覚醒、あるいは――
黒焦げになって死んだかと思われたテラーセンチピードは、黒焦げのまま動き回っていた。
……のではない。
新たに、発生しているのだ。発生し続けて、いるのだ。
「何でこんな最悪なタイミングでアウトブレイクが発生するかな……!」
アウトブレイク。ワールドメーカーにおいては感染症の大流行のことではなく、モンスターの無限発生を指す言葉だ。正確には無限ではなく、一定期間の経過もしくは発生源を潰すまで続くのだけれども、後から後からわらわらと出て来ることに変わりはない。
落雷にはいくつかの役割がある。一つ目はプレイヤーモンスター問わず大ダメージを負わせること。二つ目は雷属性素材を作成すること。そして……極々稀にモンスターに落ちることで、そのモンスターと同種類のモンスターを大量発生させること。雷の持つ莫大なエネルギーがモンスターを産み出すエネルギーに変換されているのでは?と言うのがプレイヤー達の見解だ。
ゲーム時代は雷対策さえしっかりしていればモンスター素材がウハウハだったので、雷雨が発生した時にはレアモンスターでアウトブレイクが発生させられないか四苦八苦していたプレイヤーが居たりした。そもそも落雷が少ないこと、レアモンスターは数が少ないからこそレアモンスターであること、アウトブレイク自体の発生率が低いことで、全くもって実用には至らなかったけれども。その癖して、強敵と戦っている時に周囲の雑魚モンスター相手に発生して戦闘に横入されて大苦戦する羽目に陥り、乱数の神様に恨み事を吐く、なーんてちょいちょい耳に挟んだものである。
今現在はもちろん恨む方だ。わたしたちだけなら倒すなり帰還石で逃げるなりどうとでも出来るけど、こんな村の中で発生したら村人たちに大きな被害が出るに決まっている……!
「ウル! それは発生源を潰すまで延々とモンスターが増え続ける現象だよ!」
「発生源!? どれなのだ!」
「……その中のテラーセンチピードのどれか!」
「こ、この中の、だと……?」
ヒクりと頬を引き攣らせるウル。それも無理はない。何せテラーセンチピードは延々と増え続けている上にどれが発生源なのか見分けが付かないのだ。
ならば広範囲攻撃、カミルさんの指示により統制が取れつつある今なら離れてもらって魔法を……と思ったけれど、こう言う時に最適な火魔法が雨のせいで効果を発揮しない。がっでむ!
ウルが他に攻撃手段を持たないこともあって地道に潰して行くしかない現状では、潰した先からまた増えるので発生源はまた埋もれ、運良く当たりを引くまでひたすら繰り返すことになる。
幸いにも増え続けている場所に居るどれかが発生源であるので、何処とも知れない場所に隠れられて外れしかない場所を攻撃し続けることにはならない。あまり気休めにならないけど。
「とにかくウルは攻撃を続けてて! いつかは当たりを引く……といいな!」
「う、うむ……」
わたしの無茶振りにさしものウルとていつものように『任せるがよい』とは言わなかったが、攻撃を再開してくれた。
ごめん、でも頑張ってほしい。
「カミルさん! 村の皆さんは発生源から距離を取りつつ、周囲のやつを優先してください!」
「わかった! 皆聞いたな! まずは身を守ることに集中するんだ!」
ひとまずはウルに任せて離れててくれる方が安全だ。一匹一匹が強くなくても大量に集られたらあっという間に死んでしまう。
……ウルも殲滅速度が追い付かないのかちょいちょい集られているけれど、鉄壁お肌のおかげで怪我はほとんどないようだ。でも絵面が酷い。マジごめん。
先ほど無限発生は一定期間続くと述べたが、どれくらい続くのかはランダムだ。すぐに終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。希望的観測で前者に賭けて皆で逃げるのは愚策だろう。そもそも村人の数が多すぎて皆を無事に逃がせるのか怪しい。まさか村の発展がここに来て枷となるとは……。
よって発生源を放置など出来ないが、それだけに気を取られているわけにもいかない。依然としてテラーセンチピードは大量にうろついているのだ。カシム氏だけならまだしも、何でこんなにたくさんの村人に卵が産み付けられてたんだっての……!
