この後の方針
協力については肝心のリオンと離れ離れであるので回答出来ず保留とし、協力するにしろ帰るにしろ、ひとまず休むためにと我とフリッカには別の小部屋を与えられた。おそらく、協力を明言していない者にチョロチョロされても困るので監視しやすくすると言う名目もあるだろう。
すぐ側で聞き耳を立てている者は居ないことを確認してから、フリッカに話を振る。当初はアイロ村の前に潜んでいた者から情報が得られればな、ぐらいの心算でフリッカを同行者に指名したが――我は頭を使うのが苦手であるし、レグルスとリーゼもどっこいどっこいなのである――このような事態になるとはな。元より我一人では決められぬことであるし、しっかりと意見を聞いておきたいところである。
「さてフリッカよ。どこまでが本当の話だと思う?」
「……少なくとも、ランガさんは事実……と認識していることを語っていると思います。真実はどうあれ」
ランガの話は『あくまでもリザード側において』と前置きが付くが、嘘は言っていないと感じたようだ。
アイロ村側の話を聞けばまた違った事実が出てくるのかもしれないが、聞きようがないのでそこは置いておく。
「ふむ。我も同じ印象であるが……であれば、神子が悪事を働いている、と?」
「私にはウルさんのように一目で性根を感じ取ったりは出来ないので断言出来ませんが、それも違うと思います」
「となると?」
「単純な話です。……村での意思統一がされていません」
フリッカが顔をしかめて、小さな声で絞り出した答えがそれであった。……そう言えばアルネス村も派閥とかで分かれておったのう……思うところがあるのであろうな。
現役の神子が居るのだ。神子を中心に纏まっているかと思えば、そうでもなかったと言うことか?
「村長として紹介されたカシムと言う人……あれはアルネス村の長老衆と同じで、騙す者の目です。これは間違いないでしょう。恐らく、一連のことに関わっているかと」
「ふむ。村長の方が暗躍しているとして……村人の方はどうなのだ? 小さな村ならともかく、あれほど大きな村で誰にも知られずに実行出来るわけがなかろう? 目撃されて、神子に通報されれば終わりではないか?」
「ここで、あの村の村長さんの言葉が真実味を帯びてくるのではないでしょうか」
「……あぁ、あれか」
アイロ村に向かう前に色々と話を聞いていたのだった。リザードではなく人間の話であったので意識から外れてしまっていたらしい。
神子は良い人であるが村長と手下は違う。そして神子にバレないように裏であれこれと行動しており、リザードの件もその範囲である、と。
「むぅ……彼奴は神子の血縁どころか、実の弟ではなかったか? よりにもよって神子、それも兄を騙すなどするのか?」
「……必要とあらば、肉親ですら騙しますよ」
そ、それは何とも世知辛いのぅ……。いや、実の娘であるフィンを害そうとする義父を持ってしまったフリッカだからこその言葉か。重みがある。
しかし神子とて無能ではあるまい。近しい者が悪事を働いていたら気付くはずであるが。
「例えばですよ? 私かウルさんが陰でこそこそしていたとして……リオン様が『悪事をしているのでは?』と疑うと思いますか? 悪事とまでは思わずとも『何をしているのか?』と尋ね、『何でもない』と答えられた後に疑い続けると思いますか?」
「……疑わぬであろうなぁ」
リオンと同じような性質を持っているとするならば頷ける。人が良ければ良いほど、疑わぬであろうし、疑えぬであろう。その上で手下を使って巧みに隠し、通報すら遮られているのでは気付かなくても無理はない、か。
神子も神子で節穴だと咎めるべきであろうが、真に咎めるべきはその善性に付け込んだ屑共の方であるしな。
頭の痛くなってくる予想を終え、この後どうするかの話し合いへと移る。
村長が元凶であると言うのはあくまでも予想だ。真実であればランガたちに協力するのもやぶさかではないが、現時点ではまだ無理である。モンスターなら勝手に倒したところで何の問題ないのだがのぅ……面倒なことに巻き込まれたものだ。
