確執と違和感
「……彼らもね、最初は友好的に接触してきたんだよ」
カミルさんからの話をまとめると、こう言う話らしい。
初めにリザードたちがアイロ村を訪れたのは十年近く前のこと。アイロ村に神子が居る、との噂を聞きつけてやって来た。
リザードたちも自分たちが嫌われやすい種族と自覚していたのもあり、終始控え目な態度だったそうだ。神子の機嫌を損ねてはいけないと言う思いもあったのだろう。
カミルさんは元々リザード族を敵対視しておらずにこやかに対応、少しずつリザードたちとの友好を深めていった。
しかし……それはカミルさんの方だけだった、らしい。
カミルさんが大人しいのをいいことに、リザードたちは次第に増長していった。最初は『お願い』だったのが『要求』に変化していった。
いい加減耐えかねて要求を突っぱねたら、今度はなんと暴力に訴えてくるようになった。
脅す、暴力を振るう、強盗をする……やりたい放題してきた。
『もう無理だ』。そう痛感したカミルさんはリザード族を出禁にし、それでもなお敵対行動を取った時は捕まえて強制労働させるようにした。
「それでもちゃんと刑期を終えたら解放……まぁ村から追い出すだけなんだけど、返してはいたんだよ。そうしたら次は濡れ衣を着せてくるようになってね……」
「濡れ衣?」
「『奪うな、返せ!』ってね。確かに一時拘束はしているけど、死刑にするほどの大罪は犯してないので最終的には返しているし、そもそも奪ったのはあちらが先なんだけれどな」
「それはまた……随分と勝手な話ですね」
「あぁ。追い出した後は全く関与していないので、道中モンスターにでも襲われて帰ることが出来なかったんだろう。しかしその責任を求めてくるのはお門違いだろう?」
なるほど、これならばアイロ村の人たちがリザード不信になってもおかしくはない。カミルさんがウルを……わたしを通してだけど、信用出来ると言ってくれたのが不思議なくらいだ。
ただし……残念ながら、この話が全て事実とは限らない。
わたしはカミルさんの言い分しか聞いていない。アイロ村に都合が良いように事実が捻じ曲げられている可能性だってある。
リザード側の話も聞いておきたいところ……はてさて、リザードたちはどこを棲み処にしているのやら。そのうち探してみるかな。
わたしがこの諍いを解決する義務はないと言えばないのだけれども、誰の得にもならない行為で誰もが疲弊するだけなのも寝覚めが悪い。
……ん? 誰かの得になる?
まさか……思考能力のあるモンスターが暗躍していたりするのだろうか。
リザードが暴れるのが事実だとしても、いくら何でも短絡的すぎるし、愚かすぎる。敵ではなかった、よりにもよって神子を敵に回して一体何のメリットがあるのか。
しかし、猜疑と破壊が繰り返されればそれは創造神側の不利となるのだから、破壊神側のメリットとしてはありえなくもない。
何らかの方法で操られている線もあるか……? まぁ最悪リザード族が破壊神側に付いた可能性もあるのだけれども。
ウルも『変な臭いがする』と言っていたし、これはいよいよ裏があるかもしれないな。
生産区を一通り見終わって、村の中央、カミルさんたちの屋敷兼今日の宿へと向かう途中、創造神の像があったので祈らせてもらった。
「神子だと祈らずにはいられないよね」とカミルさんが笑う中、こっそりと帰還石を作成していたので少しばかり胸が痛まないでもない。
わたし以外の神子は帰還石が本当に作れないのかどうか気になるけれども……今は聞くのはやめておこう。
これから先、神子同士で交流を続けることになるはずだ。その過程で彼の人となりを判断してからの方がいいだろう。
それにしても……かなり立派な祭壇だなぁ。
祭壇の中心に大きな、十メートルはありそうな創造神の像。そして創造神を取り囲むように、創造神より少し小さいけれど六神全ての像が設置してある。
台座にも立派な装飾がしてあり、こまめに修復しているのかヒビもなく、汚れも少なかった。土地柄砂が付くのはどうしようもないみたいだけど。
「ん? これくらい普通じゃないのかい? ……あぁ、神子が居ない村だとそうでもないか」
うぐ、と呻くのを何とか堪えた。
神子がいる拠点は未だに創造神と地神とおまけの風神の像しかありませんからね……!
