第6話 旅立ち
俺とスカーレットが帰還してから数日、街は日常の活気を取り戻していた。そして今日も絶好の狩り日和でスカーレットと二人、手ごろなトレント討伐を終えたところだ。
「はい、確かに『良質な枯れ枝』をお預かりしました。」
成熟したトレントから採れるこの枯れ枝はすぐに着火できてくさい煙もでない事で有名で、燃料としての評価と需要がとても高いのだ。いつものように報酬を受け取り午後からの為の依頼を探しに掲示板を見に行こうとしたとき、さっきとは別の受付のお姉さんに呼び止められた。親父の伝言を預かっていたらしく、戻ってきたら部屋に来いとのことだった。夕食時とか話す時間はあるはずなのにわざわざ忙しい仕事時間に呼び出していることは少し疑問だった。
「お二人で来なさいとの事です。」
そういうことか、だから夕食時はダメだったのか。それにしてもいったいなんの用だろうか。まぁ部屋に行けば分かるはずだから、俺とスカーレットは案内されて支部長室に入る。この辺では見慣れない服装の少女がドーナツ片手にオレンジジュースを飲む姿がまず目に入った。その様子を不思議そうに見つめていると親父の咳払いが聞こえたので、飛びかけていた意識を元に戻す。
「いきなり呼び出してすまん。とりあえず掛けなさい。」
促されるまま俺たちはソファーに座る。女の子と向かい合う形だ。親父は少女がドーナツを食べ終えるのを待って話し出した。
「単刀直入に言おう、君たちにやってもらいたい依頼がある。」
まぁそうだよな。それぐらいの事じゃないと二人一緒に呼び出すわけがない。
「他でもない、この子が依頼人だ。」
「えぇ~!それってつまり、わ、私たちが指名されたってこと。」
スカーレット、こんなに早く指名依頼がきてビックリするのは分かるけど驚くのはそこだけじゃない。指名依頼とは商隊が街を移動する時に腕利きの冒険者にするのがほとんどで、そのため依頼料も桁違いに高く報酬も多い。だからこんな小さい子にそれだけのお金を出せるとは思えない。それに第一依頼者が直接説明しに来るなんて話は聞いたことがない。
「君らが驚くのも無理はない。だかこの子はあのイナリ地方の出身でな、古くから交流があるのだよ。」
噂にだけは聞いたことがあるイナリ地方。たしか王ではなく巫女と呼ばれる女性が治める地域だったはずだ。太古の山々に囲まれて外部との交流は少なく、戦争も起こさない。そのため文化面に多少の違いが見られると聞く。
「私はクウといいます。かの黒竜ヘイロンに認められたという貴方の力をもって、悪鬼に取り憑かれた私のお母さまを救ってほしいのです。」
「このように守護者の名を出されて断る事は出来まい。」
俺の事をどこで知ったのかは分からないが、とにかく黒竜ヘイロンを頼りにして年端も行かない少女が一人で親父の元を訪ねてきたのだ。その上今にも泣きそうな目で訴えかけられたら、子供だからと言って相手にしないなんてことは親父にできるわけがない。
「ねぇ、顔を上げてクウちゃん。お母さんの事もっと詳しくお姉さんに教えてくれるかな?」
泣きそうな少女の対応に困っていると、スカーレットが少女の前で両膝をついて目線を合わせ、優しく問いかけた。
「クウのお母さんは当代の巫女で、いつもは明るくて元気で優しいお母さんなんですけど、最近のお母さんはどこか苦しそうで、よく見ると背中に影を背負っているように見えて、なのに大人たちは心配いらない、なにも見えないって。」
泣き崩れそうになるのを必死に堪えて話しているのが痛いほどわかる。
「でも仕方がないんです。わかってます。村のみんなが自分たちを今まで正しい方向に導いてきた人の行いを簡単には疑えない事は。でもそんな時ばあやだけはクウのことを信じて、こう言ってくれたんです。『クウがお母さんの異変を感じる事ができるのはクウが巫女の血を受け継いでいるからなんだよ。だからお母さんを助けられるのはクウだけなんだよ』って。でも今のクウにはお母さんでも払うことができない存在を払う事ができる力はありません。だからクウはばあやが毎日寝る前に聞かせてくれた黒竜ヘイロンの力を借りることができたら、払う事ができるかもって思ったんです。」
「もう十分だよ。我慢しなくていいから。」
少女はスカーレットの胸に飛び込んだ。スカーレットは泣き崩れた少女を受け止め、背中越しに行ってくれるよねと訴えかけてきた。そんなことは言われなくても分かっている。
善は急げ、昨日のうちに旅支度を全て整えた俺たち三人は、今日の日の出とともに出発する。その前に俺は両親に伝えなければならない事があった。スカーレットとクウの二人を外に待たせて一人、両親の寝室にいく。
「俺、これを期に世界を見て回ろうと思う。」
「そうか。私も母さんも止めはしない。」
「そうよ。だけどね、ここが貴方の家で、変える場所だってことは忘れないで。」