ひょっとすると……と言うか、かなりの高確率でこの一件には知恵あるモンスターが暗躍しているだろう。そうでなければ卵の量に関して説明が付かない。
ここまで来るとカシム氏も思考誘導を受けていた可能性も出て来る。いくら何でも思考回路がアホすぎたし、きっとそうなのだろう……そうだよね? そうであってほしい……。まぁ死んでしまったので情状酌量の余地も何もなくなったのだけども。あんな死に方をして思うところが全くないわけではないけど、同情の念は浮かばない。それよりも裏でどうなっていたのか全くわからなくなったのが痛いな。
これも放置出来ない問題ではあるけれど、その辺りについて考えるのは後にしよう。まずはこの窮地を乗り越えることが先決だ。
何か良い手はないか探りたいのに……モンスター対応が忙しすぎて頭が回らないよぅ……!
火系はダメでしょ? 水は広範囲だけど流されてあっちこっちに散らばるだけになりそう。土や石で潰す? 数匹ならともかくあれをまとめて潰すような質量は今は生み出せないな。風は線攻撃だし、光は点でもっと範囲が狭く、闇も不適格で――
反射的にテラーセンチピードに剣を振るいながら(槍は攻撃力が低いのでとっくに仕舞った)、使えない手段ばかりがわたしの脳裏を巡っていた。
その最中に。
――ゴロゴロゴロ……
またも雷が鳴る。
オマエのせいで事態が悪化してるんだぞ……! と意味もなく睨み付けてしまった。
「リオン様!」
「……いつっ!?」
フリッカの警告も空しく、空を見上げた僅かな隙を突かれテラーセンチピードに腕を噛み付かれてしまった。戦闘中に馬鹿かわたしは!
逆の手で剣を握りテラーセンチピードを斬り裂く。ぐぬ……体を二つに分けてもまだがっちりと噛み付かれたままだ……おのれぇ……!
苛立ちがかなり溜まっていたこともあり、わたしは素手でテラーセンチピードの頭を掴み、握り潰すように力を籠めながら強引に引き剝がした。当然ながらわたしの腕もただで済むはずもなく、頭部が砕け牙が抜けると同時に肉が抉れて鮮血が飛び散る。
「リオン様、無事ですか!?」
「……大丈夫、これくらいなら問題ないよ」
口ではそう答えたものの、体は無事だけれども、精神はそうも行かなかった。
イライラして、仕方がない。ストレスが短期間に積み重なりすぎたのだろう。
――ギチギチギチ……
――ゴロゴロゴロゴロ……
耳に入る全ての音が、耳障りで仕方がない。
冷静に対策を考えなければいけないのに、怒りで頭が支配されていく。思考が塗り潰されていく。
しかしある一定のラインを越えたところで……クリアにもなった。それしか考えられなくなった、の裏返しかもしれないが。
あぁ、そうか。
雷。
それがあったね。
「フリッカ、悪いけど消費させてもらうよ」
「……え?」
何時まで経っても傷を治そうとしないわたしをフリッカが不安気に見ていたことにも気付かないままに。
わたしは魔石を取り出し、スッと右の手のひらを天に翳した。
再びテラーセンチピードたちが襲い掛かってくるが気にも留めない。フリッカと、丁度その様子を目にしたリーゼが慌てて掃討に取り掛かっていたけれど、それにも気付かず。
魔石と、わたしの雷で壊れかけた……雷属性を帯びた腕輪と。
いつもの血のり魔法陣は雨のせいで描けない。けれども、その代わりとばかりに腕を伝う血が熱を持ったように感じる。
これなら出来る。そう確信した。
「雷よ――」
詠唱を、始める。
「天を駆ける絶大なる力の奔流よ。刹那、我が意に従え」
代償として徴収するように、手のひらの魔石がドロリと溶けて消えた。壊れかけの腕輪がサラサラと崩れて散った。
「此方に集い、怨敵を穿ち滅ぼし尽くす鉄槌と成れ」
血が沸騰したような錯覚がした。
どんどんと魔力に変換されて蒸発していく。
いつもの作成とは異なる感覚。
正当な使い方とは言い難いが……これが、魔法を使うと言うことなのだろうか?
「ウル! 退避!!」
「――っ!?」
最後の仕上げの寸前にウルに声を掛ける。さすがに巻き込むわけにはいかない。
ウルがわたしの声に反応して飛び退くのに合わせて標的に視線を向け。
天より地へ、持てる力の全てで拳を握り締め……打ち下ろす!
「裁きの轟雷!!」
ドッパアアアアアアアンッ!!!
わたしの動きと叫びに呼応して、天より一条の雷閃が迸り。
発生源諸共に無数のテラーセンチピードたちを焼き尽くした。
かなり後になって思い返してみれば、もうこの時にはとうに影響を受けていたのだろう。
もっと以前から。
出会った時から?
……いや。
――この世界に降り立った日に。
最初から、ずっと。




