新世界へ
わたしがそれに気付いたのは称号を得てから三日後のことになる。
念願の称号が得られたことによる喜びと、達成感と。
余韻に浸った後にじわりと訪れた「次から何をしよう……?」という喪失感と。
ぼーっとした頭でゲームを起動して、完璧に染みついてしまったルーチン(農作物の手入れやよく使う消費アイテムの作成など)を無意識にこなして。
そういえば最後に作成したアイテムを詳しく見ていなかったことをふと思い出してウインドウを開いた時、チカチカ点滅している文字が目に入った。
<< 創造神より神託が届いています。 >>
「あー……アップデータが来てたんだっけ……すっかり忘れてた」
このゲームが発売されてから五年になる。それこそ発売されて間もない頃は細かな修正パッチが何回もあったし、発売して一年後、その更に一年後にそれぞれ一回ずつ拡張パックが販売されている(もちろん購入済だ)。その拡張パックが創造神からの神託……新たな指令という形で導入されるのだ。
しかしそれ以降は特に動きもなかったのに、今更何を追加したんだろう?と首をひねりながら文字をタップした。
<< 【異なる世界においてあなたの助けを必要としています。どうか来ていただけないでしょうか。】 >>
<< ※注意 元の世界に戻ることはできません。 >>
「んん……? どういうこと……?」
これまで二度追加された拡張パックはどちらもミニシナリオの追加だった。
余談だけど、新しい素材とアイテムレシピも追加されたけどマスター称号を得るには関係がない。コンプ済だけどね。
「いや待てよ? そういえば続編ゲームを開発中って噂が……」
このゲームはかなり売れた。メインストーリーがあっさりすぎて物足りないという意見はあったけど、それを補って余りあるほどのモノ作りの深さがあったのだ。現にわたしだって最後の称号を得るまで今の今までかかったのだ。
……ぼっち(ソロ)だったからというのもあるんだけどもそれはさておき。
わたしは今は燃え尽き症候群みたいになっているけど、称号を得た後だっていくらでもモノ作りを楽しむことはできる。
しかし、このゲームはソーシャル要素があるとはいえコンシューマーゲームなのだ。オンラインゲームならアップデートを繰り返すことによって新要素をどんどん追加できるかもしれないけれど、これではそうはいかない。
続編を望むユーザーの声があがることも、売れたから続編を開発することも、不思議でも何でもない。
そして実際に、去年あたりから続編を開発しているという噂が流れていた。
「ひょっとして……テスターとして招待してくれてるのかな?」
コンシューマーでは聞いたことないけれど、オンラインゲームでは一般人からテスターを募集するのはよくある話だ。ひょっとしたら新作はオンラインゲームの可能性もある。
しかし……『元の世界に戻ることはできません』かぁ。後方互換がないのかな。
まぁパソコンの業務用アプリケーションとかならともかく、ゲームだと当たり前のことだよね。前作のプレイ特典が新作でもらえることならあるけど、精々それくらいだ。
この時わたしは気付くことができなかった。
その理論展開は無理があるんじゃないかということに。
でも……仕方のないことでもある。
だって、誰もが『こんなことになる』なんて、思うはずがない。
いくら創作で溢れた話とはいえ、創作は創作。
実際に起こるなんて、ありえない――
「うーん……せっかくコンプした状態で遊べなくなるのは残念だけど、どうせやることなくて困ってたし、戻ってきたければ新しくゲームデータを作ればいっか」
目標を達成してしまいだらだらとしていた時に、好きで好きでやりこんだゲームの新作がプレイできるかもしれないという燃料を放り込まれて。
わたしはその魅力に抗うことができなかった。
「YES、っと…………うわっ!?」
ジ、ジジジジジ――
文字をタップしたその瞬間、周囲に黒いノイズが溢れた。
ノイズはあっという間に広がり、視界内のあらゆるものを食いつくすようにザラザラと不愉快な微音を出しながらうごめく。
「ひっ……!」
わたしにはその様が何故か、数日前に戦ったウロボロスドラゴンが口を大きくぱっくりと開けて捕食しようとしているように見えて。
ノイズ音が咆哮であるかのように聞こえて。
頭の中が混乱で真っ白になっている間に壁が食われ、空が食われ、地が食われた。
落ちる――!?と身をすくませ、固く目を閉じると同時に。
全ては黒く塗りつぶされる――
「…………あれ……?」
落下の衝撃などなく、気付けばわたしの足は大地を踏みしめていた。