地神も後でいいと言ってたしさ……やはりわたしには信仰心が足りないのかしらん……。
晩餐までもうしばしお待ちください、と先に部屋へと案内された。
わたし一人だけ特別な部屋を用意しているみたいだったけれど「彼らと一緒の部屋がいいです」と固辞したら変な目で見られてしまった。渋った後に了承はしてくれた。善意(多分、きっと)を無駄にしてごめんなさい。でもウルも居ないし、危険があるかもしれない村で一人でなんて居たくないからね……。
男の子と一緒になってしまうけど、衝立でも立てておけば大丈夫でしょう。彼にそんな意識など全くないのだから。あればきっとリーゼも苦労しない。フリッカもそれくらいではヤキモチを妬かない……はず。
テーブルに用意されたお茶を調べ、特に不審な点はないことを確認してからレグルスとリーゼにも勧める。
「さて……二人は何か思うところはあった?」
リザードに関しては話半分に判断するくらいがよいかも、とわたしの考えを話しておいてから、改めて二人に問う。
わたしとはまた違った印象を抱いているかもしれないし。
「うーん……」
「リザード族の件はひとまず置いておくとして、神子様は普通に良い人そうだったよね」
「そうだね」
リーゼの感想にわたしは頷きを返した。そこは同意である。
わたしに人を見る目があるとは言い切れないけれど、大前提として彼は『神子』なのだ。すなわち、創造神に選ばれた人なのだ。
早々におかしなことをやるわけがないし、万が一怪しいところがあるとしたら創造神から警告がある、はず。
神子と名もなき村の村長、どちらに重点を置くべきかと問われたら当然前者と答えるべきだ。
なのだけれども……この引っ掛かりは、どこから来ているのだろう。
「んー、オレの気のせいかもだけれども」
「ん? どんな内容でもいいから言ってみてよ」
絶対に笑わないから、と促し、腕を組んで唸っていたレグルスが自信がなさそうに話したことは。
「なんか、オレたちは歓迎されてない気がする」
「……ん?」
「や、単純に『誰だこいつら?』ってなってるだけなんだろうけど」
「まぁ……確かに、見知らぬヒトが神子と一緒に歩いていればそんな顔もされるかもね?」
リザードの件で余所者に冷たくなっても仕方がないと言える。
でもそれをわかっていてなおレグルスがそう言うのだから、気に留めておいた方がいいかな。
ズズ、とお茶を一すすり。釣られてリーゼもカップに口を付けようとして……寸前で止めた。
「どしたん? 苦手な匂いだった?」
「ううん、そうじゃないけれど……この匂い、さっき強制労働させられてた人たちから臭ってたのと同じだな、って思って」
「……え? どんな匂い……ってこんな匂いか」
鼻を鳴らしてみるけれども、ハーブっぽい匂いがするだけだった。味も僅かな苦味はあったものの、爽やかではある。
うーん……地下採掘で汗を掻いてたから匂い消しに使用されていたとか……?
さっき確認した時は毒物ではなく『疲労回復効果がある』って説明があったし、おかしなところは別になかったんだけども……もうちょっと詳しく調べてみるか。
おそらく植物が原材料だろう。もう一口含み、味を元に原材料を地神にもらった知識から検索する。行き着いた先は――
「ブフッ――」
「おわっ!?」
「リオンさん!?」
思わず吹き出してしまった。
掛かりそうになったレグルスが慌てて避ける。ご、ごめんよ。
「げふげふ……あー……これ、原材料にロカルの葉が混じってる……」
「ロカル……何だそれ?」
口元とテーブルを拭い、わたしは苦々しい顔でレグルスの疑問に答えた。
「……麻薬の材料」