一方その頃
第一話の投稿からちょうど一年が経ちました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。二年目もよろしくお願いします。
時を少し遡り。
リオンがウル、フリッカの二人と別れた頃まで話は戻る。
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「巻き込んですまぬの」
「いえ、大丈夫です」
未だに自分用の帰還石が作れないことの弊害がよもやこのような形で出るとは思ってもいなかった。
いい加減、魔石に魔力を篭められるようにならねばな……どうして何度やっても壊れてしまうのか。
リオン曰く、我の出力に魔石が耐えられない、もっと質の良い魔石を使えば出来るかもしれない、とのことだが……質の良い魔石は貴重品であるので試すに試せないでいる。
「どのみち、主はあの村に居ない方が良い気がしたしな……」
「……そうかもしれませんね」
あのだらしなくでっぷりと太った男の絡み付くような視線を思い出したのか、フリッカが顔をしかめる。リオンが一緒に居れば手を出させるはずもなかろうが、不快感が常に付き纏うのは避けようもなかっただろうよ。
それに、口に出しては言わぬが……万が一武力行使に出られた場合に咄嗟の行動が取れない者が居るのは危険だ。リオンも近接はやや怪しいが、護衛対象が一人ならリーゼが居れば何とかなる範囲だしの。
付け加えると、もう一つ頼みたいことがあったので、総合的に考えるならやはりフリッカに付いて来てもらうのが一番妥当であるか。
「私のことよりもリオン様が心配ですね」
「……リオンだしのぅ」
リオンは異なる世界で育ったせいか感覚とか常識とかがズレておるからの……我もあまり人のことは言えぬが。
神子としての能力については心配しておらぬが、どうにも何かしらやらかす気がしてならぬでな……。
同じようなことを考えたのか、フリッカと二人して苦笑をした。
「この辺りまで離れれば良いでしょうか」
アイロ村から離れ、小さな砂丘を越えて、村から我らの姿が見えなくなった位置まで歩いたところでフリッカが言う。
途中からリオンの方針が変わって、人前では帰還石を使わないようになったからの。我らもリオンにつられて感覚が麻痺してきておるが、このアイテムは便利すぎるのでその気持ちはわからないでもない。
だが、今回は目的が少々異なる。帰還石を取り出すフリッカの手を握り、使用を中止させる。
「重ねてすまぬが、用事に付き合ってほしい」
「……用事……ですか?」
とんと想像が付かないのであろう、フリッカが首を傾げた。目的の村は見付かった後であるし、リオンみたいに素材が欲しいのでもない限り砂漠に用事などあるはずもないしの。長居もしたくないし。
事前に話を通さず勝手な行動をしてリオンには悪い気がしないでもないが……『帰る』とは一言も言ってないのでな。
我は一つ頷いてから、更に続く砂丘――アイロ村方面とは違う方――を睨みつけ、叫ぶ。
「そこに隠れている奴ら、出てこい! 十数える間に姿を見せねば我らの敵と見做すぞ!」
「えっ」とフリッカが零すのを耳に捉えつつ、ゆっくりと数を数えていく。
いーち、にー、さーん……八まで数えたところで、砂丘からひょっこりと頭が二つ出て来た。見えた頭の造形にフリッカが目を剥く。
「っ!? ……リ、リザード、ですか……?」
「そのようであるな」
アイロ村の前に居た時からずっと気配はしておったのだが……渦中のリザードであったか。
一人は我と同じように頬に少し鱗がある程度であるが、もう一人が口が突き出ておりモンスターのリザード種に近い。単体で見れば勘違いする者も居るかもしれぬな。いや、そのためにも二人組で行動しているのか。
さて、何か情報を得られると良いのだがな。素直に出て来たからには敵対の意志はないのであろうが、友好的かどうかはまた別の話だ。
フリッカを背に庇うように移動してから、ゆっくりと砂丘を滑り降りて来る二人に向け、問う。
「答えよ。何故我らの後を尾けてきた」
「……女二人で砂漠を渡るのは厳しいだろう。村から十分に離れたら声を掛けるつもりだった」
