平原の狂える王
「クソったれが……オレたちが逃げた時より酷くなってやがる……!」
「……ひょっとして、一緒に攻めてきたモンスターたちが……?」
ギリっと歯を噛み砕かんばかりに食いしばるレグルスとかすれ声で呟き顔を青ざめさせるリーゼ。
酷くなって。
そう、これは確かに酷い。酷いという言葉だけでは済まされない。
『もっとうじゃっとしてて、変なのがいっぱい付いてて』
レグルスのこの説明にもう少しだけ気を割いておくべきだったかもしれない。いや、割いたとしても結局は同じか。
この衝撃は、直接目にしなければ実感できない。
それくらいに非現実的だった。
『気持ち悪ィと、思っちまったんだ……!』
彼がそう思うのも仕方ないと思った。
オーラのように黒いモノを纏っており少し認識し辛いが、昼間なのでどうしても目に入ってくる。
一面の瓦礫と化した村の中央、誰一人として生者の存在を許さない死の上に屹立するは。獅子の体――正確には四つ足の獣の頭部分に獅子獣人の胸から上があるケンタウロスのような体――。山羊の頭。蛇の尻尾。
……だけではない。
明らかに獣人たちのものと思われるパーツが大量に生えていた。
馬の脚が、原状を留めていない何かの手が、骨が、痛苦に呻く猫の頭が。
『犠牲者』は獣人たちだけではない。
ゴブリンやコボルトはもちろん、サハギンっぽいヒレ付きの腕や、オオガラスの翼などモンスターたちまで。
わたしはこの時、こんなことを頭の隅で考えていた。
――創造神だけではなく、破壊神ですら冒涜するような、醜悪すぎる工作のようだ、と。
たくさんの粘土のフィギュアをバラバラにして、とりあえずくっ付くだけ付けてみよう、というような邪悪な子どもじみた思想が透けて見えたような気がして。
決して気が触れたのではなく、正気で、この狂った悪魔のような所業を行ったのだと、そんな気がして。
『作って、壊して、また作る』、わたしの行為を捻じ曲げ嘲笑っているような、気が、して。
グルゥアアアアアアアァ!!
この咆哮は、在り方が歪み狂ってしまったことすら自覚できない『彼ら』の悲哀のようにすら聞こえて。
気持ち悪さよりも先に、疑惑と怒りが沸き上がってきた。
ただ、わたし以上の怒りを抱いたのが……意外なことにウルであった。
「誰だ……誰なのだ! このようなことをした阿呆は!!」
火を噴きそうなほどの憤怒を瞳に宿し、牙が少し伸びている気がする。爪も鋭くなっており、わたしはその変化にギョっとしてしまった。
嫌悪感を示すくらいはあるだろうと思っていたけど、ここまで怒りを露わにするとは正直思っていなかった。
けど驚いている場合ではない。そのままいの一番に飛び出しそうになったのを慌てて腕を掴んで止める。
「待った! お願いだから抑えて!!」
「何故だ!? 止めるなリオン!」
「アレはダメ! 準備をし直すから撤退!!」
はぁ!?とウルだけじゃなくレグルスとリーゼも目を剥いた。
「よく見て! 周囲の黒いモヤは瘴気だよ! 瘴気対策ができてないから、このまま突っ込むなんて危険すぎる!」
そう、あのキマイラは瘴気を纏っていたのだ。
体躯が見えないほど濃いわけではないけれど、確実に。それは周囲の腐った大地と家屋も証明している。
また、獣人たちがやられてしまった原因の大半でもあるだろう。対策ができていなければよっぽど実力差がないと倒せないのだから。
「あんなモノ、我には大して効かぬわ!」
だけれども、危険性を訴えるわたしに返ってきたのはそんなセリフだった。
そのなんの根拠もない自信に、今度はわたしの堪忍袋の緒がキレるかと思った。
「…………ねぇ、ウル。わたし、言ったよね?」
「……う? え? な、なんの、話……なのだ?」
それまで抱いていた色んな感情が全てストンと抜け落ちて、わたしは無の表情になる。
幸いにしてそれが逆に怖かったのか、ウルの表情も怒りから狼狽へと変化していった。
「わたしは、失った命に対してはどうしようもできないって。ゼロを一にすることはできないって」
ジトっとウルを見つめる。ごくりと、喉が動いていた。
