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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第四章:熱砂の蹂躙された眠り

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ヒトでなし

 間に合わなかった。


『……アンタたちがもっと早く来てくれれば……!』


 キリク少年の恨みがましい声が脳裏に再び流れる。

 彼の言葉は筋違いではあるかもしれないけれども、それは事実を突いていた。


 実際に、わたしが後少し早くあの村を訪れていれば、彼のお兄さんは死なずに済んだだろう。


「リオン様」


 フリッカが咎めるようにわたしの手を引く。また考えていることが顔に出ていたのだろうか。

 わたしはそれに小さく首を横に振って答える。すると、手を握ってくる力が少し強くなった。


「わかってる、わかってるんだよ……。わたしだけでは、全てを救うことなんてどう足掻いても無理なんだ、って」


 いくら神子としての力を持っているからって結局のところ、わたしはちょっとモノ作りが出来ることを除いてヒトと大して変わりがない。ピンチに颯爽と駆け付けるスーパーマンなどではないのだ。わたしの目と手の届かない場所で悲劇が起こったとしても、当然ながら何も出来やしないのである。

 ウルの言った通り未来予知なんて尚更出来っこないのだし、住人たちは神子わたしに頼らず、自分たちの身は自分たちの手で守ってもらわなければいけない。これはモンスターのはびこるこの世界アステリアでは言われるまでもない義務だろう。死んでも自分たちの力のなさ、もしくは運が悪いのだ。


 でも、それでも。


「さすがに……目の前で死なれるのは、堪えるかも」


 住人がモンスターに殺されたとしても、わたしに責任はない。

 そう割り切ることは、出来そうにない。


 日本に住んでいた頃でさえ目撃したことはないものの、毎日何処かで誰かが事故や病気で死んでいて。ニュースで知っても「ふーん」くらいの反応でしかなかった。

 所詮見知らぬ他人が死んだところで、自分に大した影響はない。

 モンスターの死体をたくさん見てきたことでグロ耐性だって付いた。

 そう思ってたけど。

 ヒトの死体を見たのは、今日が初めてで。


 まさかこんなにも、モンスターの時とは違うなんて、思っていなく――


「……あ、れ……?」

「リオン様……? どうされましたか?」


 引っ掛かりを覚えた。

 フリッカがわたしを呼ぶ声が聞こえたけれども、頭が混乱していてすり抜けて行く。


 えっと、待って。今わたし、何て考えたっけ?

 ドクドクと、やけに大きく聞こえ始めた脈拍音に邪魔されながらも、ついさっき思い浮かんだばかりで消えていきそうだったそれ(・・)をゆっくりと手繰り寄せていく。

 ……いっそ正体を知ることなく手離した方が楽だったかもしれないのに、火中の栗を拾うかのように。


 えぇと……何だっけ……。そう、そうだ。

 『モンスターの死体と、ヒトの死体では違う』と――


 ――あ。


「あ、あ、あああ……ああああああああああっ!!?」

「っ!? リオン様!?」


 『モンスターの死体とヒトの死体では違う』だって?


