越えさせたい一線?
『私からにしてください』……だってぇ……!?
……ねぇ待ってマッテ、どこからそんなぶっ飛んだ発想が出て来たのさ!?
いくら不安がっていようと何だかんだでわたしならしないでしょう、って信頼の現れ?
もしくは最初のハードルを高く高く設定することで、致命的な一線を越えさせないようにする作戦?
わたしはフリッカの信頼を踏みにじりたくないし、傷付けたくもないからある意味とても有効かもしれないけれども……!
「何です? 私の体は欲しくないですか?」
「誤解を招く言い方ァ!!」
素材としては絶対に欲しくはないのだけれども、言葉のチョイスのせいで完全否定するのも躊躇われる……!
一線ってそっちじゃないから!
越えさせたいのか越えさせたくないのか、わたしにはもうワケがわからないよ!!
い、いやいやいや、わたしが勝手に連想してしまっただけで、きっとそんな意味はないはず……あれ、これはつまりわたしがムッツリなだけか……? 興味がないフリをして実は、みたいな……って言うか別に興味がゼロってわけでも――
これまでの悩みは一体何だったんだ、とでも言いたくなるくらいにアホなことで頭の中を混沌とさせていたら。
トン、と肩を軽く押された。
絶賛混乱中のわたしは抵抗することも出来ず、後ろに倒される。
ベッドなので痛くはない、のだが。
「そこで『要らない』とはっきり言わないのは……多少なりとも考えてくださっているのでしょうか?」
こんな言い方をするってことは……え? わたしの脳内がアレなだけじゃなく、実際にそっちの意味も混じってた……?
「……あ、あのー……フリッカさん? ……もしかして、計算して言ってました……?」
「さぁ、どうでしょう?」
わたしの顔の横に手を突き、覆いかぶさるような姿勢になったフリッカは曖昧な笑みを零す。
え、えー……待って? どうしてこうなった? さっきまでのシリアスはどこ行っちゃった? いや方向変わったのはわたしのせいだし、これはこれで緊迫してはいる、けれども。
「リオン様、知っておいてください」
フリッカがわたしの頬に手を添える。
視線を逸らすのを、許さないように。
吐息すら掛かるほどに顔を近付けてきて、小さく、でも大きな情感を篭めて、フリッカは囁いた。
「私は、貴女が凶行に及んだとしても味方であり続けます」
「……っ」
これは……わたしを安心させるようでいて、逆に『裏切ってはいけない』と強烈なプレッシャーをかけられている気分になる。
言葉通りの意味であり、一切裏はない、本人にその意図はないのだとしても、だ。
フリッカであれば本当に、わたしが何をしたところで味方でいてくれるのだろう。そもそも裏切ったと認識さえしないかもしれない。
けれどそこで思考停止をしてはいけない。常に自制を試されている。
ブレーキが壊れることを恐れるわたしに代わってブレーキになってくれるわけではない。だから絶対に壊してはいけないのだと。
そんなわたしの緊張が伝わったのか、フリッカは苦笑しながら付け足してきた。
「でも、絶対にそうなりたくないのであれば……ウルさんに頼むのも手でしょう。きっと貴女を引っ叩いてでも止めてくれますよ」
「……あー……」
言われてみればそうだ。
神子であるわたしを無理矢理にでもブレーキをかけられるのは神様たちくらいしか居ない、と言うのは勘違いで、どう足掻いても勝てっこないウルが居るんだった。
意識レベルでそう陥らないようにするのが虚しくも無理だったとしても、実行不可能な状態にすることなら出来る。
純然たる力によって。
その強さは幾度も強力なモンスターをなぎ倒し、わたしを救ってくれた折り紙付きで。
……引っ叩かれて死なないように気を付けなければいけない、と言う意味で自制を求められるパターンか? これ。
どうして抜け落ちていたのだろう。本当にわたしの頭はどうにかしていたんだな。
そこでやっとわたしは体の強張りが解けてホゥ、と一息吐いたのだが、反対にフリッカは少しばかり頬を膨らませて。
「……自分で提案しておきながら言うことではないかもしれませんが……私では安心していただけなかったのが、少し……いえ、かなり妬けますね」
「え、えぇ……ご、ごめんなさい」
確かに、ここまで親身になって、根気強く話を聞いてくれたのはフリッカだ。
ウルの話を出した途端に解決を見せたのであれば、彼女からすればあんまり面白くない事態でしかないだろう。
「いいえ、許しません。そうですね……先ほど汚されてしまいましたし、罰でも受けてもらいましょうか」
「う、うぐ……そこも非常に申し訳なく――っ」
わたしは今日フリッカにヒドイことばっかりしているな……罰したくなるのも致し方ないか……!としきりに反省しながら口を開けば……最後まで言う前に塞がれてしまった。
フリッカの唇によって。
「っ!? ちょ――」
「待ちませんよ。罰ですから」
一瞬離れたかと思えば、宣告をしてからまた口付けられる。
どちらかと言えば遠慮しがちなフリッカにしては珍しく、何度も繰り返される。
軽くついばむ程度で激しくはないけれども、何度も、何度も。
「~~~~っ」
意気地のないわたしは、ただされるがままだった。
自分の方からしてあげることも、抱きしめてより深く受け入れることも出来ずに。
……未だに慣れてなくて平静でいられなくて、何かする余裕が頭になかっただけ……は、ただの言い訳か。
せめてもの抵抗……ではなく無抵抗として、フリッカの手に自分の手を重ねるだけで精一杯だった。ギュっと握り返されたので、間違いではなかった、とは思う。
「……はぁ……」
長いような短いような時間が経ち、満足したのか、フリッカはやたら熱っぽい吐息を漏らしながら身を起こした。
わたしは情けなくも息切れをしており、空気を求めて荒っぽく呼吸をする。頬が熱いのはもちろん酸素不足ではなく、興奮……と言うか、何と言うか、その、うん、そんな感じで。
改めて行為の恥ずかしさを自覚して、半ば無意識に口元を押さえながら声をかける。
「……あの」
「……勢いでやってしまいましたが……怒りました……?」
「う、ううん、そうじゃないよ、大丈夫だよ。……えっと、その……」
不安そうに言われてしまったので慌てて否定はするけど、チキンなので直視出来ないでいる。口調だってしどろもどろで。
……こんな態度が多いものだから遠慮させているんだろうなぁ、などと思いながらも、それでもやっぱり目を逸らしたまま。
「……べ、別に、罰とか、口実を作らなくても……したい時にすれば良いのに、って。……きみは、紛れもなくわたしのお嫁さんなんだし……」
「――」
フリッカがフリーズした気配がする。
……そんなに意外だったのだろうか。
その、拒絶した覚えは全くないのだけれども、わたしがヘタレすぎるせいで、ほぼ何もしていないせい、かな。
もうちょっと要望?に応えてあげた方がいいのかな……いやでもやっぱり恥ずかしい……まだムリぃ……。
そんな風に自分の羞恥心と戦いを繰り広げていたら、クスクスと笑い声が聞こえてきた。ぐぬぬ……!
そして今度はわたしの方が、フリッカにフリーズさせられることになる。
「随分と魅力的な提案ですが、また今度にしましょう。廊下でウルさんを待たせているようですので」
「……え゛っ」
だから何だと言う話ですけど、一連の内容で予定よりマイルドにした部分とハードにした部分があります。