恐る恐る目を開いてみると、飛び込んできた光景は――
「うっ……わあああああああ……っ!?」
あまりにリアルな、草原だった。
技術は年々発達してきているとはいえ、まだまだ作られたものは一目でわかることが多い。
だが、これはどうだ。
朝露に濡れる草の一本一本が、小さくも咲き誇る花が、ざわめく木々の葉が、空を漂う雲が。
目に映る全てがまるで写真をそのまま取り込んだかのようだった。
地面の感触がある。
当たり判定が必要とされるので物の感触は元々あるのだけれども、それは画一的な、言うなれば平ぺったい床を歩いているようなものであった。
岩山なら多少はごつごつしていたけれども、これはそんなレベルじゃない。草や小石を踏んでいる細かな感触まで伝わってくる。
風が髪をさらさらと揺らす。
草花の匂いが鼻をくすぐる。
日差しの温かさが肌を撫でる。
体全体が、まるで現実に居るかのような感覚に覆われる。
単純にしか表現されていなかった料理アイテムの味も、ひょっとしたら詳細に感じられるかもしれない。料理アイテムを作るのが楽しみになってきた。
「おっと、システムの方も確認しないと」
これらの感覚はゲームをプレイしていればいくらでも堪能できるのだから。
しかしゲーム内時間は刻一刻と過ぎていく。日の明るさと高さからして今は朝のようだけど、夜が来るまでにやっておかなければいけないことが山ほどあるのだ。
「ステータス……は同じ要領で開くね」
念じることで見慣れたステータス画面を開くことができた。
一番上にプレイヤーネーム、リオンの三文字。……名前を決めるのが苦手だったもので、自分の名前そのままです、はい。
他の項目はLP、MP、SPの横に長細い三つのバー。
LPは敵の攻撃を喰らったり、高いところから落ちたりすると減る。SPがあれば自然回復する。回復アイテムでも回復する。
MPは主にメイキングを行った時に減る。SPがあれば自然回復する。回復アイテムでも回復する。
SPは時間経過で減る。料理を食べると回復する。
これらは厳密な数値としては表示されず、バーの長さ(%)で表示がされる。
攻撃力や防御力は数値としては存在していない。また、プレイヤーレベルも存在しておらず、スキルレベル制となっている。
「クイックアクセス……も、うん、できる。アイテムボックスも同じ、っと」
クイックアクセスボックス、通称QAボックスというものが存在しており、その枠が十枠ある。一枠で同じアイテムなら九九九個まで持つことができる。
アイテムを使用するにはそこに登録しておかなければいけないという制限があるけれど、意識するだけで切り替えられるメリットもある。例えば剣を装備していても一瞬で弓に変更することができる、とか。ちなみに、防具は装備枠として別に用意されている。
アイテムボックスに格納してあるアイテムは前述の通りQAボックスと入れ替えなければ使用できないけれど、その代わりに百枠ある。
「初期アイテムは……傷薬とパンが三つずつ」
料理アイテムは基本的に時間経過で腐ってしまう。腐らないものは干し肉や乾パンなど保存食として分類されているものか、保存の追加効果が掛かっているものだけだ。
初期アイテムのパンはエンチャントが掛かっているので、自分でエンチャントが掛けられるようになるまではもしもの時のための非常食として取っておきたい。
「神のナイフ、ピッケル、アックス、シャベル」
これも前作と同じだ。
『神の』と大仰な名前が付いているけれど性能自体はゲーム内最弱である。
ただし、装備には必ず耐久値というものが存在しており、修理で回復することもできるけれど、使用するごとにどんどん減っていきゼロになると壊れる、という制限がない。
なぜならこれらには【不壊属性】という、文字通り『絶対に壊れない』という特殊性能が付与されているからだ。この【不壊属性】はイベント用キーアイテムなどに付与され、プレイヤーの意志で付与することは不可能である。
「スキルは……軒並みレベル一まで落ちてるし、初期スキル以外は消えてるね。まぁこれは仕方ないか」
メイキングマスターを目指すにあたり全てのスキルを取得かつレベルMAXにしたのだけれども、さすがにそれらを継承できたら『強くてニューゲーム』状態だ。それは新作だとありえない。
「とはいえなにか特典とかないかなぁ……おや?」
システムのあちこちを確認していたら、初期状態では空になっている装備欄のアクセサリ枠にアイテムが装備されていることに気付いた。ついでにいえば、首から紐でそれがぶらさげられていたことにやっと気付いた。
そのアイテムは。
「……ウロボロスリング……?」