事態の収束と代償
雷が標的を粉微塵に吹き飛ばし、これで事態は収束しそうだ……と胸を撫でおろす間もなく。
パンッ!とわたしの右腕が、手から肘にかけて内側から弾け飛んだ。
「っづああああああっ!!」
「リオン様!?」
「リオンさん!」
痛みに耐えきれず足から力が抜けて仰向けに倒れる。地面に頭を打つ……前に咄嗟にリーゼが滑り込んで支えてくれた。
燃えるように痛む右腕を見ると、いつかのように雷の形をした痣が浮かんでおり、それに沿って皮膚が裂けて血が溢れ出している。焼け焦げたのか黒くなっている部分もあった。
モンスターが使う雷属性の魔法を使ったからか、それとも魔法の使えないわたしが作成を通さず使ったからか……理由はわからないが分不相応な能力を使った代償のように思えた。
「傷が塞がらない……!?」
動けないでいるわたしの代わりにフリッカがポーションを使用してくれたけれども、LPは回復したものの傷は塞がりきらずに依然として血が流れ続けている。
それでもほんの少し楽になったことで、息を整えながらステータスを確認し……自分の目を疑った。
MPが空っぽになっているのと【火傷:レベル二】はまぁあり得るだろう。いつもの作成アイテムではなくおかしな手順で雷魔法を使用したのだから反動としては納得出来る。
しかしそれ以外に見慣れない、ゲーム時代にも見たことのないバッドステータスが刻まれていたのだ。
【破壊:レベル二】と言うものが。
破壊って……どう言うこと……?
アクションゲームなどで大きなモンスターの部位を破壊することで有利になったりアイテムが得られたりとかあった気がするけど、類似品?
わたしの腕は壊されて使えない状態ってこと……? わ、わからん。
色々確認してみようにも、ズキリと一際大きな痛みが響きそれどころではなかった。視界が徐々に霞んでいく。
……あ、あかん、最低限は……とアイテムボックスに手を突っ込む。
「フリッカ……これ、火傷だから」
「……っ、わかりました」
以前にも作った軟膏と包帯と、ポーションも渡したところで気力が尽きる。
意識のブレーカーが落ちる直前、わたしが発生させた雷で吹き散らされたのか一部薄くなっていた雲の隙間に……影が、見えた。
それについて思考を巡らせる間もなく、わたしの世界は闇に閉ざされる。
目を覚ました時には、見慣れない天井が視界に広がっていた。
でも見慣れないだけで見覚えはある。これは……えっと、そう、アイロ村で泊めてもらった時の部屋の天井と同じだ。
「リオン様、お目覚めですか」
人の気配があったので寝たまま首を傾けて見ると、予想通りフリッカが待機してくれていた。何かの作業を止めてわたしの方を見て、ホゥと安堵の息を零す。
声が落ち着いていると言うことはわたしの容体も特に問題はないのだろう。ステータスを再確認しても良い方向にも変化はなかったけれども。
上半身を起こし、楽になるように背中にクッションを入れてもらって、右腕は包帯ぐるぐる巻きで動かなかったので左手で水を受け取って飲み干してから尋ねる。
「……どれくらい時間が経った?」
「四時間ほどでしょうか。今は夕方です。雨もすっかり止みましたよ」
おや、思ったより時間が経ってないな。延々と寝続けていなかったのも落ち着いてる理由の一つかな。
「神子カミル様より休息場所と回復アイテムを提供していただきましたので」
なるほど。他の神子のフォローもあればそんなに深刻にもならないか。拠点に帰ってなかった理由も、もしもの時のために神子が近くに居る方が都合が良かったからかな。
フリッカが何をごそごそしているかと思えば、カゴ一杯に盛られていた果物の皮を剥いているところだった。それもカミルさんがくれた物かな?
