告げる、告げられる
「おはようございます、リオン様」
「……おは…………ぶえっ!?」
目が覚めたら視界一杯にフリッカの顔があって、失礼ながら変な声を上げてしまった。
驚きすぎて転げ落ちてしまったのだけれども、ギリギリのところでウルにキャッチされる。……お、お手数お掛けします。
い、いやその、想定外だっただけで、嫌だったとかそう言うわけではなくて……わかっています? あっはい。
「えっと……どれくらい寝てた?」
「さて、二時間弱くらいかの。さすがに足が痺れたので代わってもらったのだ」
頭を掻きながらウルに尋ねてみると、そこそこの時間寝ていたことが判明する。しかも途中で膝枕の相手を代わってもらうために動かされても気付かず寝たままとか、どれだけショックだったんだって言う。
……実際、かなりの衝撃を受けたのだけれども。
帰れないことは元々わかってたはずなのになぁ……それとも、意識してなかっただけで実はものすごく帰りたかったのだろうか。自分のことなのによくわからない。
わたしは魂だけでこちらに来たけれども、元の世界で誰かに迷惑を掛けてるでもなく、複製で偽物と言うわけでもなく。それがわかっただけでもプラスだと思っておこう。
内心で溜息を吐きながらテーブルに移動し、お茶を用意しての一服となった。
「……ところでリオン様。何があったのか差支えがなければお聞きしたいのですが……」
ティーカップを眺めていたフリッカが視線を上げながら尋ねてくる。
がっつり寝たせいか頭はそれなりにスッキリしているけれども、寝ている間のわたしは目元が腫れていたせいで泣いていたのがモロバレで、魔法で治してくれたらしい。
恥ずかしさを抱えつつ感謝を述べて、どう説明したものか悩んでいたら、ウルがやたら神妙に促してくる。
「……リオン、他の誰かには話せずとも、フリッカにはちゃんと話すがよい」
う、うん……? 何だか微妙に圧がある感がするんだよ……? 何で……?
……ウルの意見は別としても……まぁ、フリッカにもきちんと言っておいた方がいい、かなぁ。半ばヤケみたいなものだったとは言え、ウルに暴露しておきながらここでフリッカ相手に隠す理由もわたしの気後れ以外に何もないし、わたしがこの先うっかりポロっと漏らしてしまうよりは今この場で言った方がダメージは少ない、ような気がする。
そんなことを考えながらもそもそと話をしてみると。
「……そうですか」
あっさり信じられてしまった。
「えっ、疑わないの?」
「リオン様は黙ることはあっても、嘘を吐いたことは今までありませんでしたので」
……日頃の行いが良かったのかな……?
なお、しばらく後にレグルス、リーゼ、フィンにも話してみたけど、最初は「マジかよ」って顔をされたものの、わたしの言うことだからと信じてもらえた。
……日頃の行いが良かった、と言うのもあるのかもだけど、結局のところ『わたしが』皆を信用してなかったのかもしれない。……気を付けよう。
「……つかぬことをお聞きしますが、リオン様の年はいくつですか?」
「随分唐突だね? えっと……次の冬に二十一になるよ」
十二月と言おうとして、アステリアに暦はないのでわからないと思って言い換える。
四季はあるしそもそも年齢と言う概念があるので一年と言うくくりはあると思うのだけど……今度創造神か地神に聞いてみよう。新年祭とかあるのだったら一応神子としてはやっておきたい。
「……思っていたより下ですね」
「そうだのう」
「……えぇ……」
そこまで年寄りくさいことをした覚えはないけれど……神子は不老なので見た目より年を取っている場合がほとんどと聞かされて、それならなるほど頷ける。
「改めて思い返すでもなく、モノ作りを前にしたリオン様は宝物を前にした子どものようでしたね。妥当な年齢なのでしょうか」
「でも逆に、その年にしては心が広いと我は思うぞ」
褒められてるのかそうでないのかよくわからないなぁ!
しかし心が広いと言われるとムズムズしてしまう。わたしそんな大層なことをした覚えは……うーん、ゼファーの件?
