緊急帰宅
水神ネフティーは見た目十代後半くらい、背丈は百六十弱の美少女である。
流水を彷彿とさせる艶やかな、ふくらはぎまで届く長いストレートの蒼髪。同色の瞳は垂れ気味で穏やかさを引き立たせ、実際に穏やか……と言うよりはゆるゆると表現した方がしっくりくるマイペーススローペースな性格。
ノースリーブのマーメイドラインの衣装を身に着けており、全体的にスレンダーで起伏がな――ごほん、華奢な体格は儚さを感じさせ、他の女神様たちと同じくファンが多かった。そこが良いのだ、と熱弁する人も居たけど……まぁうん、好みは人ぞれぞれよね。
しかし……たった今解放された水神に、その美しさは見る影もない。地神の時と同じ……いや、それ以上に悲惨な状態になっている。
地神の時は少なくとも意識はあり自分の足で立って歩けるほどではあったが、水神は気絶しており立つどころではない。微かに呼吸音は聞こえるので死んではいない、はずだ。
綺麗な蒼い髪は半分以上が黒く変色しており、また、白いはずの顔や肩、手足、至るところに瘴気で蝕まれた痕跡が残っている。誰がどう見ても重度の汚染状態だ。これで生きているのはヒトではなく神だからだろう。
唐突に出現した、封印から解放された神を見て快哉が耳に届いていたが、それはすぐに驚愕と悲哀へと変化していった。
「すぐに拠点で神様の治療に取り掛かる! 帰還石を使うから皆集まって!」
ひとまず水神に聖水を振り掛けながら離れたままだった皆に呼び掛ける。
何のことかわからない、状況に付いて行けてないリザードさんたちも困惑の表情を浮かべながらやって来た。
そう言えばこの二人はどうするか……うぅん、さすがにこんなところに置いて行くのも不親切にすぎるから連れて行くしかないか。
「ランガさん、ヨークさん、これからわたしがすることに対して他言無用でお願いします」
「……わかった」
「は、はいっ」
了承の意を受け取るのもそこそこに、うっかり置いて行かないよう全員が何かしらで繋がっているか確認していく。子どももちゃんとウルが担いでくれているので問題なし。リザードさんたちもレグルスに掴んでもらって、わたしもしっかりと水神を抱きかかえて、っと。
「それじゃ……帰還!」
全員が淡い光に包まれ、光が収まった時には見慣れた拠点だった。
期間にして一日も経ってないはずなのに、随分久しぶりに空を見た気がする。とは言えとっぷりと日も暮れて星が輝く夜空になっているが。まぁ自動聖水散布装置が稼働しているのでモンスターに襲われることはない。
瞬く間に地下から地上に、それもどう見ても砂漠ではない緑豊かな地に出現したリザードさんたちは声すら出ないほどに固まっていた。
「フリッカとレグルスとリーゼはランガさんとヨークさんを食堂に連れてってご飯でも食べてて。その後は夜も遅いから適当に空いてる部屋に案内して休んでもらって、きみたち自身も休んでいいよ。ウルは疲れているところ悪いけど運ぶのだけ手伝って」
フリッカは何か言いたげだったけれども、正直浄化に関しては手伝ってもらえることは何もない。それは自分でもわかっているのだろう、「リオン様の食事も用意しておきますね」と言葉を残してから食堂のある建物へと向かった。ランガさんは物珍し気あちらこちらに視線をやりながら、ヨークさんはおっかなびっくり付いて行く。……これで昼間だったらゼファーが飛んで来て悲鳴の一つでも上げられたのだろうか。
「それでリオンよ、何処に運べばいいのだ?」
「そうだね……」
残ったウルに尋ねられ、何処で浄化を行うかしばし思考をする。が、それはすぐに打ち切られた。
息急き切って駆けて来た地神の声によって。
「こんな時間にうっすらと神の気配がしたから何事かと思えば……まさかそいつはネフティーか!?」
どうやら神同士で気配が感じ取れるようだ。以前創造神も呼んでいたし、その辺りは神同士のネットワークのようなものがあるのかもしれない。