ありがとう、これでスカーレットとの約束を果たせそうだ。
「コム!これを持っていけ。必ず役に立つ。」
「早くお行き、二人を待たせてるんでしょ。」
「行ってきます。」
大切にするよ親父、願ってもない品だ。それはギルドが監修している最新版の地図だった。迷宮都市を出発し太陽が出てきたので、その地図で改めてイナリ地方の場所を確認するが、途中山脈や大河、場合によっては峡谷をいくつか越えなければならず、軽く国をいくつか横断しなければならない。
「なぁクウ、お前この距離どうやって来たんだ?」
「幸か不幸かたまたまギルド本部の職員が支部を置きたいと頼みに来ていたんです。まぁ門前払いを食らっていたんですけど、ばあやが口を聞いてくれてギルドの方に連れてきていただいたんです。」
なるほど、それなら関所で税を取られることもないし、身分を怪しまれる心配はない上、盗賊などに狙われる危険も少ないので商隊とかに頼むより安全だ。まぁそのばあやという方がどのようにしてギルド職員を言いくるめたのかは知らないが、そのお陰でクウがここに来ることが出来たのは確かだ。
それからほどなくして俺たちはとある関所に着いた。ギルドの直轄地である迷宮都市とベルファスト王国を隔てる関所で、その最上部にはギルドと王国の旗が交差して掲げられていた。スカーレットいわくここは敵国との最前線というわけではないので規模が小さく、出入国する際の事務的な処理をするだけの関所らしいが、そうだとしても俺にとっては人生初の関所なので少し気分が高まる。
「許可証を提示してください。」
俺とスカーレットは言われた通りにギルドカードを取り出し、冒険者ではないためギルドカードを持っていないクウは通行許可証をカバンから取り出した。それを確認してもらい何事もなく関所を越えることができた。人生初の関所はあっという間に終わってしまった。これは後で分かったことだが、俺たちがこんなに早く関所を超える事が出来たのは、許可証がギルドの発行した物だったからで、それ以外の場合はたとえ王族でも厳しい検査をクリアしなければならないらしい。気を取り直し改めて地図で確認すると、この関所を越えると次の目的地である山脈の麓の村までは平坦な道が続くので、何もなければ日暮れ前にはつくだろう。しかし道中は何が起こるかは分からないので必要最低限の休息を取り、早めに関所をあとにした。
俺たちが村を目指して歩いている街道には最初は人っ子一人見当たらなかったが、いくつもの街道が合流するにつれて馬車や旅人がだんだんと増えていった。ここまで盗賊や魔獣、モンスターに襲われることはなく、日が暮れて村の入り口が閉ざされる前には到着した。目の前に見える立派な門からして村というには規模が大きいと思う。門と村役場をつなぐこの大通りは二頭立ての馬車が軽く行き違える程の幅があり、その両側には大小様々な宿屋や飲食店、専門店が所狭しと立ち並んでいる。
「お腹も空いているとは思うけど、まずは宿探しだ。早くしないと埋まってしまうからな。」
「そうね、できればシングル2部屋、無理でもツイン1部屋よね。」
急いで手あたり次第探したがことごとく全滅した。どの宿も口をそろえて「ダブルならご用意できるのですが…」と言うのだった。
「そこの冒険者の兄ちゃんたち、宿がなくて困っているんだろ。だったらうちに来なよ。」
背丈はクウと同じくらいの少年に声をかけられた。多分それに合致するのは俺たちしかいない。
「君の家は宿屋なのかい?」
「そうさ。素泊まりだけどその分寝具にはこだわってて、『5秒で夢の世界へ』がうちの売りさ。」
この際素泊まりでもいいかな、と思って案内して貰おうとしたときその少年は何者かにどこかへ引きずられていった。
「いってぇ、何すんだよ母ちゃん!」
「何ってあんた、客引きする前にゴミ出し終わったのかい?奇麗じゃない場所でどうやってお客さんは疲れを癒せると言うの。」
どうやら引きずっていったのは母親だったらしい。母親に正論いわれて少年は仕事に戻っていった。それを見届けた母親は駆け足で俺たちのところに戻ってきた。
「先ほどは息子が申し訳ありませんでした。」
「いえ、宿に困っていたのは本当のことです。どこもシングル2部屋がなくて。」
「そうでしたか。宜しければうちにおいでください。うちならシングルとツイン両方準備できます。」
「本当ですか。ならその2部屋でお願いします。」
こうして何とか今日の寝る場所を確保することができた。宿に案内されて荷物を部屋に置き、夕食を食べに行こうとした時、女将さんに呼び止められ銭湯の入浴券を貰った。素泊まりだけで料理も出せないので先ほどのお詫びとしてせめてお風呂はサービスさせてほしいとの事だ。断るのもあれなので遠慮なくいただいて、ついでにおいしい料理屋の情報も聞いて宿を後にした。