「えぇ、えぇ。これはわたしの杞憂かもしれない。ウルの宣言通りあの瘴気はウルには効かず、対策なんて無用で今すぐ突撃したって問題ないのかもしれない。……でもね」
「できる備えをせずに、きみの命を危険にさらすのなんてごめんだよ。強行すると言うのなら、わたしはきみをふん縛ってでも連れ帰る」
「……」
ウルの怒りはすっかりどこかに行ってしまったみたいだけど、まだ納得できていないのか視線を彷徨わせている。
「その……さっきは思わず直接殴りに行こうとしてしまったが……シャークの時みたいに、ここから槍を投げて終わり、ではないのか?」
「あー、知らないとそうなるか……。ごめんね、説明が足りなくて」
これは一度経験してもらった方がいいかな。スリップダメージ以外の瘴気の抱える問題を。
「一度だけ槍を投擲してみようか」
「う? うむ?」
ただし条件付きで。
ここ、わたしたちが居る丘から別の場所へこっそり移動してもらい、一度投げたらすぐにまたこっそりその場から離れて戻ってくること。
三回くらい繰り返して、首をひねるウルを送り出す。そして残ったレグルスとリーゼに待機をしながら見学を促す。
「二人とも、ちゃんと覚えてね。瘴気はモンスター……あぁ、気を悪くしたらごめんね。瘴気は、それを纏うモノの障壁でもあるということを」
ドン!という踏み切り音と共に槍が風を切り裂いてキマイラに向かって飛んで行った。
しかし、それがキマイラに突き刺さるかと思われた直前で……瘴気という壁にぶち当たって砕け散る。
キマイラは反撃として瘴気を含んだ毒のブレスを吐くが、ウルは言いつけ通り移動していたので喰らうことはなかった。
「「なっ……?」」
驚愕に目を見開く二人を後目に、わたしは小さく溜息を吐いた。
聖属性付与されていない遠距離攻撃は、瘴気に阻まれて効果を成さないのだ。
瘴気対策をしながら、近距離攻撃でダメージを与えていかなければならない。
正確には全く効果がないわけではない。
けれども、現在のわたしが作れる武器では不可能だ。壁をブチ壊す前に耐久が全損してしまう。
なお、聖属性付与されても威力はかなり削がれるので、遠距離攻撃だけで倒そうと思ったらかなり時間が掛かることになる。
近距離攻撃ならなんで効くのだろうという疑問はあるのだけれど、まぁ多分遠方からハメ殺しで格上が容易く撃破出来ないよう制限が掛けられていたのだろう。あくまでゲーム時代の話だけど。
もし現実では近距離攻撃も効かないのだとしたら、瘴気対策が切れる前に逃げるしかないな、と心の中で一人ごちた。
その後は特に異論も出ずに一時撤退することが決定した。
少し距離を取った位置に創造神の像を建て、帰還石を作ってから拠点へと戻る。一瞬で移動できることにレグルスとリーゼは少しほっとした表情を見せていた。
後にウルから「主を怒らせると怖いのだな……」と遠い目で呟かれたりもしたけれど、そう言えばまだ一度もウルに対して怒ったことなかったっけ。
「我がいくら壊しても苦笑いとか困り顔とかで済ませるだけだったから、怒らないのかと思ってたぞ」
「いやわたしだって怒ることはあるよ? ただ単にわたしが怒るようなことをきみがやってなかっただけだよ」
わたしの返答がなにかおかしかったのか、ウルが目をぱちくりとさせている。
「……あれだけ壊しても?」
「わざとじゃなければね」
いやまぁ、他の人だったら十分に怒る案件だとは思うけれども、実際にわたしは壊されても直せるからなぁ。
それとも「壊しちゃだめ!」って怒るべきだったのかな? うーん。
「ところでウル、一つ聞きたいんだけど」
「……う? なんだ?」
「どうして、キマイラを見てあんなに怒ったの?」
わたしの問いにウルはなんだか迷ったような顔をして、もごもごと言いにくそうにしている。
これはバツが悪そうというよりは、いつもの『言語化しにくい』ことかな。
「あれは……なんだか、その、盛大にケンカを売られているような、感じがして、だな……」
「うん……? なるほど?」
まぁわたしもあれには怒りを覚えたし、似たようなもの、なのかなぁ。