神子の依頼
リオン視点に戻ります。
カミルさんは本当に興味本位なだけだったようだ。あの後も色々と雑談をして小一時間でお開きとなった。わたしが部屋に戻ろうとした時も不審さの欠片もなく笑顔で手を振っていたので、睡眠薬は無関係と判断してもいいだろう。
部屋に戻るとレグルスとリーゼはきちんと起きていた。二人にも耐性薬は問題なく効果を発揮してくれていたようだね。
いかにも怪しい人は誰も訪れていないとのことだけど……ひょっとしたら寝静まるのを待っているのかもしれない。一番の目的であるだろうわたしがまだ戻ってなかったのも理由の一つかな。
一応睡眠時の侵入者対策として、部屋を入ってすぐのところに頑丈な木の扉を設置して鍵も付けておこう。木だから鍵を無視して壊されるかもしれないけれど破壊音で絶対に気付くからね。窓も同じように塞いで鍵を付けて……完全に塞ぐと日の光が入らないから寝坊しそうだ。日の出を知らせてくれるセンサーも設置しておこうかな。ゲーム時代は夜間作業が大敵だったから逆に日の入りを知らせてくれるセンサーしか使ってなかったけど、作り方はしっかりと覚えていた。
あー、睡眠とか痺れ効果のあるガスを流される可能性もあるかな? 空気を浄化してくれる装置も設置しよう。設置型だから持ち運びは出来ないし範囲もまだ狭いけれど、今回はこれで何とかなる。
「そこまで対策しないとヤバい状況なのか?」とレグルスに引かれたけれど、睡眠薬を盛られたくらいだし念には念を入れないともしもの時が怖いからね。
翌朝。特に何事もなく日の出センサーの光で目を覚ました。目が覚めてすぐに扉と窓を確認したけど、破壊の跡もなく残ったままだ。耐久値も減っていない。
杞憂だったかな?と思ったのも束の間、リーゼの話によると深夜に扉の向こうでざわめきがあったらしい。しばらくガチャガチャしてから諦めたのか静かになったそうだ。全く気付かなかったよ……。なお、レグルスも気付かなかったそうだ。お互い精進しよう。
ともあれ……残念なことにカシム氏は敵確定だ。これで何事もなければものすごーく好意的に解釈して寝付きをよくするために睡眠薬を盛ったのかもしれなかったけれど、寝込みに侵入しようとするなんて害する目的でしかない。
あまりこの村に長居はしない方がいいな……。今のところは自衛出来ているけれども、ずっと気を張っていると休まらないし、どんどん手段が過激になってくるかもしれないからね。くそぅ、神子同士で技術交流をしたかったのに……!
もしくはカミルさんに警告して村の掃除をしてもらうか……? いやこれはもっとわたしが信用されてからでないと難しいかな。少なくとも誰が見ても決定的な証拠を出すか、肉親であるカシム氏以上の存在にならないと不信感を持たれるだけになってしまう。……次に睡眠薬盛られたら何とかして保管しておこう。
そんなこんなでモヤモヤを抱えたまま、朝食を摂るための食堂へ案内される。
既に着席していたカミルさんが笑顔で挨拶をしてきたのでこちらも何とか笑顔を作って挨拶を返す。カシム氏は居なかった。さすがに顔を出すほど図太くはなかったか。進んで会いたいわけでもないし、視界に入れて冷静で居られる気がしなかったのでこれはこれでよい。単にだらしなくて朝が遅いだけかもしれないけれど。
朝食におかしな薬は盛られていなかった。
「うわぁ、広い……」
「ハハ、これぐらい広くないと皆の食料を賄えないからね」
朝食の後、前日の約束通りに畑を見学させてもらっているのだが……見渡す限りの畑で一体どれくらい面積があるのか見当もつかない。わたしのところとは雲泥の差だ。住人の数が全然違うのだから当たり前だけどもさ!
レグルスとリーゼはグロッソ村の面積以上の畑を見て言葉もないようだ。ただただ目を丸くして呆然としている。日本人がアメリカの広大すぎる畑を見るとこんな感じになるのだろうか? さすがにヘリで農薬散布とかはしてないけれども。そもそもヘリがないのはさておき。
そこかしこに朝早くから精を出して働いている村人も見受けられる。おっと、あの村人が使ってる機材はわたしも作ったことがあるやつだな。見た目はちょっと違うけれども。畑を耕すのが楽になるんだよねぇ。
ざっくり見て回った範囲では、作られている作物の種類は半数くらいはゲーム時代にも見かけた物だったけれども、初めて見る物も多かった。さすが現実となると種類はドッと増えてくるか。
「えぇと……作物の種、もらえたりしません?」
見知らぬ作物となればどうしても疼いてきてしまう。しかしこのような地では食料は貴重だろう、易々と分け与えられるとは思っていない。
それでもおそるおそる尋ねてみれば、返って来たのは条件付き許可であった。
「いいよ。何なら育て方のメモもセットにしてあげようか。でも……一つ頼まれごとをしてくれないかな?」
「頼まれごと……? わたしの出来る範囲でしたら引き受けますよ」
「あぁ、それで構わない」
アイテムのためならえんやこら。好感度も稼いでおくに越したことはないしね。
とは言え一体何だろう? さすがにカミルさんの技術的に不可能なことをやらされるとかはないだろうけれども……まぁ出来る範囲で、と言質を取ったのでそう無茶振りもされないでしょう。
畑の見学の終了後、頼まれごととして連れて行かれたのは……水路であった。
入口が鉄の扉で施錠されているのは、水と言う生存に直結する貴重な物を扱っている施設だからだろう。覗き窓からは地下へと続く階段が見える。
カミルさんが鍵を開けて全員がくぐった後、護衛の人が(数名、これまで無言でずっと付いて来ていた)内側から施錠をする。……うっかり出られない、何て事態になったらどうしよう。帰還石でどうとでもなるけどそんな間抜けな使い方はしたくないな。
水路沿いに石で整備された道をカツカツと靴音を立てながら、奥へ奥へと進んでいく。
「向こうから水を引いて、村全体に行き渡らせているんだ」
「最初から水源の近くに村を作らなかったんですか?」
「その理由は後で話すことになるだろう」
しばらく歩いた後にまた扉があった。今度は入口に設置されていた物より重厚だ。鍵も大きく、三つも付いていた。横にもう一つ扉があって……こっちに錠はないな。
カミルさんは厳重に施錠されている方の扉の方に向かい、鍵を開けていく。この扉の先に何があるのか、やや緊張しながら先に進むと……少し開けた空間になっていた。
そして水路を中心に空間の大部分を埋めつくすほどの大掛かりな装置が取り付けてあり、装置の中心から水がコンコンと吐き出されている。
「これは……浄水装置?」
「その通り」
それ以外には考えられないと思いながら呟いてみたけどビンゴだった。
う、うぅむ、わたしが過去にゲーム内でだけど作ったやつより遥かにデカい。まぁ、こんなに大量の水を必要としたことがないからなんだけれどもね! ……などと無意味に張り合ってどうするんだ。
「えぇと、これの修理、とかですか?」
「いや、違う。ちょっとこっちまで来てくれ」
手招きされたのは装置の裏側で。
……そこには。
「……水が汚染されてますね」
柵越しに、わずかにであるが瘴気混じりの水が流れてきているのが見えた。
表からはわからなかった。完璧に水が浄化されている証拠である。
「あぁ、数年前から少しずつ汚染された水が流れてくるようになってね。リオンに頼みたいのは汚染の原因の調査なんだ」
えぇ……割と重大なミッションじゃないですか……?