 そうではなかった。


 『モンスターの死体と、ヒトの死体は違わない』ように見えたのだ。

 もちろん生物としての構造は違うのだけど、そう言うことではなく。


 つまり。


 ヒトの死体が(・・・・・・)素材に見えてしまった(・・・・・・・・・・)のだ。


「――うぶぇっ!」


 あまりにも醜悪な自分の思考回路に、今度こそ堪えきれずに胃の中のモノをぶちまけてしまった。

 夕食だったものを全て吐き出して、胃液を残らず吐き出して、吐いても吐いても吐き気は収まらず。

 吐きたくて仕方がなくて――いくら吐いても自分の醜さがなくなるわけでもないのに――ついには自分のお腹を殴ろうと手を振り上げて――


「リオン様、おやめください!」


 力一杯に勢い付けて降ろす寸前、腕を掴まれ、頭から抱きしめられた。

 その力はフリッカのものとは思えないほどに強く、痛みと温もりで、失われていた理性がわずかに取り戻される。

 それでもしばらくの間はお腹をぐちゃぐちゃにしたい衝動に駆られていたけれども、その間ずっと抱きしめられていたこともあって叶わず、次第に薄まっていった。


 力が抜けたことによりわたしが大人しくなったと悟ったのか、フリッカは腕を離さないようにしながらも、そろりと体を離していく。


「あ……」


 離れたことで開けた視界に映った光景に、茹だっていたわたしの頭がサッと冷えた。

 フリッカがわたしの吐瀉物で汚れてしまっていたのだ。目の前に居たのだから当然の帰結か。唐突だったので避けることも不可能だっただろう。

 申し訳なさに俯き……いやそんな場合じゃない、早く拭かないと……あと着替えを……と、謝罪も出来ないままにおずおずとタオルを差し出す。

 文句の一つも言ってくるかと思ったけどそのようなことはなくフリッカは無言でタオルを受け取り、それで自分を拭く、のではなく、わたしを拭き始めた。


「ま、待ってフリッカ。まずは自分を――ふがっ」

「知りません。聞きません」


 尖った声で返事をしながらも、わたしの顔をごっしごしと――ちょっと痛い――拭いてくる。

 お、怒ってる……? そりゃそうですよね……突然汚物をぶっかけられたら誰だって怒りますよね……!

 でもやっぱりこのままだと座りが悪すぎる。もう一枚タオルを出して、拭かれながらもフリッカを拭こうとした。のに、タオルを取り上げられてしまった。あ、あぁー……。


「リオン様。私のことはいいのです」

「い、いや、でも」

「それよりも。……落ち着いたのでしたら、どうしてこうなったのか話していただきたいのですが」


 当たり前の要求であったが、うぐ、と言葉に詰まる。

 ……いくら何でも下衆すぎる内容に『知られたら嫌われるかも』と言う不安がうごめいたのだ。

 どうしたものか、視線を泳がせ、口をもごつかせるわたしであったが。


「話さないのでしたら……罰としてこのまま服を脱がせて無理矢理押し倒しますよ?」

「一体どう言う理屈なの!?」


 ば、罰って……わたしが全面的に悪いのは認めるけど、きっかけが嫌すぎるよ!

 と言う情けない気持ちと、こんな本性を隠したままこの関係性を続けるのもそれはそれで酷いだろう、と言う心苦しい気持ちが混ざって、白状せざるをえなかった。

 ……けどまずは着替えてからね……。



 拭いて、着替えて、備え付けの洗面台でうがいして、シーツも交換して……汚した物はひとまずアイテムボックスに突っ込んで後で洗濯か処分をしよう。

 お茶を要望されたので用意して、一緒に飲んで。

 このまま弛緩した空気に流されてうやむやになってくれないかなぁ、とダメな期待が頭を過ったりもしたけれども許してくれるはずもなく。


「そろそろ良いでしょうか?」

「…………うん。じ、実は――」


 わたしが唐突に錯乱した理由を、また吐かないように深呼吸しながら、慎重深く話していった。


「人が素材に見えた、ですか……」


 フリッカの反芻に身を固くする。地獄の沙汰を待っている気分だ。

 固唾を吞み、何を突き付けられても受け入れられるよう覚悟を決めていたのだけれども……出されたのは判決ではなく、疑問であった。


「リオン様は動物を解体して素材にしますよね?」

「う、うん? そうだね」


 意図が読めないままに素直に答える。

 わたしの答えにフリッカは頷き、続けて……とんでもない疑問をぶつけてきた。


「では……動物を素材として見るのは良しとして、人を素材として見るのは悪しとする、この二種間での違いは何でしょうか?」

「……はい?」

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[一言] >では……動物を素材として見るのは良しとして、人を素材として見るのは悪しとする、この二種間での違いは何でしょうか? うむ。 現代でも臓器移植をはじめとして、人間を素材にしてますな。 遺骨を…
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