いくらわたしでも時と場合は弁える
食う……って、え? 何でそうなった?
わたしの頭が疑問符で埋め尽くされている間に、何とも暢気な、奇妙な質問がウルからされる。
「ふむ、貴様の肉は美味いのかのぅ?」
『いくら私とて自分の肉を食ったことなどない。わからん、としか答えようがない』
「それもそうだの」
本鳥に「美味いのか?」と聞くウルもヒドイけど、真面目に答えるジズーもおかしくないですかねぇ……!?
「ちょっと待って! 食うって、どうしてそうなるの!?」
『? 私の肉が目当てでここに来たのではないのか?』
「争う意志はないって言ったよね!? 山を越えようとしたらたまたまここに辿り着いただけだよ!」
何をそんな不思議そうに聞いてくるのさ! わたしの方がすんごい不思議に思ってるよ!
正直な話をすればジズーの素材に全く興味がないわけでもない……むしろめっちゃあるんだけど、敵ならともかくこんな状態で『じゃあください』なんて言えるほどわたしはモノ作りキチではない!
わたしの叫びに鳥であるのにありありとわかるほどにキョトンとしてから、フンスと鼻息?を吐いて肩を竦めるような仕草をする。
……会話出来るモンスターって、人間くさい動きをする決まりでもあるのかしら……?
『何だ、それならそうと言え。紛らわしいぞ』
これ、わたしが悪いんですかねぇ……!?
すっかりぐだぐだになってしまった空気の下、聞けるところは聞いておく。
ウルのひどい質問にすら答えてくれたのだ、よっぽどな内容でもない限りは答えてくれそうな気がしたし、実際そうだった。
「あー、ところで空の王、何でこんなところに居るんですか?」
『一言で言えば腹が減ったからだな』
「はらへり……?」
意外な回答だった。
ジズーは巨体なので、その体を維持するにも多くの獲物を必要とするのだろう。でもおなかが空いたならそこらに飛んでるモンスターを食べれば良い気はするんだけど、何でこんなダンジョンに引きこもって……あ、単なるねぐらとして利用してるだけで上空の穴から出入りしてるだけかな。
『そちらも食べているが、メインはこちらだ』
「……!」
ジズーが体を少しずらすと……腹部の辺りに、ダンジョンの核であろう魔石がチラりと見えた。しかも超でかい。直径二十センチくらいはあるんじゃなかろうか。普段見かける魔石が質の低いやつで一センチ、元ダンジョン核の良いやつでも十センチに満たないくらいだと言えば、それがどれだけ大きいか伝わるかな。
その様子が『卵を温める親鳥みたいだ』なんて思ったりしたけど口には出さずにおく。代わりにポロッと出て来たのは違う言葉だった。
「うっわ……欲しい……」
『やらんぞ』
で、ですよねー……。でもくそう、めっちゃ欲しい、欲しすぎる。あれだけデカい魔石ならどれほどのエネルギー源になることか……!
わたしがあまりにも物欲しそうに見ていたせいか、鼻で笑いつつジズーがこんなことを言ってきた。
『そんなに欲しいなら風神のやつを連れてこい。あいつが管理をサボってるからこんなことになっているんだ』
「えっ……風神様は封印されてるんですけど」
『…………何?』
このジズーさん、この山脈から移動することがほとんどなく、その上寝てばかり――年単位とかザラにあるとのこと――で現在の状況が全くわかってなかったらしい。
……まぁ、終末に現れるモンスターなので、普段見かけたらヤバいんだけどもね。
何故風神が関わってくるのかの話をまとめると、風神が管理をしない、そこらに適当にかつ大量にモンスターが沸く、雑魚モンスターに大地の恵みを取られる、ジズーの分が減ってお腹が空く、と。
それでやっとこのダンジョンにモンスターが沸かない理由がわかった。ジズーが腹を満たすためにリソースを全部持って行ってるからだったのだ。ジズーに喰われるのを恐れて近付かない、と言うのもありそうかな。
しかしこの発言……神様とモンスターの繋がりがあると言う、他の人に聞かれたらかなり衝撃モノの話じゃないか……?
現にフリッカとレグルスとリーゼは驚愕で固まっている。ウルは……うん、平常運転。
まぁ、知恵と理性があり、創造神側と敵対もしないのだし、特別扱いのモンスターなんだろうねぇ。
だとしても。
……モンスターって一体何なんだ……?
ゼファーと言いジズーと言い、わたしの中にあった『モンスター=倒すべきもの』と言う常識がガラガラと崩れ去っている。
え? 『モンスター=素材』じゃないのかって? ……ハハハ。
固定観念で決め付けるのではなく、きちんと考えていかなきゃ後で手痛いしっぺ返しをくらいそうだ。
とりあえず今考えても答えは出ないだろう。わたしは別の話題に移すことにした。
「えっと……魔石がダメなら、せめて周りに落ちてる羽根をもらえません……?」
『落ちているものならまぁいいだろう』
「ヒャッホーい!」
許可が出たことに思わず歓喜の叫びがほとばしった。この時ウルに「またか……」と苦笑気味に呟かれたけど、肉に反応したきみは人のこと言えないと思うぞう!
ジズーの周りを駆け巡り、落ちていた数十枚の羽根を余すことなく拾い集めて行く。
『……確かにいいとは言ったが、まさか全部持って行くのか……』
「だってこんな超貴重で綺麗なモノ、放っておくわけにはいきません!!」
『……そ、そうか』
ひたすら拾うわたしの背に呆れたような声をジズーがぶつけてきたが、わたしの力説に納得してくれたようで何より。
この羽根は見た目がすごく綺麗だから装飾品にも持ってこいなのよね。ゲーム時代は数枚しかない貴重品だったから全部触媒にしたけど、これだけあれば他のことに使ってもいいかもしれない。……扱うにはもっとレベルを上げる必要があるけどさ。
なお、後ろでこんな会話がされていたが、興奮極まっていたわたしの耳にはスッと入ってスッと抜けていった。
「照れておるのかの」
『ぐっ……其方だって、その鱗が美しいとでも言われれば嬉しくなるのではないか?』
「……一理ある」
思わぬ貴重品を大量ゲットしてホクホクなわたしとは対称的に、ジズーはどこか疲れたような雰囲気を放ち始めていた。……ヤバイ、はしゃぎ過ぎた?
内心で冷や汗を垂らすわたしを知ってか知らずか、気だるげに言ってくる。
『もう満足したか? そろそろ行くがいい』
「す、すみません、最後にもう一つ。東側に抜けるルートを知りませんか?」
空洞を見回してみてもわたしたちがやってきた穴しか見当たらない。引き返して分かれ道を探せばいいのか……最悪、入り口まで戻らなければいけないのか。
さすがにそこまで戻るのは辛いなぁと言う思いで聞いてみたのだが、まさに鳥らしい返事がされる。
『上から抜ければいいだろう』
……えっと、飛べません。
と返す前に察してくれたのか、こうも続けてきた。
『あぁ、ヒトは飛べないのだったな』
これで別の道を教えてくれるのかと思いきや。
『では、飛ばしてやろう』
「えっ――」
何を言っているんだ? と疑問に思う間もなく。
フワリと、わたしたちの体が浮き上がった。
「えっえっ」
『さらばだ、異色の神子よ。願わくは、私の――が必要にならな――――』
ジズーが何か言っているが、段々と風が強くなり吹き散らされて聞き取ることが出来なかった。
聞き直す余裕などあるはずもなく。
「うわああああああっ!?」
わたしたちは風に乗せられ、天高く運ばれて行くのだった。




