最高の抱かれ心地を求めて
ジャンル別の日間、週間ランキング最高2位にランクインしました。
あぁ、抱かれたい。
包み込まれるように抱きしめられたい。
そして私もか弱い女であることを認識したい。
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「こら、そこ! 気合入れろ気合」
「はいっ、申し訳ございません!」
私の名前はアヴァシュカル=ビシュウッド。
武門の家系に生まれ、幼いころから騎士になるために厳しい修業をこなしてきた。
そのおかげもあり、現在は騎士団の部隊長を務めている。
「貴様らそんなことで国を守れると思っているのか! なんだそのへっぴり腰は。しっかり剣を振れ!」
現在、騎士団の訓練中だ。
「うひー、相変わらずアヴァシュカル部隊長は厳しいな」
「それに、いつもに増して眼光が鋭いよな。身震いするぜ」
「ばっか、あれがいいんじゃないか。あの鋭く美しい目、最高のご褒美だぜ」
「そこ、無駄口をたたく余裕があるらしいな。お前たちは追加メニューをくれてやる」
私は男たちが言うには美人な部類に入るらしい。
私も年頃、いや若干年を重ねている気もするが、結婚をしてもいい年だ。
現にそのような話はいくつもある。人気であることは光栄だ。
だがしかし、私には秘めたる望みがある。
他愛のない願いだ。
抱かれたい。
男の胸にうずまって包み込まれるように抱きしめられたい。
見合いの話しに事欠かないのであれば、そんな望みは容易く叶うであろうとお思いだろう。
しかしながら、話はそれほど簡単ではないのだ。
「おいお前!」
私は新入りの若い騎士の前に立つ。
「は、はい。何でしょうか部隊長」
若い騎士が背筋を伸ばして直立不動で私を見上げる。
わたしを見上げる
そう。
私の身長はそこらの男性よりも高いのだ。
「貴様、筋はいいぞ。一層国のため精進するがいい」
「は、はいっ、ありがとうございます」
「よーし、今日はここまでだ。追加メニューのあるものはこの後こなしておけよ」
本日の訓練はこれで終わりだ。
新入りを実践投入できるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
訓練が終わり屋敷へ戻って来た私を出迎える影がある。
「ヴァシュ~、お帰り~」
ドアを開けた瞬間に、男の子に抱きつかれた。
「おや、ケーニス様ではありませんか。お久しぶりですね」
「ヴァシュ~、ヴァシュ~」
そう言いながら私の体に顔を擦り付ける。
この男の子は、有力貴族のご子息で、以前より私を気に入ってくれている。
「相変わらず甘えん坊ですね」
「甘えてるんじゃないよ、愛情表現だよ。僕は大きくなったらヴァシュと結婚するんだから。ねえねえ、ぎゅっとしてよ、ぎゅっと」
「はいはい、いつものやつですね」
私は自分の身長の半分くらいしかない男の子を包むように抱きしめてあげる。
「ねえねえ、ヴァシュ。いつになったら結婚してくれるの?」
「そうですねぇ、ケーニス様が大きくなって、その時まだ私のことをお忘れでは無ければ、ですね」
私はいつもどおりの回答を返す。
ケーニス様とは年が離れているため、彼が大きくなるころには私よりもふさわしい淑女と結婚されるだろう。
つまり現実問題、私は現在フリーでウェルカムの状態なのだが、私の希望を満たす、私より背の高い包容力のある男性には巡り合えていないのである。
いったいいつ頃からこの願いを持つようになったのかは定かではない。
ただ、悶々と満たされない思いを抱えているうちに、それはとても大きな欲望へと変わっていったのだ。
あぁ、抱かれたい。
包み込まれるように抱きしめられたい。
そして私もか弱い女であることを認識したい。
ある日、騎士団にもたらされたのはとある魔物の話しだった。
その魔物とは辺境の森に生息している植物系の巨大な魔物。
近隣の村々ではその森を人食いの森と呼び滅多なことでは近づかない。
そんな森に迷い込んだ商人から、その魔物に商品を丸呑みにされて食われたとの連絡があったのだ。
