山の中のダンジョン
「大きな穴だのぅ」
「大きいですね」
わたしたちの前に、これ見よがしに大きな横穴が開いていた。
規模は縦横二メートルは超えていて、奥行きは暗くすぐに行き止まりではなさそうだ。フリッカに光の球を投げ入れてもらったけど、真っ直ぐではなく曲がりくねっているせいで奥まで見渡せなかった。
ゲームにおいて、山の穴にはいくつかパターンがあった。
一つ目は自然に出来たただの穴。風や雨の侵食で出来たもので、中に何があるかは不明である。もちろん何もないこともある。
二つ目はモンスターが掘った巣穴もしくは元々開いていた穴に住みついたか。もしもまだ使用されているなら、中は確実にモンスターハウスである。
三つ目はドワーフを始め誰かが掘った坑道だ。この山は人が上り下りしている形跡がなかったので、坑道だったとしても最早使用されていないだろう。中はすでに掘り尽くされて鉱脈が枯渇している確率が高いので、奥まで行かねば大して鉱石が採れないことが多い。ただ、非常に堅い岩盤の奥には希少鉱石が残されていることもある。
今回のパターンは、覗いてみたところ穴を支える坑木が見当たらないので、三つ目ではないだろう。
まぁ何にせよ確実に言えることは。
「……これ、ダンジョンだねぇ……」
「お、まじか?」
いつも嬉しそうに反応するレグルスのメンタルが羨ましい。いや、わたしだって素材は欲しいのだけど。核となっている魔石は上質だからねぇ……得ようと思って得られないのがもどかしい。
ダンジョンと知っては行かなければいけないのだけれども、一つ気掛かりがある。
それは、このダンジョンから漂ってくる気配が妙に感じられることだ。
けれど何がどう妙なのか……上手く言語化出来ない。しかし猛烈に嫌な予感がすると言うわけでもない。
後者だったら正直に告げて逃げたところであるけれども……うーん、悩む。
「リオン様」
「……ん? フリッカ、何?」
「悩みごとがあるのなら話してください」
……おっと、バレてる。
いやでもウルも同意するように頷いてるから、やっぱりこれもわかりやすく顔に出てたのかな……?
確かに一人で悩んでても仕方がない。判断材料を増やすためにも皆に話してみたら。
「嫌な予感でないならば行けばよいと思うぞ」
「ですね。ひょっとしたら、行くべき何かがあるのかもしれません」
「何でもいいから行こうぜ!」
「あたしも行ってみたいかな」
おぉう……皆して『行こう』と言う意見が出た。
……まぁ、たとえわたしの危険察知能力がバグってたのだとしても、ウルが居れば大丈夫でしょう。
他力本願? いいえ、これは信頼なのです。
「……それじゃ、行こうか」
全員分のランタンを取り出し配布してから、わたしは皆を促した。
隊列はこれまでと変わらずウルが先頭である。
迷いなく進んでいるのはまだ入り口から一本道だからと言うのもあるのだろうけど、モンスターの臭いも罠の匂い(?)もしないからだろう。多少キョロキョロしながらもズンズンと歩みを進める。
わたしは前は任せて、横や上にランタンを向けて何か変わったモノがないか眺めていた。この場合の変わったモノは大体素材のことです。はい。しかし時折モンスターでないコウモリや虫が蠢いているだけで、特に何も見当たらない。素材もなくて悲しい。
「む、分かれ道だの」
うねうねと左右や上下に曲がってはいたもののずっと一本道だったのが、ここに来て分岐していた。左は大きさは変わらず、右は人一人が抜けられるくらいだ。
わたしは少しだけ考えてから、右の方の道を指した。
「妙なモノとやらが感じられるのでしょうか?」
「いや、単にそっちの方が道が狭いから」
「んん? 狭いと何かあるのか?」
「入り口に比べて狭いと言うことは通り道ではなく、行き止まりの確率が高いかな、って」
「……行き止まりに行ってどうするの?」
「や、素材があるかもだし、こういうのは隈なく制覇したいタチなんだよね」
皆の質問に答えていたら、最後には溜息を吐かれてしまった。
そして「リオンだからの……」と諦めのような納得を見せるのであった。わたしを理解してくれているようで何より……? ちょっと違うか。
わたしの予想通り右の道はすぐに行き止まりだったのだけれども、素材も変わったモノも何もなく、わたしは笑って誤魔化した。
……いや、無駄足踏ませてごめんて。でも、何がムダで何が有益になるか誰にもわからないからね……?
それ以降も当然と言えば当然であるが、分かれ道は現れた。二つじゃなく三つに分かれた場所だってあった。
空気を読んで素材探しは一旦脇に置き、正解っぽい道がないか探ってみるけどわからない。だからウルの勘に任せて進むことにした。
一応脳内マップは描いているけど……結構複雑だな。これは位置関係を間違えてしまいそうだ。目印は付けてるし帰還石もあるから帰れないことはないのが救いだ。
しかし……入る前とはまた別の何か引っ掛かるものがあるな、このダンジョン。
「……リオン、ここは本当にダンジョンなのだな?」
「うん? そうだよ」
ウルも同じようにもやもやしたものを抱えているのか首を傾げている。
そしてそれは、次の言葉によって判明する。
「ならば……何故モンスターが居ないのだ?」
「――」
……あ。
思いがけない内容にわたしが目を丸くしている間に、レグルスが疑問を投げる。
「あれ? 姐さんが避けて進んでるんじゃねぇの?」
「違う。いや、通らなかった道の更に奥に居たのなら断言は出来ぬが……少なくとも我の察知出来る範囲には今まで一匹も居らぬ」
その疑問はもっともであったが、ウルは否定をした。
……そう、このダンジョンでまだモンスターと遭遇していないことが知らず知らずに引っ掛かっていたのだ。
ダンジョンとは、モンスターが生まれる場所と言っても過言ではない。モンスターたちもそれを本能で理解しているからこそ、核を守るガーディアンが存在するのだ。
では何故ここではモンスターが発生していないのだろう?
実はダンジョンではなかった? 違う、神子としての感覚がここは間違いなくダンジョンだと言っている。
どこかに吹き溜まりのように溜まっている? ……現時点では何とも言い切れない。
それとも……ダンジョン中のリソースが、全てガーディアンに吸い取られている……?
頭を過った瞬間に背筋がゾッとした。もしそうであればこのダンジョンのガーディアンは非常に強敵である。洞窟内だとウルが全力を出せないので厳しい戦いになるだろう。
でも……嫌な予感はしない。はっきりとした距離はわからないけど、核に近付いている感じはある。それでも変わらない。
一体何なんだ……?
「まぁ、リオンにもわからぬのであれば誰もわからぬであろうよ。とりあえず進むしかないのではないか?」
「……そうだね」
言い方から察するに、ウルもこの先に危ないモノがあるとは感じ取れないようだ。
もちろん、だからと言って油断は出来ないのだけれども。敵意を巧みに隠すモンスターが存在していたっておかしくはないのだから。
それに、明らかな危険があるのならともかく、今となっては何があるのか気になって仕方がない。出来ることなら解明させておかなければあまりにも据わりが悪い。
わたしたちは頷きあってから、奥へと歩みを再開した。