「はい、つい先ほど解放しました。そうしたらこんな状態だったので、急いで治療をしようと戻って来たのです」
「……っ、酷いな……。リオン、そのままアタシの屋敷まで連れてきな」
地神の家なら特に気を遣って清浄さを保っているので治療に一番適しているかもしれない。地神から言い出してくれて助かった。
「あ……えっと……」
「その子どももついででいいさね」
水神ほどではないけれども同じく汚染された子どもをどうしたものか悩んだけれども、それもすぐに解決された。神様と一緒でいいのだろうか?と言う感想はあるけれども地神が構わないと言ってるのだし、まとめて対処出来るならわたしとしても楽でよい。
そうして通された先は地神の家の寝室……ではなく浴室。
浴槽を指して地神は言う。
「そこに二人まとめて放り込んで、あるだけの聖水を注ぐんだ」
あぁ、ただの風呂ではなく聖水風呂と言うわけか。
この浴槽は地神の希望で三人は軽く入れる大きさなので問題はない。……神様と一緒に放り込んでいいのだろうか?とまた脳裏を過ったけれど……もし子どもが目が覚めた時は大変だろうな……強く生きてほしい。
「ここまででいいよ」とウルも食堂に行かせる。後ろ髪引かれるようにチラチラと何度も振り返ってくるけれども、ここから先はウルにもやってもらえることはない。さっきから怠そうにしているしきみもしっかり休んでほしい。
「ネフティーが居たことにも驚きだが……何故地上に天人が居るんだ……?」
「そこはわたしも知りたいくらいです。目が覚めたら聞いておいてもらえません?」
地神にこれまでの経緯を話しながら聖水をひたすら浴槽に注いでいく。聖水は大瓶でも一リットルくらいだから地味に面倒くさい。しかも広い浴槽だから尚更だ。こんな一度に大量に使う想定してなかったからなぁ……次からは大きな樽も用意しておいた方がいいかな?
おっと、いくら聖水とは言え水のままだと水神はともかく子どもには辛そうだ。火を点けてお湯にしておこう。
「……あるだけの聖水を注げ、とは言ったが……」
「はい? 何です?」
「いや……まさか風呂が一杯になるほど持っているとは思っていなくてね……」
「聖水はいくらあっても困らないですよね?」
「そりゃそうだが……」
えっちらおっちら浴槽を満たしたら地神に呆れられてしまった。何故だ。
さて置き、聖水だけじゃなくもっと聖属性値を高めた方がいいよね。聖石を沈めて……あ、聖蜜も投入しよう。花の蜜だからいい香りだし、入浴剤の一種みたいになるでしょう。多分。聖花の花びらを散らしてもいいな。
その他にもあれこれお風呂に投入しても問題なさそうなアイテムを入れていき、「ついでにわたしの血も垂らします?」と聞いたら「やめておきな」と即否定された。聖属性であってもあまり良い気はしないか。
あー、瘴気が外に抜けてるのかお湯が汚れ始めたな。かけ流し温泉みたいになるように、タンクを作って聖水を自動投入出来るようにして、排水溝にも浄化装置を付けて……っと。
後は……目が覚めた時のために軽食と飲み物も用意して……そうだ、いいこと思いついたぞウフフ。
「地神様にお願いがあるのですが」
「ん?」
「以前わたしから聖属性値の高い葡萄酒を巻き上げましたよね? 残っているなら起きたら飲ませてあげてくださいね」
「んぐっ………………わかったよ」
わたしが否を言わせぬ笑みを向けると、地神はものすごく不承不承と言う感じながらも頷いてくれた。……非常事態くらいは我慢しましょうね……?
もうこれ以上出来ることはないかな、と思ったところで服を着せたままなことにやっと気付いた。汚れているし裸はアレなので湯着を作成して着替えさせることに。
水神は地神に任せて、わたしが子どもを着替えさせたのだけど…………うん、男の子でした。
どう見ても小学校低学年くらいなのでノーカンですノーカン。