商品が何かは口を濁していたが、禁止されている奴隷の売買を行うつもりだったのだろう。
その商人は別の罪で豚箱にほりこんでおいたが、ゲスが被害にあったとはいえ、人食い植物が跋扈している状態を放置することもできない。
そこで騎士団を派遣して人食い植物の退治に乗り出す計画を上申したのだ。
私は少し前からある計画を練っている。
以前に、その魔物に丸呑みされたが何とか一命をとりとめた人物と話をしたことがある。
その人物の話しによると、手足の自由を奪われた後大きな胴体部分に吸着され体内に取り込まれたという。
お分かりだろうか。
人を丸呑みする危険な人食い植物。
丸呑みされるその感覚は私が求めているものと極近いものに違いない。
この思いを胸に秘め、その森に近づく機会を待っていたのだ。
数日後、遠征部隊が編制され、私は狙い通りに隊の指揮を任された。
そこからさらに数日、目的地に着くまでの間中、強い高揚感を覚える。
だがしかし、部下たちににやけ顔を見られるわけにはいかない。
本番まで強く自制しなくては。
「よーし、設営開始しろ」
そして目的地の森に到着した。
騎士団はここで拠点の構築を始める。
「私は周囲を見回ってくる」
「お一人では危険です。誰か護衛を」
部下の言うことはもっともだ。だが私は一人になりたいのだ。
「大丈夫だ。軽く周囲の地形を見回るだけだ。危険があればすぐに退避するさ」
そう言い残し、私は一人森に入った。
森は鬱蒼としており、鳥の奇妙な鳴き声がこだましている。
いつ何が襲ってきてもおかしくない雰囲気だ。
その中を注意深く進む。
もちろんお目当ては巨大な人食い植物だ。
ほどなくして私はそれを見つけた。
黄色い色をした巨大な植物。茎部分がまるで巨大な縦長のティーポットを逆さにしたかのように膨れ上がっている。
下部は開いており、きっとここから獲物を呑み込むのだろうと予想する。
さて、眺めていても始まらない。
さっそく呑み込んでもらうのだ。私はそのためにここに来たのだ。
私は巨大植物の前に躍り出た。
どうやって獲物を判断しているのだろうか。目とかあるのだろうか。
何の反応もない。
襲ってくるという話だったが、ピクリと動きもしない。
私を警戒しているのだろうか。
うーむ、この鎧がダメなんだろうか。
金属の鎧を消化できないから襲ってこない可能性もある。
私は鎧を脱ぎ去った。
肌に密着する素材でできた肌着だけを身に着けた状態だ。
これなら消化もしやすいぞ。さあどうだ。
残念ながら何の反応もない。
どうやら鎧が理由では無いようだ。
こんなにお膳立てをしているのに襲ってこないなんて。
もしかしてこの個体はハズレか?
あまりに帰りが遅いと怪しまれる。
時間も惜しいからこれは処分して次のを探すとするか。
そう決めると、私は殺意を植物に向けた。
そのとたん、植物から無数のつるが伸び、私の両手足を拘束したのだ。
私は内心喜んだ。
さあ、私は獲物だぞ。お前の命を狙おうとした憎いやつだぞ。
手足を拘束しきったところで、ゆっくりと本体部分が近づいてくる。
想像通り下の部分から自分の体内に取り込むんだな。
そこが動物で言う口なんだろう。便宜上そこを口と表現することにする。
口が私の顔の目前まで迫る。
予想通り口から奥は空洞になっており、この中に獲物を丸呑みするのであろう。
口の内壁は肉厚になっており、ピンク色の見た目は舌のようにも見える。そして粘液のようなものが染み出て光沢を放っている。
消化液だろうか。
さあ、とうとうこの中に飲み込まれるんだ。
私の体の横回りよりも大きな口。その口の周囲が縮まっていく。
この口、伸縮するのか。
そういえば吸着されたと言っていたな。
吸引力を高めるために口の径を小さくしたのだろう。
丁度私の頭の大きさと同じくらいまで口の周囲が縮まると、ゆっくりと私の頭を飲み込み始めた。
少しずつ少しずつ。
口が頭の上部を飲み込んでゆく。
外の景色が見えなくなった。目の前はすでに植物の口の中だ。
桃色の内壁が目の前を覆っている。粘液が目に入りそうになったので目を閉じてやり過ごす。