わたしが首をひねっていると、ウルから呆れた視線が投げられてしまった。
「……リオンのこの自己評価の低さは何なのだ……」
「おいおい直していただきましょう。……幸い、と言って良いのかどうかはわかりませんが、先は長いようですし」
『先は長い』。
フリッカに言われて、わたしの心臓が大きく跳ねた。
……そう、そうなのだ。わたしは、これから先、死ぬまでアステリアで生きて行くことになったのだ。
今まで『世界を救う』しか頭になかったけれども(いやうん、それ以外にもあれこれ寄り道してたけどそれはさておき)、志半ばで死んでしまった時を除いて、世界を救ってからもアステリアでの日々は続くのだ。
獲らぬ狸の皮算用と言うことわざがあるくらいだし、今は世界を救うことに専念して、救った後のことは後で考えるべき、なのかもだけれども――
ぐるぐると益体も無いことを考えようとしたわたしをフリッカが遮る。
「リオン様」
「……うん? 何?」
フリッカが姿勢を正し、真面目な――元々真面目だったけれども、一層真面目な雰囲気を纏ってわたしを見る。
わたしもつられて姿勢を正し、緊張した面持ちで続きを待つ。
「私は、貴女に泣いて欲しくありません」
「……」
「独り心の内に抱え込んで、我慢して欲しくありません」
我慢している感覚はあまりなかったのだけれども、さんざっぱら泣いた後では何も言い返せない。
わたしが黙って聞いていると、次にフリッカは先ほどまでのシリアスはどこ行った?って感じのセリフを言い始める。いや本人至って真面目顔なんだけども。
「どうやら私の方が年上みたいですし……お姉さんみたいに甘えてもらっても良いのですよ?」
「ふぇっ!?」
「そう言えば、創造神様から頭を撫でられている時もなんだか嬉しそうでしたね」
「いや、あの、ちょっと?」
何やら変な方向に暴走しかけてません!?
そりゃ撫でられるのは……嫌いじゃないけど、進んでそうされたいかと聞かれると、何とも恥ずかしくて答えにくい部分ですね……!
さも名案が思い付いたかのように振る舞うフリッカであったが、唐突に止まってどこかしょんぼりとし始めた。
「……いえ、やはりお姉さん扱いされてもそれはそれで困りますね。嫁志望としましては」
あーあー……そうですねぇ……その問題もありましたよねぇ……。
……その壁となってた一つがついさっき取っ払われたわけですけれども……。
ちらりとウルを見ると目が合い、「?」と首を傾げられるだけだった。
いや待ってわたし、何でここでウルを見る。
わたしはウルをそう言う対象として見てはない、はず、なのに、気にしてる……と言うことは、そう言うこと、なのだろうか。
いやいや待って、そもそもウルから何も言われてないのにそう考えたとしても、何かこう、自意識過剰ではないだろうか?
……まぁ『ずっと一緒に居る』とか見方を変えれば告白みたいなものかもしれないけれども……うああああああ……。
頭を抱えて転げ回りたい気分であり、実際に頭を抱えて悶えていたらしい。大丈夫か、と二人に心配されてしまった。うぬぅ……!
コホンと気を取り直すようにわざとらしく咳払いをしてから、改めてフリッカに問う。
「あー……フリッカさんや。……そんなにわたしが良いの……?」
「むしろ貴女でなければ嫌です」
……直球すぎて返答に詰まった。
口をもごもごとさせながらもう一度ウルを見る。
特に何も言ってこないあたり、この点でウルに思うところはないのだろう。
……何だろうこの、我ながら最低な感じがしてきたのは。
何とか気力を総動員して、言葉を発そうと口を開いたその時。
「お姉ちゃん、ここにいるの?」
ノックの音とフィンの声が聞こえてきて、咄嗟に口をつぐんだ。
フリッカは何度か目を瞬き、扉の方を向いて思い出したように言う。
「……リオン様に晩御飯のメニューの相談に来たのでした」
「む、それはいかんな。もうすぐで夕食の時間だぞ」
色々とぶち壊しである。
空気がぶった切られたことで会話は終了となり、気を遣われたのかその夜に再開されることもなかった。
……べ、別に先延ばしにホッとしたわけじゃないのですよ……?