるのか、晒し首にすべきではないか、などと言う声は出ない。きちんと弔わないとアンデッドになってしまうから。恨みを晴らそうとして更なる悲劇を生んでは元も子もない。心情はどうあれ、そうしなければいけないのだ。
先日の戦いの場はすっかりモンスターも瓦礫も片付けられ綺麗になっていた。しかし代わりに多くの遺体が並べられている。
罪を犯したとは言え家族か友人なのか泣く人も居れば、今にも唾を吐きかけそうなほどに憎々し気にしている人も居る。なお、後者の筆頭がヨークさんであった。指揮を執るカミルさんの側にランガさんが待機しており、彼も一緒に居るしかなかったのだろう。手伝うでもなく(義理も全くないしね)ピリピリとした雰囲気を纏っている。
ランガさんがわたしたちに気付いたことで、カミルさんもこちらを振り向いて手を挙げる。その顔は微笑を浮かべていたが随分と憔悴しているようだった。
「やぁリオン。怪我はもう大丈夫……ではなさそうだね」
カミルさんはわたしの右腕の包帯に痛ましそうに目を細める。火傷はレベル一まで下がったけど破壊がレベル二のままで動かないのだ。ブラブラさせておくのが落ち着かなかったので骨折患者のように三角巾で腕を吊っている状態だ。
「悪化してるわけではないので大丈夫です。おかげさまでゆっくり休めました。……カミルさんが忙しくしているのにちょっと申し訳ないですね」
「君には恩があるからね、もっと休んでもらってもいいくらいだよ。もし困ったことになったら何でも言ってくれ」
「もしもの時は頼らせてもらいます。それはそうと……何もしないのも気が引けますし手伝うことはありますか?」
カミルさんに用があるけれどもこの状況ではさすがに後回しだ。村人皆も忙しそうに走り回っている中、ぼーっとしているだけと言うのも据わりが悪い。かと言って勝手に動き回って邪魔をするのも論外だ。なので聞くのが一番手っ取り早い。
「特に手は……いや、葬送用の聖属性アイテムが余ってたらいくらか融通してもらえないだろうか」
「それくらいならお安い御用ですよ」
わたしはアイテムボックスからアイテムをどんどんと取り出して行く。初めのうちは嬉しそうにしていたカミルさんがやがて感嘆し、驚愕し……最終的にはものすごく深刻そうな目へと変化していった。おまけでヨークさんも目を丸くし、ランガさんは何やら呆れたようなどこかウルと通ずるものがある顔付きになった。
そんな反応になる理由がわからず首を傾げると、カミルさんが重たい息を吐きながら答える。
「何と言うか……これほどたくさんのアイテムが必要だったなんて、リオンの道行きはそこまで厳しいものだったのか……と思ってね」
「え? 確かに厳しいところもありましたけど、大半は趣味です」
「え? ……………………そうか、趣味か」
カミルさんの勘違いを正したら遠い目をされてしまった。
何で? 神子ならこれくらいストックあって普通ですよね……?
「僕は村のために必要な物を作ってはすぐに使うからね……そんなに溜め込んだことはないんだ」
「あぁ、なるほどです」
「いやしかし……そうだね、リオンと比べるとモノ作りの熱意は足りてなかったようだ。先輩神子としては恥じ入るばかりだよ」
責めるつもりは毛頭なかったのに凹まれてしまった……!
言われてみれば、少人数で好き勝手やってるわたしと、千人以上の村人を率いるカミルさんとでモノ作りが出来る環境が同じなわけがないよね……。
「やはりリオンがおかしいのだな」と後ろから小さなウルの呟きが聞こえる。お、おかしくないよ……? 置かれてる状況が違うだけだよ……?