「追い返されたお前さんならわかるだろうけど、俺たちは村の奴らに見つかるわけにはいかねぇんだよ」
「ふむ?」
帰還石に慣れた身であるので失念していたが、確かに砂漠を移動するのは一般的な旅人であれば辛いものがある。我らにはリオンが作った便利アイテムがあるのでかなり楽になっているとは言え、徒歩で帰るのは勘弁願いたいところだ。
「つまり、ただの親切心と?」
「そうだ。人間であれば見捨てたが……同胞であればそうもいかん」
……同胞。
我はぺたりと頬の鱗に触れる。
正直、記憶がすっ飛んでいるせいか我としては全くもって実感が沸かぬのであるが……無駄に敵対するよりは良かろう。敵対したところで我は痛痒を感じぬであろうが、リオンが気に掛けているのでな。ただでさえあの小さな双肩に大きすぎるものが乗っているのだ。負担を増やすようなことはしたくない。
「主らは何故あの場に居たのだ? 見つかりたくないのであれば、近付かなければよいであろう?」
「……」
再度の問いに顔を見合わせている。まぁ、たとえ同胞であっても会ったばかりの者に易々と気を許すわけがないか。
それでも即座に否を突き付けてこないのだから、迷っているのかもしれない。
腕を組んで待っていると、リザード顔の男――で合っている、はず――が口を開く。
「問いに問いで返すが……お前たちは何故アイロ村を訪れた」
「リオン……我らの神子が、あの村の神子に会うことを望んだからだの」
「……遠目には見たが、本物であったか」
今のご時世、神子が非常に少ないらしいからの。一つ所に二人の神子が集うのは相当に珍しいことなのだろう。
「ってことは、お前さんたちは……アイロ村に付くんだな」
「む? 付く、とは?」
「アイロ村の神子は俺たちを迫害している! その神子に会いに行くなんて、俺たちの敵になるってことだな!?」
もう片方の男が拳を握りしめ、悲痛な声で叫ぶ。怒り、悲しみ、失望――様々なものが篭められていた。
何の話か要領を得ないが……此奴、一つ気になることを口走ったな? だがそれを尋ねる前に鎮火せねばならぬな。
「待て待て。大前提を忘れていないか?」
「何をだよ!」
「リオンは、この我と一緒に居たのだぞ?」
「……あっ」
俺たち――リザードを迫害する意識のある者が、リザードを供になど連れているわけがない。
そんな単純な話にやっと気付いたのか、男の勢いはそれこそあっと言う間に削がれていった。
「そもそも我らは今日初めてアイロ村を訪れたのだ。アイロ村の状況も、主らの状況もさっぱりわからぬわ。知っていればリオンも我を連れて行かなかっただろうな」
「そ、それもそうか……早合点してすまねぇ」
我の指摘に素直に頭を下げてくる。ふむ、何となくレグルスに似ておるの。
リザード顔の男の方も何某かを企むような気配はせぬし、きっちり伝えておく方が今後のためになるか。
「リオンは決して種族だけで判断をせぬ。主らの方からリオンに敵対しようとせぬ限り、リオンが主らに敵対することはありえぬ」
リオンは種族じゃなく相手の態度で対応を変えているからのぅ。当たり前と言えば当たり前であるが、その『当たり前』をどこまででも適用するのが驚愕に値する点だ。
さすがにゼファーを招き入れるなんて、リオン以外にやってのける者は居ないのではなかろうか。
誰であろう我が断言したことによりリザードたちも納得したのか、纏う空気が柔らかくなったように感じられる。
「……俺たちが何故アイロ村を訪れたか、だったか」
「うむ。先程迫害と言っていたが……それに関係するのかの」
「……話せば長くなる。砂漠に突っ立ったままだと暑いし、アイロ村の奴らに見付かっても不味い。移動するぞ」
そう言ってリザード顔の男は我らの返事を待たずに背を向けた。
ふむ、もしや此奴らの村か隠れ家のような場所に連れて行く気なのだろうか。だとしたら随分と大きく信用されたものだな。
こちらも歩き出す、前に、ちらりとフリッカに目をやる。
「……話が転がってしまったが……良いかの?」
「……ウルさんが居れば何処でも大丈夫でしょう。私も気になりますし」
「うむ、任せるがよい。軽々に主を傷付けさせぬよ」
我らは頷き合い、後ろについて歩き始めた。