「いえ、これは他の村人からです」
「ん? アウトブレイク……モンスターの発生を止めたから?」
「それもあると思いますが、一番の理由はリオン様が本日こちらに来て最初に行った祝福でしょう」
「……どゆこと?」
「リオン様が気を失ってからそう時間も掛からずにモンスターは全て倒されました。その後すぐ、神子カミル様はまず怪我人の治療と……モンスターの卵の捜索を行いました」
確かにそれは大事だ。モンスターを倒しきったと安心したところにまた発生したらたまったものではない。しかも発生イコール村人の死だから必死にもなるだろう。
「その口振りだと追加の卵はなかったかな?」
「いえ、ありました」
「ちょっ……もぐ」
慌てるわたしを宥めるようにフリッカは手を伸ばす。ついでに口に果物を一切れ入れていった。
……まぁ時間的にももう終わったことだろうから慌てても意味ないよね……と咀嚼をする。あ、美味しい。
「ありましたけど、孵りませんでした。卵は干からびていたそうです」
「……何で?」
「ですから、おそらくリオン様の祝福で」
何でも、三名ほど体内に卵があると判明したらしいのだが、カミルさんのアイテムを使って取り出した(ボコボコ浮き出てきたところを斬って出してポーションで傷を塞いだらしい。想像するだけでもヒエッってなる)時には卵は明らかに死んでいる状態で。
そしてその三名共がわたしが祭壇に出現して祝福パフォーマンスをした時にその場に居て、体がむずむずしたとのことで。だからきっとそのおかげだろう、と言うことになったらしい。
うぅん……そう言うこともあり得る、のか? 事実なのだとしたら、適当にやった祝福も役に立つものなんだな。
全く実感が湧かずに他人事のような顔をしていると、フリッカは苦笑しつつ追加の果物を差し出してきた。いただきます。
「他の皆はどうしてる?」
「ウルさんは瓦礫の撤去を手伝っています」
モンスターに壊されているのも見たけど……それに加えてわたしが集会所を壊させたんだよね……。
仕事増やしてごめんよ……後でお詫びしておこう。
「えぇと……ウルと村人さんたちとの軋轢とか、あったりしない?」
「少し前に戻って来てリオン様の様子を窺ってからまた出て行きましたが、特に問題はないと報告を受けています。村長たちの悪事の暴露も影響していると思いますが、ウルさんは誰も傷付けてない上に村人を助けていましたし、わかってくれているようです」
それでも全員ではないようですが、と寂しそうに笑うフリッカ。
……ずっと『リザードは敵だ』と植えつけられていた価値観は一朝一夕に変更出来るものでもないだろう。今現在トラブルが発生していないだけでもヨシとしよう。
「リーゼさんとレグルスさんは、牢に閉じ込められている人たちを解放するため、道案内として一緒に向かいました」
「そっか、それは良かった」
素早く行動に移してくれたようで助かった。明日くらいまではまず大丈夫ではあっても、あんな場所に長く居たいなんて思わないだろう。一日でも早く解放されたいはずだ。
なお、これは後で知ることであるが……わたしが閉じ込めていた暴漢たちは一人を除いてテラーセンチピードに卵を産み付けられていたらしい。その残った一人も唐突なモンスター発生に抵抗しきれずに殺されてしまい、レグルスたちが到着した時には即席牢の中がテラーセンチピードまみれだった。発生現場を目撃したわけではないが、一人だけ内側から喰い破られたような傷がなかったとのことで概ね間違ってないだろう。
わたしは思わぬ結末に顔をしかめるが……閉じ込めてなかったとしても彼らが死ぬことに代わりはなかっただろう。むしろ善人な村人に被害が広がらなかったとでも思っておこう。犠牲になった一人? 考えないことにします。
隠し扉の先の牢に居た人たちは全員無事に解放されたとも後で知らされ、少し胸が軽くなった。
「ランガさんとヨークさんは存じませんが……神子カミル様と一緒に行動しているのではないでしょうか」
「そう……。彼らリザードの間とのわだかまりも解けるといいんだけどね」