鼻まで飲み込まれた。
はぁっ、はあっ。
鼻呼吸を続けると鼻に粘液が入るので口呼吸に切り替える。
じわじわと呑み込まれているため、口での呼吸もすぐにできなくなるだろう。
そしてあごの下まで飲み込まれた。
私の体の輪郭に沿って口直径の大きさが伸びたり縮んだりしている。
まるで真綿で首を絞められているかのように、首の周囲に密着するよう口を窄めている植物。
息は、できる。
植物体内の空洞内に残っている空気を吸い込んで吐き出す。
呑み込み続けている口は私の体の輪郭にフィットするように縮まっており、さらに粘液が私の体との隙間を覆うため、空気の出入りは無い。
内部の空気が循環しているわけではなく、じきに酸欠となるだろう。
しかしながら、いつまで空気が持つのかということを考えるのは、今は野暮というものである。
顔を上に向けてみる。植物の体内に光源があるわけもなく真っ暗なはずだが、そうではないようだ。
植物の上部が透けてそこから光が内部に入ってきている。薄っすら明るいのはそのためだ。
空洞となっている植物内部。先ほど舌のようだと表現した壁面が蠕動運動をしている。
この動きを利用して私の体を徐々に呑み込んでいるというわけだ。
首のあたりから呑み込む速度を落としていた口だったが、とうとう肩まで到達し、粘液にまみれた口の周囲が私の鎖骨の上をぬるりと通過した。
体全体を飲み込むために口の径を広げているところだろう。
口外周の大きさがが私の肩幅を上回った。
引き続きゆっくりと肩から下へと口が進んでいく。
いい感じだ。
肩から腕にかけて呑み込まれてゆく。
まだ肩まで呑み込まれただけなのにこの圧迫感。
そして、すでに頭が呑み込まれて内壁肉に視界をふさがれていることもあり、包み込まれている感覚を味わっている。
これらの感覚に私は幸福感をおぼえている。
だが、こんなものではないはずだ。
まだ腕は自由になる。フリフリと握った剣を振ってみる。
足も自由だ。
さあさあ、私はまだ逃げれるぞ。
いいのかい? せっかくの獲物を逃がしても。
壁面から滲みだしている粘液。消化液にしては痛みは無い。
最初から消化液で溶かすつもりでは無いようだ。
おそらく痛みを快感に変える物質。
その快楽物質で痛みによる逃走のリスクを下げているのだろう。
元々逃げるつもりはないので、せっかくの植物の丸呑みフルコースを思う存分に味わうことにしよう。
口の輪郭がそれなりに豊満な私の胸を超える。
にゅるんとした感覚と共に胸の下の位置まで体内にと取り込まれてしまった。
胸が圧迫される。舌のような内壁肉が私の肩を胸を圧迫してくる。
これが強いものに無理矢理服従させられる感覚。
下腹部にチリチリしたものを感じる。
この感覚を世の女性たちも感じているのだろうか。
でも、まだ始まりに過ぎない。
まだ上半身。それも胸のあたりを飲み込んだだけだ。
さあ私を屈服させてみなさい。
植物はゆっくりと私を呑み込んでゆく。
すでに手首のあたりまで飲み込まれている。
これ以上先は手に持った剣が邪魔になるか。
しかし剣を捨てると、いざという時に逃げることができなくなる。
私は葛藤した。待ち望んだ未知の快楽か、それとも命か。
私は剣を手放した。
快楽を選択したのだ。もしかしてすでに粘液の影響を受け始めているのかもしれない。
剣が地面に落ちた。おそらく、だ。
残念ながらその音は聞こえない。
聞こえるのはただ、この植物の葉脈を流れる何かの音だけだ。
それ以外は聞こえない。
まさに一人の世界だ。
口が私の手の指先までを呑み込んだ。
これで手で抵抗することは出来なくなった。
無論ツタが絡まっているので内部で暴れようにも暴れることはできない。
内壁肉の蠕動運動とぬるぬるとした粘液のおかげで密着感が生まれている。
私の首から上は植物内の上部に位置している。
そこは肉壁の盛り上がりがなく空洞になっており、引き続き息をすることができている。
口の輪郭が尻の上をすべる。
優しいタッチだ。思えばこんなに優しく男性に尻を撫でられたことは無かったな。
