作って、壊して、また作る
ウルの機嫌は直ったことは直ったのだけれども、全て払拭されたというわけでもないようで。
わたしが部屋を拡張してベッドを作っている間も、壊れた道具を新しく作り直している間も、ウルはなにかしたいと言いだすことなくじっと見てくるだけだった。
でも、うずうずするのは抑えられないようで、わたしはそのシグナルを見逃しはしなかった。
「なにか作ってみる?」
「……いや、我は……壊すだけだし……」
口ごもりながらも否定はしないあたりほんと素直だなぁ、とクスリとしてしまう。
「いいよ、壊しても。わたしがちゃんと直すから。まぁさすがにわざと壊したら怒るけどね?」
「わ、わざとは壊さぬ。けど……リオンの手間が増えるだけだし……」
踏ん切りがつかないウルの背を押すために、わたしは常々思っていたことを、創造神に聞かれたらすごく怒られそうなことをあえて口にした。
「壊すことは、創造への第一歩だよ」
「……なぬ?」
創造神がどうかはわからない。けれど、これはわたしにとっては事実だ。
だってわたしは、素材がなければ、なにも作れないのだから。
壊して、素材を得て、作る。
作ったモノでまた別のモノを壊し、別のモノを作る。これの繰り返し。
どうしたって、破壊がつきまとってくる。けれども、その先はある。
アステリアに来てから一月の間に、考えたことがある。
「わたしを殺そうとするモンスターと、モンスターを殺そうとするわたしの違いはなんだろう?」と。
モンスターは多分『生き物を殺す』という本能に従って生きている。
わたしは『わたしの身を守る』というのはもちろんあるのだけれども、そうでなくても『素材のために』殺すこともある。
モンスターは放っておくと他の生き物を殺しに行くので、見かけたら殺しておくのは『正しいこと』ではあるのだけども。
わたしがこれに悩んでしまったのは多分『モンスターにだって血が流れている』ことを知ってしまったからだ。
ゲームのデータではなく、『生きて』いると気付いてしまったからだ。
『正しさ』は、『創造神側から見た一面でしかない』からだ。
その考えはドツボにはまり、また別の恐怖でモンスターが倒せなくなってしまった。
考えて考えて、ご飯を食べて考えて、モノを作って考えて……そこで、ふと答えが出たような気がした。
『ただ破壊して無に帰すだけのものと、破壊したのちに創造に転じるものと』
生きているのならば、生きるのは当然だ。
ただ破壊を求めるなんて、それはきっと『正しくない』。
わたしはゲーム時代、リザードを始めとするモンスター扱いされることもある種族とも仲良くする主義だった。
それは『会話ができるから』というなんとなくの思いだったのだけれども、今であれば『破壊するだけではない種族だから』と答えるだろう。
なればこそ。
「ウル。もしきみが壊すことしかできないのだとしても、きみが壊したものでわたしが創り、未来に繋げるよ。
だから、作ることを恐れないでいてほしい。壊すという行為に疑問を持てるきみであれば、それは決して悪いことではないと、わたしは思うから」
「――」
なんて、言ってみてから少し恥ずかしくなって。誤魔化すようにわたしは頭を掻く。
「……あはは、破壊を肯定するとか、一歩間違えればわたしは創造神じゃなく破壊神の神子だね」
いくら次のモノに生まれ変わるとはいえ、破壊される側からすれば、わたしは破壊神となに一つ変わらないのかもしれない。
そこはもう割り切ることにした。いやたまに『これでいいのだろうか?』って頭をもたげることはあるけどね。
つまるところ、わたしは根っからのエゴイストでモノ作りジャンキーなのだろうな、って。
創造神がわたしを呼んだ理由がわかるような……もっとモノ作りをする人は絶対居たはずだからやっぱりわからないような。
今度会えたら聞いてみよう。
これまでの我が身を振り返り自嘲するわたしに向かって、ずっと黙って話を聞いていたウルが口を開いた。
「……いや、主は正しく創造神の神子だ。……少なくとも、我はそう思う」
「そう? ありがとう。でも、創造神様と話すことがあったら今の話はナイショにしておいてね」
おどけたように口に指を当ててわたしが笑うと、ウルはやっと頬を緩めてくれた。
良かった。可愛い子に厳しい顔を続けさせるのはなんかイヤだしね。
……って、大事なことを忘れてた。
「あー……大見栄切った直後でなんなんだけど、これだけは覚えておいて」
「う? なんだ?」
神妙な態度になったわたしを見て、ウルが再度身構える。
ただ、わたしがこれからいうのは、とても当たり前なことだ。
「わたしにも……創造神の神子であっても、失った命に対してはどうしようもできないということを」
徐々にLPを回復するリジェネポーションはある。致死の一撃を受けた時に代わりに壊れてくれる身代わり人形はある。
けれども、蘇生薬は存在しない。
プレイヤーは死んだらリスポーンするようになっていたけれども、住人は死んだらそれまでだ。
ゲーム時代、村をモンスターの襲撃から守るイベント――防衛戦に失敗してしまった時の思い出がよみがえる。村人を全員死なせてしまったあげく、ゾンビになって襲い掛かられて泣きっ面に蜂状態だった。
そして……その村は廃村になり、二度と生活の火が灯ることはなかった。
「わたしは、一を十にすることはできても、ゼロを一にすることはできないから」
「……わかった、留意しよう」
その日のウルは結局、『作りたい』と言い出すことはなかった。
まぁ、無理強いするつもりはないし、ゆっくり考えてくれるといいさ。
晩御飯を食べ、ちゃんと聖水が撒かれているかチェックしてから、スヤァと意識を落とし。
……たのだが、すぐに引き戻されることになる。
体にヒヤリとした感触が走ったのだ。
聖水をちゃんと確認したのになんで!?と飛び起きようとするも起きれずパニックになりかけたが、起きれない原因に気付きガックリと脱力した。
「ウル、ちょっと、ねぇ。寝ぼけてるの?」
隣の部屋&ベッドで寝ているはずのウルがわたしの布団に潜り込んできていたのだ。せっかく作ったんだから活用してほしいんですけど!
わたしの腕にしがみついたウルを引き剥がそうとするもなかなか動いてくれない。
「……ぃ」
「ん? なに?」
なにごとかを呟いているので耳を近づけてみると。
「さむい……からだが、おもい……」
「え、ちょ」
本当だ、震えている……か、風邪? 薬……と思ったけどそんなものはない!
さっきまで元気だったのに、やっぱり病み上がりで動かすべきじゃなかった、どうしよう……と考えてから、自分は神子だったことを思い出す。
せめてなにか作れないか試そう……としたけれど、やっぱり離してくれなくて。
「ウル、ごめん、ちょっと離して――」
「……いい……」
「はい?」
「このままで、いい……主の側にいれば、なんだか……落ち……つ……」
そんなことを途切れ途切れに言いながら、ウルの反応がなくなった。
悪化して意識を失った?と焦ったけれど、荒れていた呼吸が少しずつ穏やかになっていったことで、はああああぁと長く息を吐く。
落ち着くという言葉は心理的なものではなく身体的なものだったようで。いやまぁ病は気からとも言うけど……それはさておき。
「うーん……とりあえず様子見するか……」
本当に寒かっただけなのか、他に原因があるのか、それがはっきりしない状態では油断できない。
掛け布団の量を増やし、わたしにとっては暑いくらいの状態でそのまま一緒に居ることにした。
翌朝、ケロっとした顔で起きてきた時には安心したような、寝不足にさせられて恨めしいような気分になったような。