納得出来ない気持ちを抱きながらも、カミルさんから「可能なら葬儀に出席してくれるとありがたい。時間までもうしばらくあるからそれまで村で自由にしてくれていいよ」と言われたので、邪魔しない程度に村をブラつくことにした。真面目そうな人だし、怪我で遠慮したんだろうね。皆も特にやることがないようで連れ立って歩く。
とりあえず祭壇に向かい、聖水などのアイテムを補充……しようとして腕が痛んだので中断することに。むぅ、状態異常は健在なり……。
せめて何かアイテムを採取させてもらおうかと思ったけど、土地柄、水の問題で植物、特に花があまりないのが残念だな。希少っぽいからこれも辞めておこう。言えばくれそうだけど、そこまでして欲しいわけでもないしね。食べ物には力入れてるっぽいけど、花にまでは手が回らないのだろう。拠点に帰ったらまた作り置きしておかないとな。
そうしてフラフラしていると、パタパタと駆け寄ってくる足音が聞こえたのでそちらの方へ顔を向ける。
するとその人はしゃがみ込んだかと思えば、なんと、跪きだしたのだ。
「神子様、この度は友人の命を救い上げていただきありがとうございました。確かにあいつは罪を犯したのかもしれませんが、それでも俺にとっては大事な友人だったので……」
「へっ?」
「リオン様、おそらく例の祝福で助かった人のことかと」
「……なるほど」
話が呑み込めず間抜けな声を出してしまったが、フリッカの耳打ちで納得をする。
本当にわたしのおかげなのかはともかくとして、彼の友人からすればわたしは命の恩人であるのだ。跪かれるのは予想以上としても、感謝くらいはしたくなるものか。
わたしだって無駄に命を散らしたいわけではない。だからその人たちが助かったことに安堵する……と共に、微妙な感覚を抱いてしまう。
あいつらが居なければ、もっと多くの人が生きていたのでは?
と、やるせない気持ちが湧いてくる。
実のところ、心の奥底で『そんな害悪共はさっさと殺してしまえ』なんて囁きが聞こえてくる。
もちろん反省の意志が全くなく生かしておいたら更に罪を重ねるような相手であればそれも考慮するべきだろう。殺された人の家族や友人からすれば『凶悪犯罪者を生かしておく必要はない!』と言う気持ちにもなることもあるだろう。
……まぁ細かい話はカミルさんを始め村人さんたちの間で話し合ってもらって、それから罪状を決めるべきだ。差し迫った危険が去った今はこれ以上わたしが口出しすることではない。だからわたしはこの黒い衝動を抑えつけた。
それとは別に、一つだけ気になることがある。
モンスターの卵を産み付けられた手段だ。
それをはっきりさせておかないと、今後同じような手を取られかねない。その人が有用な情報を持っているとは限らないけど、証人を残すことが出来たと考えればゼロよりはよっぽどマシ、なはず。
「あなたの友人の罪状がどうなるかはわかりませんが、もしも生きることが許されたのならば……『次からは、ちゃんとしたモノ作りをしてください。穢した分以上に、創造をして癒してください』と伝えておいてください」
「……かしこまりました」
跪いた状態でなお深く頭を下げてから、その人はゆっくりと去って行った。
ぼんやりとその背中を眺めながら、ポツリと言葉が漏れる。
「……やっぱり、誰であっても、大切な誰かって居るんだな」
思考誘導されていたかどうかはさて置き結果だけ見れば、わたしにとってカシム氏は唾棄すべき存在であったとしても、カミルさんにとっては大切な弟で。
死の直接的な原因はわたしではないのだけれども、少しばかり心が重くなってくる。
「リオン、気にするな……と言うのは無理であろうが、あまり気に病むな」
「どうしても溜め込むようでしたら……吐き出してくださいね。いつでも聞きますので」
ウルはそんなわたしの心を軽くするかのように、背中を、心臓のある位置をポンポンと叩き。
フリッカは、そっとわたしの左手を握り。
「そーそー、リオンは深く考えすぎなんだって」
「レグルス兄は軽すぎだけど、リオンさんも多少は見習ってもいいかもね」
「ちょ、リーゼっ?」
あえて明るく振る舞うレグルスとリーゼの言葉に。
皆の思いやりに、わだかまっていた闇が吹き飛ばされていった。そんな気がした。
その後、葬儀はしめやかに行われ。
大きく燃え上がる炎と空高く上っていく煙を、ただ静かに見つめていた。
リオン「五年間ひたすらモノ作りして対策を練ればウロボロスドラゴンだってソロ撃破出来ますよ!」
カミル「……???」
実際には色んな意味で無理ですが。
確かにリオンに比べるとモノ作りはしてませんがカミルが手抜きしてたわけではないです。リオンがおかしいだけ。リオン以上の廃ゲーマーがごろごろ居るので基準がおかしくなってるのもありますが。