植物なので性別があるかどうかは不明だが脳内で男性に変換することにした。
にゅるりと尻が全部飲み込まれる。
これで体の三分の二は飲み込まれた計算だ。
最初に頭を呑み込まれたときは、見上げた先の先が天井部分だったが、今では手を伸ばせばそこに手が届きそうなところまで来ている。
もちろん手は拘束されており実際には動かしようが無い。
そうこうしているうちに、口の輪郭は太股を滑り、膝を超えて、足首のあたりまで到達していた。
もう少し。もう少しで体全体が丸呑みされてしまう。
その時の感覚と言ったら一体どのようなものなのだろうか。
期待に胸を膨らませ、刻一刻と迫るその時を待つ。
そして足の甲を過ぎて、とうとう全身すべてが呑み込まれた。
口の輪郭はその役目を終え収縮し、口は閉ざされたのだった。
ああぁ、これが抱かれるということ。
自分よりも大きな何かに包まれるということ。
体中が締め付けられる。強い圧迫感によるものだ。
だがそれは痛みではない。
体をくねらせてみるが、そのたびに内壁肉が蠢き、自分が拘束されていることを思い知らされる。
自分の力ではどうにもできないこの拘束感。
今の今まで誰も私に与えてくれることは無かったこの感覚。
足の先から頭のてっぺんまで自由になるところは一つもない。
どうやらすでに消化は始まっているようだ。
身に着けていた薄く伸縮性のある肌着は溶け始めており、肌が直接内壁肉と擦れ合う。
それにより一層密着感が増し、私の望んだ感覚を増幅していく。
私の満たされなかった思いが満たされていく。
段々と意識がぼんやりしてきた。
粘液の効果もあるだろうが、おそらく酸素が足りないのだ。
だけど、もっと、少しでも長くこの感覚を味わっていたい。
この抱かれ心地を楽しみたい。
……残念なことにそこで私の意識は途切れた。
「部隊長!部隊長!」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。
私は重い瞼を開く。
「部隊長!よかったご無事ですか?」
彼女は私の副官だ。
どうやら助け出されたようだ。
今の私はあられもない姿をしているに違いない。
そんな姿を男たちに見られなくてよかった。
あまりの瞼の重さのため、私は再び目を閉じた。
次に目が覚めたのは自室のベッドの上だった。
あの後、絶対安静で送り返されたらしい。
魔物の粘液は私の体を蝕んでおり、洗い流すだけでは足りず、薬液を全身に塗り付けて治療を行っていた。
メイド達の看病のおかげで手足の感覚も元に戻り、自慢にしているわけではないが張りのある肌も元に戻っている。
危なかった。あのまま死ぬところだった。
でもあの感覚は良かった。
私が求める感覚に近かった、気がする。
途中で意識が途切れたため記憶が混濁しており、おぼろげにしか思い出すことができない。
だが、その感覚をもう味わうことはできない。
早馬の伝令によると、騎士団の掃討作戦は終了したようだった。
もうあの森に彼らはいない。
今回の件で私の望みが満たされたかと言うと、そうではない。
むしろ欲望が強くなった。
もっとすごい丸呑みを味わいたい。
人では味わうことのできないあの感覚を。
しかし、今回は一命を取り留めたが、私は素人であることを思い知らされた。
私一人では命を落とすかもしれない。
それに、知識も足りない。
世界にはさらに上級の丸呑みを行う生物もいるはずだ。
同志を見つけたい。
同じ思いを持った人たちと思いを共有したい。
私はその答のヒントをすでに持っている。
私の治療のために使われた塗り薬。それを提供したものがいるのだ。
世界丸呑み倶楽部。
ご丁寧に住所まで記載してあった。
おそらくこうなることを織り込み済みだったのだろう。
それから数日後……。
私は世界丸呑み倶楽部のドアを叩いたのだった。
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【短編】「守護竜と憎しみの少女」
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