とは口にしたものの、難しいんじゃないだろうか。ランガさんはともかく、他のリザードさん始め被害者たちはどう言った反応になることか。
主犯だったカシム氏はもちろん、共犯者もほぼ死んだ状態だ。死んだことで清々する……だけでは終わらないだろうな。
晴らせぬ恨みやら、関わってないとは言え身内の罪を見抜けなかったカミルさんに非難が集まるのは必至だ。
騒動は収まったけれども、カミルさんの苦難はまだまだ続く。わたしは心の中で応援しておいた。
「……腕の調子は如何ですか?」
「あぁ……これね……」
火傷は治りきっていないのでピリピリと痛む。でもスリップダメージが発生しているわけではないし悪化もしておらず、こちらはそのうち治るだろう。
問題は破壊とやらだ。これのせいか右腕が全く動きそうにない。利き腕が動かないのは不便だなぁ。筋肉や骨には異常がなさそうな感じがするのだけれども……動かすための信号が破壊でもされているのだろうか。
頑張って動かしてみようかと思ったけど、気絶の一因になった体を貫くような痛みが再度走るのもイヤだったので止めておく。今のところ命に別条はなさそうだし経過観察するしかない。
あと、改めて腕を見て思い出した。いつも身に着けていた物を、壊してしまったことに。
「まぁ、勘だけど大丈夫だと思うよ。それよりも……腕輪、壊してごめんね」
「お気になさらずに。貴女の役に立ったようで何よりです。生きてさえいれば、また作ることは出来ますから」
落ち着いたらまたプレゼントしますね、と微笑まれてホッとする。
しかし笑みが一転して、思案顔へと変化していった。……うん?
「少し失礼しますね」
一言断ってからフリッカが立ち上がる。ずっとわたしの容体を診てくれていただろうし、一旦休憩で席を外すのかな?
と思ったのに、逆に近付いて来た。そして何故か、ベッドで半身を起こしている状態のわたしの足の上に跨るように座り、わたしの両頬に手を添えて……顔が、目の前に。
えっ……ちょ、待って、ど、どう言うこと? きみは一体何をしようとしているのかな……!?
あからさまに狼狽えて、右腕は動かないので左腕だけわたわたさせていると……フリッカはそれ以降何をするでもなく、息を吐きながら身を離した。
な、なにごと……??
「いつものリオン様ですね」
「……はい?」
「その……あの時は、少々違うような気が、しましたので……」
違う? そう言えばウルにも『違う匂いがする』って言われたね……?
自分ではそんな感覚なかったんだけども……二人共に言うからには、何かが違った、のかな。
「売り言葉に買い言葉のようなものと理解していますが、リオン様が自ら『ヒトを素材にする』発言をしたので違和感がありました」
「あー……うーん……ストレスが最高潮だったから、かなぁ。今は特にイライラしてないし」
完璧に頭に血が上ってたしねぇ。……だとすると、やはりわたしは箍が外れたら実行してしまうヤベー奴ってことだと実証された……?
今更ながらに自分の危うさに唾を飲み込んだ。気を付けないとね……。
もやっとしたモノを深呼吸で吐き出し心を落ち着ける。そしてそれが終わったのを見計らったかのようにフリッカが切り出す。
「ときにリオン様」
「……ん?」
「話の内容と体勢で、あの日のことを思い出すのですが」
あの日……?
…………ちょっ、アレか!?
「……『したい時にすれば良い』、そう言いましたよね?」
「……ハイ、確かに言いまシタ……」
言ったけど、言ったけど……! 宣言されると余計恥ずかしくなりません!?
自分でもわかるくらいに顔を真っ赤にさせながらも、腰が引けないように(そもそも物理的に無理だけど)せめてもの見栄を張って。
フリッカの唇がわたしに触れる。
寸でのところで。
「戻ったのである」
ガチャリと扉が開く音とウルの声がして。
しばしの、沈黙。
「……我、出直した方が良いか?」
「……大丈夫です」
困ったようなウルの問いと、困ったようなフリッカの返答がされた。
「……ところでウルさん。何か思うところはありませんか……?」
「ん? ……おぉ、リオンが目覚めておるの!」
「……いえ、そう言うことでは……」