いざ砂漠へ
「……砂漠の移動って、もっと辛いものだと思ってたんだけど……」
何やらリーゼがそんなことを呟いているけれども……まぁ、ガマン(?)してほしい。
一休みして英気を養ったわたしたちは移動を再開した。
山を下りてしばらくはゴツゴツした岩場が続いていたけれども、じきに一面の砂へと変わっていった。
砂漠と言えば、昼は灼熱、夜は極寒で、このアステリアでも例に漏れず、長居はしたくない気候だ。
今の時期はまだ秋に入ったところであるし、日の高いうちは体力の消耗が激しいので日陰になる場所もしくはテントなどを張って休み、夜になったら移動する、と言うのがセオリーだろう。
しかしアステリアにおいては夜はモンスターの活動が活発になりまた違った意味で危険になる時間でもあるので、どちらを選ぶかは悩ましいところだと思われる。……まぁそもそも移動する人が居ないのでは?と言う疑問はさておき。
わたしはモンスターの方が厄介と考えて、昼間に移動することを選択した。
しかしもちろんのことながら、暑さに耐えながら移動だなんてそんなことはせず、用意しておいた耐暑ポーションを服用して暑さを抑えている。
ただわたしのスキルレベルと素材の問題もありそこまでランクは高くないので補助として、フード付きローブの内側にスライムコーティングをし、水魔法が篭められた魔石を使用することで冷感ジェルのような感触になっている。加えてゼファーの鱗で風属性を追加し、ゆるく空気を循環させてもいるので結構なひんやり具合だ。
喉が渇けばアイテムボックスから水がいくらでも出せるし、塩や氷だって完備している。それでも疲れたならそれこそテントを出して休めばよい。
まぁ暑さに耐えられるような訓練とか、夜間移動の訓練とかも必要だとは思うけど、それはそれ。今まで平原やら森やらで暮らして来たのだから少しずつやっていきましょうと言うことで。
……現に、この状態でも足場のせいで歩くだけで精いっぱいなフリッカも居ることですし。
「……きゃあっ!?」
「おっと」
柔らかい砂で足を滑らせて転びかけるのをウルがさっとフォローする。何回目かもうわからないけど、その都度フリッカが申し訳なさそうな顔をしては気にしてないとウルが返している。
実際のところ、一見平たくても足を乗せたら思った以上に沈む、と言うのはザラにあるので、特別にフリッカの歩き方が悪いわけではない。ウルなんかは沈む前に一切動じることなくまた次の一歩を踏み出してスタスタ歩いているように見えるけれども。……この子、水の上を走れたりするんじゃなかろうか。
「オレは大分慣れてきたなー」
レグルスも最初は不慣れだったけれども、今ではすぐにリカバリー出来るようになっていた。なお、リーゼはレグルスより運動神経が良いので言うまでもない。
「そう言えば、砂場を走ることで足腰を鍛える、なんて話もあったっけ」
「おっ、確かに訓練になりそうだ! うおおおおおっ!」
やったことはないのでうろ覚えの知識をポロリと零したらレグルスがすぐさま飛びつき、詳細を聞くこともなく駆け出して行く。
「うわあああああっ!?」
「レグルス兄!?」
そして案の定と言うかなんと言うか、小さな砂の山を登り切ったところで向こう側へと転げ落ちて行った。
「ちょ、うあっ、登れねぇ!?」
しかも運の悪いことにそこは大きなすり鉢状で、底は砂漠に住むアリジゴクとでも言えばいいだろうか、クイックサンドイーターの巣となっていた。
慌てて登って逃げようと足を踏ん張ろうとした先から砂がサラサラと流れ落ち、もがけばもがくほど底に向かうと言う罠で手ぐすね引いて待ち構えている。
「こんのぉ!」
しかしそれは一人であれば危険であっても、仲間が居るのならばそこまででもない。
リーゼの渾身の槍投げによりクイックサンドイーターはあっさりその命を散らした。
ちなみに、わたし一人ならば適当に石ブロックを置いて登って避難するのでやはりそんなに危険ではない。ビックリするだけだ。
「お、おぉ……リーゼ、さんきゅー……」
巣の主が居なくなったことで流砂も止まり、レグルスがやっとの思いですり鉢から這い出してきた。
……猪突猛進気味な彼には良い薬なのではないだろうか。わたしはちゃんと事前に砂漠での注意点をあれこれ説明しており、クイックサンドイーターについても述べていたのだから。
砂漠には生き物が全然居ないように見えるが、そんなことはない。ちゃんと様々な生き物が生息しているし、モンスターだって山ほどいる。
ポイズンスネーク、パラライズスコルピオ、ダークマウス、モーフワーム、そしてやはりここにもいるサンドゴブリン各種。
単体ならそう強敵でもないのだけれども、名前が示す通り状態異常攻撃を得意としていたり、先ほどのクイックサンドイーターのように罠を仕掛けていたりするので決して油断は出来ない。
また、自然の流砂にも注意が必要である。流されるだけならまだしも、中には砂の奥深くまで沈んでしまい、窒息することもあるからだ。
……ゲーム中では流砂で流された先にダンジョンが隠されていることもあったからね。ミスるとね……。
アステリアにもそう言うダンジョンがないとは言い切れないけれど、あると確定するまではそんな危険なことをしてまで捜索したくはない。
「リオン、行き先はちゃんと合ってるのか?」
ペッペと砂を吐くレグルスを横目に苦笑しながらウルが尋ねてくる。
「んー、合ってるはずだけど、一応確認してくるね」
わたしは返答しながら、足元に石ブロックを積んで上へと登っていった。
ついでに言えば、この行為も砂漠では注意しなければならない。一番下が崩れると丸ごと倒れるからね……えぇ、経験済みですとも……積めば積むほど遠くまで見えるけど、積めば積むほど落下ダメージは大きいですよウフフ。
過去の記憶に遠い目をしかけてから我に返り、ポーションとローブでかなり緩和されてはいるものの、ジリジリと照り付ける強烈な日差しを感じながら東の方へと目を向ける。
視線の先には……瘴気であろう黒い靄が漂っていた。目を凝らしてよく見ると、その靄は朽ちた遺跡のような建物を覆っているようでもある。
「うん、ちゃんとこの先にあるよ」
もう後一日もかからない距離だろう。とは言え夜間に突入は大いに危険なので、手前で一晩休んで夜が明けてからの侵入となる。
「……一体何があるのでしょうね」
ゼピュロス戦の時には居なかったけれども顛末は伝えてある。似たようなシチュエーションにフリッカが緊張に息を詰めていた。
何かが蠢いているようには見えないけど……砂漠の遺跡は地下部分があることが多いからねぇ。警戒してもし過ぎることはないだろう。
「緊張し過ぎて固くなって普段の行動が出来ないのも困るがの。今からそのようでは身が持たぬぞ。楽にするがよい」
「対応出来ないと思った時点でとっとと逃げるからね。そう悲観的にならなくてもいいよ」
「……そうですね」
ウルとわたしの言葉にフリッカが大きく深呼吸をする。肩の力は抜けたようだ。
うんうん、冷静さを欠いた状態だと何一つ良いことはないし、やはり平常心は大事だね。メンタルに関してはあまり人のことは言えないけどさ!
……それこそゼピュロス戦のように逃げてはいけない場面ではありませんように、と心の中でこっそり祈っておいた。