拭いきれない疑惑
「……は?」
「ちょ、ちょっと、これ飲んじゃいけないヤツ!?」
わたしの答えにレグルスはポカンと口を開け、リーゼは椅子を蹴倒す勢いでテーブルから離れた。
自分がそうさせておいてなんだけど、あまりに大きな声を出すと誰か来てしまいそうだから、しーっと口元に指を当ててから落ち着くように促す。
「ごめん、慌てなくていいよ。これは大丈夫。ただの疲労回復で中毒にはならないから」
首を傾げる二人に、どう言うことなのかを説明していく。
ロカルの葉は乾燥させて刻み、お茶として淹れる方法では疲労回復の効果が付与される。大量摂取すると危険であるけれども、おなかがはち切れるほど飲んだところで危険域には到達はしない。
元より薬と毒は紙一重って言葉があるくらいだし、どんな食物だって、薬だって、適切な量を超えて摂取しすぎれば体に毒なのだ。塩分の摂り過ぎで高血圧になったり、頭痛薬の飲みすぎで頭痛になったり。
まぁそもそもロカルの葉は特殊な処理をしなければ少量摂取しただけでも危険になる麻薬には変化しないのだけれども。
だから……ロカルの葉を栽培してるだけでは、怪しいとは言い切れない。
処理の仕方によってはLP小回復+恐怖耐性が付与されるポーションを作ることも出来るしね。
……恐怖耐性と言うのがまた、過去に軍人に摂取させて特攻させた、って話を思い出して何ともモニョモニョするところだけれどもさ。
ともあれ、麻薬になる、ってだけでキナ臭い話になってくる。
摂取すれば疲労回復――体に力が漲ってくるのだけれど代わりに体内に小さくはないダメージが蓄積されるし、使用し続ければ確実に廃人になるのだ。
一度中毒症状に陥れば、わたしのポーションでも回復させるのに長い期間を要するだろう。
……んん? つまり、神子のポーションで適切に薬を抜いていれば、メリットだけが享受出来るのか……?
アステリアの倫理観は元の世界と同じではないし、必要とあれば使う、と言うのは、間違ってはいない……?
……これだけでは何とも言えないな。帰ったら地神に聞いてみよう。神様が容認してるならわたしが口出ししても仕方ない。
それはそれとして……念の為に防御手段を講じておいた方がいいかな。
わたしはアイテムボックスから聖花のドライフラワーを数種取り出し、花びらを毟る。毟った花びらにわたしのMPを篭める。最後にそれらを小さな袋に詰めて、紐を通して首から掛けられるようにした。
「よし。二人とも、これを他の人にはバレないように胸元に隠しておいて」
「これは?」
「万能耐性薬。袋を握り潰して、花びらを粉砕すると効果が発揮されるよ」
「……そんな簡単に出来るものなんだ?」
リーゼは乾いたような笑いを向けてくるけれども、これは万能であって万能ではないのよね……。
「ただし効果は一時間しかないからご飯の直前に使用してね。後、万能と言ったけど万能耐性薬の中でも低ランクだから、あんまり強い状態異常には効果ないから気を付けて」
「……リオンさんは、晩御飯に毒が仕込まれると思ってるの?」
「……念の為だよ、念の為」
たとえ毒のつもりでなくても、ロカルの葉のようなものを少量ずつ多くの食べ物の中に入れられ、結果的に大量摂取することになる、とかもあるかもしれないしね。
「気を付けて、って一体どう気を付ければいいんだ?」
「……んー……まずわたしが最初に食べ物を調べるから、勧められてもすぐには口を付けない、とか?」
いくらまだ未熟とは言え、そこまで強力な状態異常付与された物を、神子に見抜けないほどの高度な偽装が出来るヒトなんて居ない、はず。
……神子が関わっていたとしたらお手上げかもしれないけれど……。
食べてもいないのに痛くなりそうな胃を押さえながら、わたしたちは晩餐へと挑んだ。
晩餐会は二十人弱の人数で行われた。
縦長の配置で、カミルさんが上座の中央に、わたしがその隣、反対側の隣にカシム氏が座っている。
わたしが居る側の角にレグルスとリーゼが座り、それ以外の開いた場所に村人代表――百人毎に一人選出しているとのことで、十二人居た――たちが座っている。他には給仕さんが数名忙しそうに歩き回り……護衛なのか、武器を持った数人がドッシリと構えている。外ならともかく内側に待機しているなんて、一体何を警戒しているんですかねぇ……。
