カウントダウン・一
「ウル!」
途中二度ほど爆音が響くと共に火柱が上がり、きっと聖火の矢の効果だろう、と頭ではわかっていても不安で仕方なかった。
ウルの安否とタイムリミットまでの時間に胸の内をジリジリと焦がされながらモンスター達を何とかなぎ倒し、わたしとレグルスはやっとゼピュロスの居る神殿前へと到達する。
すると、非常に濃い瘴気に侵されまるでアンデッドのように全身を爛れさせながらも――火傷はウルが原因だろう――空を舞い断続的に風魔法を放つゼピュロスと、その斜め下方で相対するウルが視界に入った。
ウルの服が少しボロボロだけれども動きのキレは衰えていない。どうやら大きな怪我もないみたいだね……本当に良かった。安堵で膝から力が抜けそうになったけれども本番はこれからだ。気を抜いていられない。
一人と一匹の応酬が途切れた隙にウルへと声を掛ける。
「リオン! レグルスも無事だったか」
頭上に意識を割きながらもウルはチラとこちらに目をやり応答をする。声に疲れもなさそうでまだまだ余裕なのだろうか。さすがである。
「オレに手が出せる状態じゃなさそうだな。リオンは姐さんのトコに行ってくれ。オレは周囲にちっとばかり残ってるモンスターを倒してくる」
「……うん、お願い。風には気を付けてね」
「あぁ」
ゼピュロスは満身創痍でフラフラとしているように見えるけれども、それでも空に居ることには変わりない。あれではレグルスにはどうにも出来ないだろう。そう自分で判断して、わたしがゼピュロスに集中出来るよう地に残るモンスターの殲滅を買って出てくれたのだ。
対策しているとは言え瘴気が漂う場所で単独行動させるのは少し気掛かりではあるのだけれども……彼の意気と、何より残り時間の少なさを鑑みて送り出すことにした。
わたしはゆっくりとウルに近付き……近付きすぎないようそのいくらか手前で足を止めた。
ゼピュロスは明らかにわたしに気付いているけれども、ウルに最大限の警戒心を払っている。近付きすぎては巻き添えを食らうだけならまだしも、ウルの足を引っ張ってしまいそうだった。
「ウル、状況は?」
「聖火を二発喰らわせて瘴気を半分くらい削った。それ以外は少々体力魔力を使わせたくらいだな」
ゼピュロスは未だに濃密な瘴気を纏っている。あれで半分なのか……!
「空を飛ばれてしまい止めを刺すまでには至らなかった……すまぬ」
「いやいやいや、十分だよ!」
わたしが慄いて顔をしかめたのを違った意味で取られてしまったようだ。そうではないと即否定する。
むしろウルが先行して瘴気を減らしてくれてなければ確実に間に合わなかっただろう。それを考えると感謝してもし足りないくらいだ。
ウルはベーシックな風弾や一点突破力に長ける風矢に対し投石で相殺しながら――……それで相殺出来るって、相変わらずすごい力……いや、魔法の中心点へと正確に当てるコントロールかな? どちらにせよすごいの一言しか言えない――、不意に混ぜられる殺傷力の高い風刃には石がスパリと切られるがそれもわずかに体を動かして最小限の動きで避けながら、わたしの方へと尋ねてくる。
「で、ヤツは見ての通り死にかけであるのだが……このまま放置するとかは……ダメであるよな、やはり」
「……うん、ダメだね」
確かにゼピュロスは過剰すぎる瘴気によるダメージと聖火による火傷ダメージが大きく、何もしなくとも一時間以内には死にそうだ。
けれど……それではダメなのだ。あいつが息絶えるよりも先に瘴気による侵食が終わってしまう。
ゼピュロスが今あまり積極的に攻撃を仕掛けてこないのは、自分の命をその時まで永らえさせる時間稼ぎでもあるのだろう。
……具体的に何が侵食されているのかはまだわからない。けれども、致命的な何かが間違いなく侵食されている。
わたしは神子としての感覚でそう察せられるけど、ウルもまた別の何かでそう感じ取っているのだろう。勘がめちゃくちゃ鋭い子なのでそこはもう不思議に思わない。
ともあれ、今すぐにでも瘴気の発生源を浄化しなければならないのだけれども……おそらくダンジョン核から発生している且つゼピュロスが持っているのだろう。あの瘴気の集まり方は異常すぎるし、微かにだけどダンジョン核の気配もする。