協力するべきか、帰るべきか。まぁ一度帰って、リオンも帰って来てから行動するのが確実か。
……と思っていたが、フリッカの意見は異なるようだ。
「神子様はともかく、村長派は潜在的な敵と仮定した方がよいでしょう。これまで通りであればリオン様は最低数日はアイロ村に滞在するものと思われます。警告を促すためにも、ダンジョンの捜索をして侵入するルートを探してみるのもよいかもしれません。ウルさんであれば村に入ってしまえばリオン様の元へ辿り着けるでしょうし」
それよりも夜闇に紛れて壁を越えた方が早いのでは……と言いかけてやめる。
神子の居る村の防壁なのだ。良くて警報、悪くて致死性のトラップが仕掛けられているかもしれぬ。今はまだ危ない橋を渡る段階ではない。
「リオンであれば抜け出して帰ってくるのではないか?」
「……みすみす手の内に飛び込んだ神子を監視もせずに放っておくことはないでしょう。抜け出す……正確には見つからずに帰るのが厳しい状況で帰還石を使うことは早々ないと思います」
帰還石は使う場所はある程度自由でも、出現する場所は創造神像の近くと決まっておるからのぅ。
それにしても……何だ、フリッカの思考がちょっと怖いのぅ……そのような発想もするのだな? と、冷や汗をかいていたのがバレたのか「私がまさに監視役でしたから」と自嘲されてしまった。
う、うむ、全てはアルネス村が悪いのである。どのみちフリッカの監視など大したものでもなかったし、今では十分以上の働きをしているからの。
咳払いをして話を戻す。
「えぇと、ルートが無かった場合はどうするのだ?」
「無いなら無いで仕方ありません。その場合は数日したら戻り、リオン様と相談をすればよいかと。あと、私たちの目的は侵入だけに留めて直接戦闘はしない方がよいでしょうね。住民の全てが敵ではないはずですし、下手なことをしてリオン様をわずらわせたくありません」
「わずらわせたくないのは同意であるな。すぐ帰ったところでやらねばならぬことがあるでも無し、その方針で行ってみるかの」
リオンが先に帰って我らが帰る前にまた出掛けてしまい、すれ違う可能性があるのは気掛かりだが……リオンのことだ、追いかける必要があるならレグルスかリーゼを残して移動手段は確保しておいてくれるだろう。
「と言うことでランガよ、住民との戦闘は出来ぬがダンジョンの探索は手伝おうと思う」
「……助かる」
「ただし、もう一つ条件を付け加えさせてもらえぬか」
「……内容による」
「もし村の内部に繋がったら、すぐに突入するのではなく、我がリオンとコンタクトを取る間が欲しい」
我らが協力したことでリザードたちとアイロ村の住民の抗争が激化しても困る。
とは言えただ待たせるだけでは納得せぬだろう。リオンに行方不明者の捜索を手伝ってもらうよう進言することまでセットにする。それで不当に捕えられている者たちが見つかり、アイロ村……高確率で村長共の悪事が明るみになればリオンとて確実に行動する。その方がリザードたちにとっても都合が良いはずだ。……逆に見つからなければ証拠不十分で動けないかもしれないのだが、さすがにその場合は我らにはどうしようもない。
ランガは我の出した条件に腕を組み、しばしの思考にふける。悩んでいるな、もう一押しするか。
「余計なトラブルを抱えこむと理解してなお、我の命を助け懐に入れる度量の持ち主であるのでほぼ動いてくれるぞ」
「会って数日の獣人やエルフのために体を張る人でもありますね」
おっと、フリッカからの援護が入った。
……そうであるな、あの拠点に住む者は皆リオンに助けられた者たちであったな。この場では口にはせぬが、神も、モンスターですら、助けておるな。
「……わかった。条件を飲むので、助力をお願いしたい」
「うむ、任された」
後日、見通しの甘さにより厄介な事態に陥ることになるのだが、この時の我に知る由もなかった。