旅の神子と言うことで歓迎のムードに包まれ、自己紹介の後に和やかに食事が始まった。
食事風景は中東風で、床に敷かれた絨毯に座り、中央に数々の料理の載った大皿が所狭しと並べてあった。各々で取り分けて、上座の三人は給仕さんによって取り分けられて食べることになる。うーん、実に美味しそうである。ロカルの葉のことに気付かなければ純粋に味が楽しめたのだろうか、ちょっと残念だ。
笑顔を浮かべカミルさんと会話をしながら食べ物を確認し、レグルスとリーゼに目線でOKを送りつつ、更に念を入れて口に含んでからもゆっくり噛むことで内容物に異常がないかを確認し、とせっかくの料理なのに楽しむことが出来なかったからね……。くそう、今度拠点の皆でパーッと食事会をやろう、そうしよう。
なお、案の定ロカルの葉が混じっていたが、中毒になるレベルではなかった。……中毒にはならないけど、使いすぎじゃないですかね……? そんなに美味しいモノでもないのに。文化と言えばそれまでなのだけれども。
会話の内容はわたしが今までどのような旅をしてきたか、の比重が多かった。わたしはカミルさんが何を作ってきたのか気になっているのだけれども、興味の矛先が村人さんたち含めて多勢に無勢(?)だったのだ。
ただ、馬鹿正直に全てを語ってはいない。話を盛るどころか逆に控え目に話したり、ゼファーやジズーのことはもちろん、地神を解放したことも語らないでおいた。
わたしの神子歴が六年――ゲーム時代を含めているし、大いにサバを読んでいる――と伝えた時に、わたしがほぼ見た目通りの小娘なのだと大半の人が侮りを見せるようになったからだ。経験が浅いのは事実だけれども『小娘に地神様の加護など分不相応だ、今すぐにこの村にお連れしろ』などと言われかねない。地神の意向を伝えたところで納得してくれるかどうか怪しい。
カミルさんはニコニコと「若いのに頑張っているんだね」と感心していたけれども、同じように好意的な村人さんは二・三人くらいだし、段々と居心地が悪くなってきた。
そして……その原因の筆頭がカシム氏であった。
少女――わたしは見た目はともかく中身は少女と言えないけど、リーゼは確実に少女の範疇だ――が同席している席だと言うのに、露出のやや多い綺麗な女の人をすぐ傍に侍らせてお酌をさせている。しかもさっきから体触ってるの見えてるんだぞこのスケベジジィ。と言うか誰も注意しないとか、この村でこんな光景は普通なの?
まぁそれだけなら見なかったフリでスルー出来たかもしれないけれども。
「ほほぅ、それはそれは、苦労なさったのですね。さすがに兄上のようにはいきませんか」
「兄上であれば楽だったでしょうに、大変そうなことです」
などなど、ことあるごとに兄上を上げてわたしを下げてくるのだ。
これがナチュラル見下しならまだしも(それはそれでイラっとくるけど)、嫌らしい目付きを見れば意図的に発言をしているのは明らかだからね。
……逆にウルとフリッカが居なくて良かったかもしれない。とてもじゃないけど見せられないし聞かせられないよ……はぁ。
そんな風にわたしを扱き下ろしておきながら、神子と言う立場であることだけは見逃せないらしい。今度は呆れるようなことを言い始める。
「ところで神子殿、このアイロ村に腰を落ち着ける気はありませんかな?」
「……はい?」
『散々けなしておいてどの口が?』と返さなかったことを褒めてほしい。
わたしは気力を総動員して、困ったような笑顔を作りながらやんわりと拒否の意を返す。
「申し訳ありませんが、わたしには創造神様にいただいた指令がありますので――」
「無礼を承知で申し上げますが、今の神子殿の実力ではこの先お亡くなりになってしまうのでは? 兄上に師事するのも良い手だと思いませぬか?」
『本当に無礼ですね』と返さなかったことを以下略。後者は善意のつもりですかね? 善意だとしたらその目付きを止めましょうね?
カミルさんにあれこれ教わるのはとても興味深いけれども、創造神の願いを叶えるための旅を辞める気などあるわけがない。とても神子の家族の発言とは思えない。
引きつりそうになる口元を抑えるために沈黙を保っているうちに……更に余計なことを続けてくるのだった。
「今なら見目の良い、神子殿に尽くす男をいくらでも差し出しますぞ?」
……アァン?