なのでゼピュロスを無視すると言う手は取れず早急に倒さなければならない。たとえゼピュロスが発生源ではなくても、キッチリ倒さねばおちおち探すことも出来やしない。
わたしはまず、ゼピュロスが魔法を使用した直後に聖火の矢を速射したけれども……ゼピュロスは余力を残していたのか無理を押しているのか、素早く魔法を再使用することで明後日の方向に吹き飛ばされてしまった。
ぐぬぅ、風の四竜最弱とは言え流石のドラゴンである。連続使用が羨ましい……! いや、神子もある意味連続使用出来るから固有能力と言えばそれまでなのか。
「……すまぬ。我のせいで矢に対する警戒が最優先になっているようなのだ」
「それは仕方ないね」
聖火の矢でなければここまで瘴気を削れなかっただろうしね。必要なことだっただろう。
であれば、避けられない攻撃をすればいいのだ。
「ウル、聖火の矢は残り何本?」
「二本だな。一本無駄にしてしまった」
「じゃあ他の矢をあげるからとにかく投げて。ゼピュロスが魔法で防御出来なくなった隙に聖火の矢を。わたしもそれと同時に打つよ」
「……わかったのだ」
いくらゼピュロスとて無限に魔法を使うことは出来ない、はず。その間隙を意図的に作り出す方針だ。
わたしがサッと矢を渡すと、ウルは猛然と投擲を始めた。そうしてゼピュロスに絶えず魔法を使わせていく。
ゼピュロスも必死だ。聖火の矢が当たれば確実に大ダメージ、場合によっては終わりとなるのだ。つまり、全て撃ち落すしか道はない。そもそもゼピュロスはきっと、今ウルが投げてる矢がただの矢とは気付いていないだろう。
そうして僅かな間攻防が繰り広げられ……絶好の機会が訪れる。
「リオン!」
「おっけー!」
風が止んだその瞬間。わたしとウルは同時に必殺の矢を打ち出した。
しかしゼピュロスとて大人しく死を受け入れる気はない。力を振り絞ってまた風を吹かせる。
わたしたちの矢は虚しく空を切るだけ、かに思われたがそうはいかない。
わたしの放った矢は雷網の矢……範囲攻撃なのだから。矢が刺さらずとも効果は発揮される!
――バリバリバリバリッ
グアアアアアッ!?
狙い違わずゼピュロスはスパークフィールドの効果範囲に巻き込まれ「よし!」とガッツポーズを取る。
後は痺れのデバフが発生して落ちて来るのを待つだけ。
……と、思っていたけれども……甘かった。
ゼピュロスは雷で衝撃を受けはしたものの痺れた様子は見せず、飛行位置をズラすことで効果範囲の外へと出た。
落ちて、来なかった。
「……効いて、ない……」
「なぬ?」
わたしがスパークフィールドの魔石を作成した時に感じたモノ。
『何かが足りない』
これについてもっと考えるべきであった。
スパークフィールドは範囲魔法であり、当たりやすい。
しかし、今回のゼピュロス戦においてそれは大して意味を成さないものだった。
何故なら、何をどうした所で雷属性でしかないからだ。
初回に遭遇した時であれば、ひょっとしたらまだ効果はあったかもしれない。
けれども……より一層濃い瘴気を纏ってしまったことで、聖属性は効果が上がっても、それと引き換えに聖属性以外はより大幅に減衰されてしまうようになってしまったのだ。
わたしはその可能性をすっかり失念して、必勝パターンだと思ってしまったために……この失敗に対して大きな混乱に見舞われてしまっていた。
ど、どうする? 普通の矢ならまだたくさんある、よね?
同じ戦法で、今度こそ絶対に避けられないタイミングで聖火の矢を使えば良い??
焦り、グルグルと空回りしてしまいそうになる思考を何とかまとめようとしていたのだが。
ゼピュロスは、それを許してくれなかった。
「リオン!」
ご丁寧に風の壁でウルとわたしを分断してから、わたしへと向けて風刃を放つという行動によって。
ウルの鋭い警告にハッと思考が現実に引き戻されるけれども、一度混沌とした頭は正常に動いてくれなかった。
無様に大きな隙を晒してしまっていたわたしは避けることはもちろん、石ブロックで防御することも――




